表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能才媛と蔑まれた私の魔力が【聖癒】だと誰も知らない~婚約破棄されたので、隣国の不治の病に苦しむ皇子をこっそり救いに行きます~  作者: 九葉
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/18

第2章 第1話

あの断罪の謁見から、一年が過ぎた。

エルミットの王妃となったわたくし、セレスティアの毎日は、まるで陽だまりの中にいるように、穏やかで温かい光に満ちていた。


「セレスティア、おはよう。今朝も、太陽がお前を見習って輝いているようだ」


朝、目覚めると、隣には愛しい夫――エルミット国王となったレオルドの、眩しいほどの笑顔がある。

彼の黒曜石の瞳に、ただ一人、わたくしだけが映っている。その事実が、胸の奥を甘く、くすぐったい幸福感で満たしていく。


「おはようございます、レオルド様。……また、そのようなお上手ばかり」

「お世辞ではない。事実だ」


彼はそう言うと、わたくしの髪に優しく口づけを落とす。

国王としての彼は、以前にも増して威厳と風格を増し、臣下や民から絶大な信頼を集めている。しかし、わたくしの前では、今も昔も変わらず、少しだけ意地悪で、それでいてどこまでも優しい、一人の男性だった。


王妃としてのわたくしの務めは、多岐にわたる。

公務の書類に目を通し、女官たちを束ね、時にはレオルドと共に式典や視察にも赴く。

けれど、わたくしが最も大切にしている仕事は、週に一度、城下の施療院を訪れることだった。


「妃殿下! お待ちしておりました!」

「まあ、リコット。お膝の怪我は、もうすっかり良いのね」


施療院に着くと、子供たちが歓声を上げて駆け寄ってくる。

わたくしは一人一人の頭を撫で、その健康状態を確かめる。わたくしの【聖癒】の力は、直接触れずとも、その場にいるだけで人々の生命力を活性化させ、病の治りを早める効果があった。

そのため、人々は畏敬と親しみを込めて、わたくしをこう呼んだ。

『太陽の妃』、と。


「妃殿下がいらっしゃると、まるで春が来たように心が温かくなりますわ」

「本当に。妃殿下こそ、我らがエルミットの至宝です」


民の屈託のない笑顔と言葉が、何よりの喜びだった。

『無能才媛』と蔑まれ、誰からも必要とされなかった日々が嘘のようだ。

自分の力が、誰かの役に立っている。誰かを、笑顔にできる。

その実感こそが、レオルドが与えてくれた愛と共に、わたくしの心を強く、豊かにしてくれていた。


「……無理はしていないか?」


施療院からの帰り道、共に歩くレオルドが、心配そうにわたくしの顔を覗き込む。

彼は、わたくしが力を使いすぎることを、いつも気にかけてくれている。


「大丈夫です。民の皆さんの笑顔を見ていると、わたくしの方が元気をいただけますから」

「そうか。……だが、お前は俺にとっても、たった一つの太陽だ。決して、曇らせるようなことだけはするな」


彼はそう言うと、人目も憚らず、そっとわたくしの手を握った。

骨張った、大きな手。

この手が、わたくしを絶望の淵から救い出してくれた。

この温もりが、わたくしの凍てついた心を溶かしてくれた。

わたくしたちは、見つめ合い、自然と笑みを交わした。


幸せだった。

これ以上ないほどに。

この完璧な平和が、永遠に続くのだと、心のどこかで信じていた。


――その夜、緊急の報せが届くまでは。


執務室で、レオルドと共に夜食をとっていると、宰相が血相を変えて駆け込んできた。

「陛下! グランデール王国より、緊急の魔法通信が!」


グランデール。

その名を聞いただけで、胸の奥が微かに冷たくなる。

あの一件以来、かの国は新たな王族を立て、エルミットの監督下で懸命に復興の道を歩んでいるはずだった。


レオルドの表情が、瞬時に国王のものへと変わる。

「どうした。何があった」

「はっ。それが……、一度は完全に浄化されたはずの王都近郊の土地に、再び、瘴気が発生した、と……」


「……なんですって?」


思わず、声を上げたのはわたくしだった。

あり得ない。

わたくしの【聖癒】は、土地の穢れを根源から浄化する力。一度浄化した土地から、再び自然発生的に瘴気が湧き出すなど、考えられないことだった。


レオルドが、わたくしの肩を抱き寄せ、不安を打ち消すように言った。

「落ち着け、セレスティア。詳しい話を聞こう」


宰相の報告は、衝撃的なものだった。

今回の瘴気は、以前のものとは明らかに『質』が違うという。

ただ生命力を奪う淀んだ空気ではなく、まるで明確な『悪意』と『呪い』を伴って、植物を瞬時に腐らせ、動物を凶暴化させているらしい。


そして何より、不可解なのは、その瘴気が、ごく限られた一点――グランデールの旧王城の跡地、その地下深くから、湧き出しているということだった。


「……旧王城の、地下……」


そこは、かつてルーファス殿下たちが住んでいた場所。

そして、グランデールの歴史の中で、最も古い聖域の一つがあった場所でもある。


嫌な予感が、背筋を駆け上った。

あれで、すべて終わったのではなかったのか。

過去は、完全に清算されたのではなかったのか。


わたくしの手を取り、レオルドが力強く言った。

「心配するな。何が起きていようと、俺がついている。……お前の幸せを脅かすものは、たとえ神であろうと、俺が許さん」


彼の言葉は、いつもわたくしに勇気をくれる。

けれど、胸のざわめきは消えなかった。

まるで、忘れ去られていた古傷が、再び痛み出したかのように。


幸せな日々に差し込んだ、一筋の影。

それは、わたくしたちがまだ知らない、遥か昔に犯された罪が、長い眠りから目覚めようとしている、不吉な兆しだったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ