最終話
グランデール王国が、エルミットの条件を呑んだという報せは、すぐに届いた。
ルーファス殿下は王位継承権を剥奪され、マリアベル嬢と共に辺境の修道院へ送られたと聞いた。彼女の『現代の聖女』という称号も、瘴気の前になんの力も発揮できなかったことから、ただの虚名であったことが露見し、実家である男爵家も没落したという。
そして、ヴァイスハイト公爵家。
わたくしの父親は、国を危機に陥れた元凶として爵位を返上。領地は王家預かりとなり、事実上、公爵家は崩壊した。
自らの過ちの大きさを、彼らはこれから生涯をかけて償っていくのだろう。
(でも、もう、わたくしには関係のないこと)
わたくしは、エルミット王城の、陽光が降り注ぐ美しい庭園にいた。
グランデールの瘴気を浄化するためだ。
もちろん、あの国に戻るつもりはない。レオルド皇子とエルミットの宮廷魔術師たちが協力して、わたくしの力を遠隔でグランデールの地脈に届けるための、大規模な魔法陣を準備してくれた。
魔法陣の中心に立ち、静かに目を閉じる。
左手首の腕輪が、温かい。これはもう、力を抑えるための枷ではない。わたくしが力を正しく制御するための、道標だ。
(届け、わたくしの力。苦しんでいる人々の元へ――)
イメージするのは、枯れた大地に再び緑が芽吹き、病に苦しむ人々に活力が戻る光景。
手のひらから放たれた金色の光は、魔法陣に吸い込まれ、遥か彼方の祖国へと飛んでいく。
民に罪はない。
彼らが、再び穏やかな日々を取り戻せるように。
力を解放し終えたわたくしの身体を、そっと支えてくれる腕があった。
振り返るまでもなく、それが誰のものか、分かっていた。
「お疲れ様、セレスティア」
「レオルド様……」
彼の胸に、安心しきって身体を預ける。
彼の逞しい腕が、優しくわたくしを抱きしめてくれた。
「……後悔は、ないか?」
「はい。ございません」
きっぱりと答える。
「辛い過去でした。けれど、あの過去があったからこそ、わたくしはここへ来ることができました。……貴方様に、出会うことができました」
見上げると、彼は愛おしくてたまらない、というような顔で、わたくしを見つめていた。
「俺もだ。お前と出会うために、神は私にあの病という試練を与えられたのかもしれないな」
彼は、わたくしの左手を取り、古びた銀の腕輪にそっと触れた。
「それは、もう外さないのか?」
「はい。これは、唯一わたくしを信じてくれた祖母の形見であり、わたくしが歩んできた道の証ですから。それに……」
わたくしは、彼の胸に顔を寄せた。
「これからは、この腕輪だけでなく、貴方がそばで、わたくしを支えてくださるのでしょう?」
いたずらっぽく微笑むと、彼は一瞬目を見開いた後、たまらないといった様子で、わたくしを強く抱きしめた。
「……ああ、もちろんだ。生涯をかけて、お前を守り、愛し抜くと誓う」
唇が、優しく重なった。
陽光が、祝福するようにわたくしたちを照らし、庭園の木々が風にそよいで、さわさわと優しい音を立てている。
一年後。
エルミット王国は、美しく聡明な、新しい妃を迎えた。
彼女は伝説の【聖癒】の力を持ちながら、決して驕ることなく、常に民に寄り添い、国王となったレオルドを支え続けた。
彼女の微笑みは、陽だまりのように国中を温かく照らし、人々は彼女を心から敬愛し、『太陽の妃』と呼んだ。
かつて『無能才媛』と蔑まれ、誰からも愛されなかった令嬢は、もういない。
わたくしは、自分の本当の価値を見つけ出し、心から愛してくれる人の隣で、今、世界で一番の幸せを噛み締めている。
見せかけの価値に惑わされず、その人の本質を見抜くこと。
そして、自分を信じて一歩を踏み出す勇気。
それが、わたくしの物語が、後世に遺す、たった一つの真実。
――無能才媛と蔑まれた私の魔力が【聖癒】だと誰も知らない。
けれど今は、たった一人、愛する貴方が知っていてくれる。
それだけで、もう十分すぎるほど、幸せなのだから
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