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私の前に、ラディウスが立っている。

イスに腰かけ、手に縄をかけられた私を見下ろしている。


ハサミを手にしているのはユーギリス。

どうしてここにいるのかと問えば、にっこり笑ってかわされた。どうせまた無茶を通したのだと思う。

ラディウスは私がユーギリスに暴行を加えないようにたてられた見張りだ。


首を切るのに、髪が長くてはやりにくいので、私の髪は短く整えられることになった。

処刑前に身を清めるための小部屋は沈黙に満たされ、ハサミを扱う、しゃきん。しゃきん。という音がよく響く。


「……発言してもよろしいですか」

一応、監督の権限があるのはラディウスのようなので、ラディウスが答える。

「許可する」

「切り落とした髪について、良ければウルシェに使うかどうか聞いてください。人の髪の柔らかさでしか作り出せない道具や部品があるということを、以前に聞いたことがあります。綺麗な髪ではありませんが、すこしでも役立てるのであれば、ご利用ください」

「伝えておく」

ラディウスが眉間にシワを寄せたまま深呼吸した。

「他に言い残すことがあれば引き受ける。ここはそういう部屋でもある」

「もしもの時の手紙は、あらかた書き終えて預けてあります。そちらをお読みいただければ満足です」

しゃきん。しゃきん。と右耳のあたりで音がする。頭がどんどん軽くなる。

「…………」

じっと見てくるラディウスに、ふむ、と考え直す。

「私の首はラディウスが斬ってくれると聞きました。嫌な役回りをさせて申し訳なく思いますが、私は生きる気でいますので、ためらいなくお願いします。抵抗はしませんが、斬りやすくするために気を付けた方が良いことはありますか?」

「気づかねぇ速度で断ってやる。なにも考えるな」

「頼もしい限りです」

ハサミの音が左に移った。もうそろそろ終わるだろう。

「……おまえ、他には?」

首筋が寒い。

「……私は生きるつもりではありますが」

後ろからのびてくる手が、ひたりと、頭の上におかれる。髪の毛の流れを直すように、優しく撫でられる。

「たとえ私がいなくても、怪我をした時は痛いと人に訴えてほしい。自分が苦しくとも、誰かに大丈夫だと言ってあげられるのは、優しくて、時には必要になる強さの一つなのだと思うけれど。あなたの痛みがなかったことにされているようで、非常に腹が立ちます。忘れないでください」

「だとよ」

ラディウスが私を通り越してその後ろを見た。そこから、声がする。

「君に渡らなかった手紙、私が回収させたんだ。怪我で弱って、君を困らせるようなことを書いてしまったから。口で報告すればと思ってたけれど、君の状況を見るに負荷をかけるには気が引けた」

「なにをいまさら。あなたは私を困らせて良かったんです。昔からそうだったんだから。どれだけ心配かけさせても、とれだけ情けなくても、良かったんですよ」

「うん。ごめん。……もしもこのままずっと黙っていたら、君はずっと探し続けてくれるのかなって思ったら、僕はそれを見ていたいと思ってしまったんだ」

「あきれた人。そんなことしなくたって、その頬を叩いてでも伝えてさしあげましたよ。私は、この世界の誰よりもあなたの方が大切なんです」

髪の一房を掬い上げられ、ぱらぱらと落とされる。

私はいつだったか、夕焼けを指差して、マリー色だねと笑ったユーギリスを思い出していた。


猿ぐつわと、胴体に縄。後ろ手に手を縛られ、私は処刑場に立った。

罪人は木で組まれた高台に立ち、立会人はそれを見上げる。


事前に聞いていた通り、最前列にマキアブ国のダリス王子が複数の部下を連れて参列していた。ウルシェの秘薬はマキアブ国との共同研究なのだ。成果を確かめにくるのは当然。

これがあるので、聖女はこの場には呼ばれなかった。


私は高台の真ん中に立つ。


「これよりマリーの死刑執行を執り行う」

罪状が読み上げられる。ビンタしてケーキを投げてとかではなく、お堅い条文のほうだ。

「執行人。前へ」

ぎしぎしと足音がする。

ラディウスだ。そう思って私は横をチラリと見て、叫んだ。

「んーっ! んっんーっ!」

猿ぐつわによって声がでない。

現れた執行人はフードのついたローブに身を包み、顔も布で隠している。

それでもわかる。身長や体格がラディウスとは違う。


ユーギリスだ。


「んー! んんー!!」

私は身をよじって抵抗するけれど、取り押さえられて膝をつかされる。


だめだ。なぜ誰も気づかないの。あれはラディウスじゃない。ユーギリス。誰の画策だろう。こんなこと、させてはいけない。あってはならない。

これはハネた首を繋げて蘇生を試みる実験でもあるという点と、職業軍人への敬意から、ラディウスにはまだ任せられた。実際、彼ほどの剣の達人もいないのだ。切り口の美しさを求められたら、そうなる。

それなのに、なぜユーギリスが剣を手にしてここにいるのだろう。

彼に、乳母姉弟を斬らせるなんて。

違う。私が彼の乳母姉弟だからか。彼は、罪人である私との関係を断ちきると証明するためにここにいるのか。


背中がぞっとした。

これこそがなによりの罰だ。

私はなんてことをしてしまったのだろう。


猿ぐつわを噛み締めながら、首を差し出すようにうつむかされる。

首がちくりと痛む。なにかが入ってくる。これが例の薬か。


生きてやる。絶対に生きてやる。

ユーギリスの心に、一欠片の憂いも残してなるものか。


そう思った瞬間、私は意識を失った。





目覚めた時にはベッドに寝かされていた。

目だけ動かしてあたりを見回す。見たこともない器具や装置らしきものが私を取り囲んでいる。紛れもない、ウルシェの研究室だ。


誰か呼ぼうにも、声がうまく出せない。

そのまま、すうっと意識が遠退いた。


そんなことを繰り返し、起き上がれるようになるまで三週間かかったらしい。

その後、データをとりながら、なまった体を動けるようにするまでに三ヶ月。

話せるようになるには半年かかった。


「声帯の調子を確かめたい。マリー、今の気分を報告してほしい」

「……うまれなおしたきぶんですよ」


にわかに信じがたいが、こうして私は急死に一生を得た。


日常生活を送れるようになった頃、エルダがひょっこり現れた。優しく私を抱き締める。


「よく生き延びました、マリー。さみしい思いをさせましたね」

「人に会いたいなんて贅沢言える身分ではないのは承知してますよ」

人嫌いのウルシェの研究室に急に来客や手紙が増えるのは不自然だ。なにより、ウルシェが嫌がる。

その点、エルダはもともと後見人であったこともあって、年に一、二度はここに訪れることをウルシェに許された稀有な人だった。


彼からユーギリスたちの近況を聞けて、ようやく人心地ついた。


椅子に腰掛け向き合ったエルダは、私の手を握りしめて、瞳を潤ませた。

「あの日。すぐに駆けつけてあげられなくてすみませんでした。私が、聖女派の貴族たちを統制するのに手間取ったせいで、あなたを辛い目にあわせた。本当に、申し訳ない」

「……今思えば、エルダは私をユーギリスのところに向かわせて助けてくれようとしてたんだってわかってます。気にしないで。それに」

私は、目を閉じた。

「最後に踏みとどまれなかったのは、私です。それを誰かのせいだなんて思いません。みんなに伝えてほしい。ユーギリスにも。私は、私の意思でこうなったのです。謝るのは私だけでいいはずだと」

「……聖女様は招待客にはいないはずでした。それがああして現れて、運営側も乱れた。私たちにも反省点が多いのです。…………マリー。あなたは、これからどうしたいですか? 城に戻りたい?」


すぐには答えられなかった。

それこそが答えだ。


ユーギリスを処刑人にしてしまった負い目もあったけれど、一番の理由は聖女が頻繁に顔を出すようになっているとエルダに教えられたこと。彼女はなにかにつけて城を訪れ続けていると言う。

一つにバレンダインは貴族の御用達に名を連ねいることにある。出入りの業者の窓口として、来たりするらしい。


すこし時間をおいたせいもあるのか、また彼女に会うと思うと、気力がでなかった。


ウルシェは、術後の私の経過に大喜びで、婚姻届がなくともそのまま実験室で秘匿し続けても良いと言ってくれた。

「マリーは予想を超える回復を見せた。なにかしらの後遺症は残ると思っていたのに、覆された。マリーが特別だったのかどうか知りたい。ここにいていい」

「ありがとうございます、ウルシェ。それでも、私は…………じっとはしていられないのです」

ウルシェはしばらく黙して、頷いた。

「ウルシェにもたまにそういうことがある。マリーの気持ちを理解する。今の調子なら外に出るのは構わない。ただ今後の経過が知りたい。定期的に報告がいる。今から伝える項目を必須として、ほかに身体的異常があれば記載した手紙を寄越してほしい。差出人は、マリネ」

「マリネ? ああ、そうか。一応、私は死んだことになっているから、マリーだと不都合が出ますよね」

「ユーギリスに取り上げられる」

「わかりました。必ず」


外に行く宛なんかなかった。

ただ、遠ざかりたかっただけ。


そして運良く、食堂の夫妻に会えて、今にいたる。

ここでの暮らしもよかったけれど、今日のユーギリスとラディウスからして、明日も明後日もここにいるのは不味そうだった。


一日の業務を終えて、店の二階の部屋で少ない荷物をまとめる。女将さんと旦那さんになんと話そうかと思っていると、ドアを叩かれた。

開ければ、まさしくその二人が立っている。


「これ、持ってきな」

差し出されたのは紙袋に入ったパンだった。わざわざ窯に火を入れ直して焼いたのか、まだ温かい。

「働いた分の給料も持たずに行かれちゃ困る」

「そんな……まるまる一ヶ月分なんて多すぎます」

「今まで頑張ってくれた上乗せだ。言ったろ、水クセェこたなしだよ」

「あんたは大丈夫。しっかりした子だよ。過去になにがあったかしらないけど、この店での日々だけを持っていきな。そうしたら、どこ行っても平気さ。……今までありがとう。マリー」

二人に、お礼を言う言葉が震えた。

良い人たちだ。だからこそ離れなくては。


私は、闇夜に紛れて、店を出た。

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