表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能才媛と蔑まれた私の魔力が【聖癒】だと誰も知らない~婚約破棄されたので、隣国の不治の病に苦しむ皇子をこっそり救いに行きます~  作者: 九葉
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/18

第6話

わたくしがレオルド皇子の治療を始めて、一月が経った。

彼の回復は、奇跡としか言いようがなかった。

あれほど青白かった肌は健康的な色を取り戻し、痩せこけていた身体にもしなやかな筋肉が戻りつつあった。

そして何より、彼の瞳にはかつての絶望の色はなく、次期国王としての自信と輝きが満ち溢れていた。


「もう、侍女に本を読ませる必要もなさそうだな」


ある晴れた日の午後、彼は自力でベッドから起き上がると、バルコニーの扉を大きく開け放った。

久しぶりに浴びる陽光に、彼は気持ちよさそうに目を細める。


「ああ。光が、こんなにも温かいものだったとは。……セリア、お前のおかげだ」


振り返った彼の笑顔は、まるで太陽のように眩しかった。


秘密裏に行われていた治療だが、皇子の劇的な回復ぶりは、もはや隠し通せるものではなかった。

城の者たちは、当初は首を傾げていたが、やがて噂が広まり始めた。

皇子の側に付き従う、灰かぶりのような地味な侍女。彼女が皇子の側にいるようになってから、奇跡が起き始めたのだ、と。


そして、ある決定的な出来事が起こる。

視察に訪れたエルミット国王――レオルド皇子の父親が、自らの足で歩き、溌剌と意見を述べる息子の姿を見て、感涙にむせんだのだ。


「おお……! レオ! 本当にお前なのか……!」

「ご心配をおかけしました、父上。もう大丈夫です」


父子の感動的な再会の場で、レオルド皇子ははっきりと告げた。


「私を救ってくれたのは、侍医たちではない。……そこにいる、侍女セリア。彼女の持つ、奇跡の力です」


その瞬間、わたくしに向けられた、すべての視線。

驚愕、疑念、そして、畏敬。

国王は、玉座から降りると、わたくしの前に進み出て、深く、深く頭を下げた。


「若き癒やし手よ。息子を、そしてこの国の未来を救ってくれたこと、心から感謝する」


一国の王が、身元も知れぬ侍女に頭を下げる。

その光景は、わたくしが何者であるかを、城のすべての者たちに知らしめるのに十分すぎた。

その日から、わたくしは「灰かぶりの侍女」ではなく、「エルミットの聖女」と呼ばれるようになった。


そんな歓喜に沸くエルミット王城に、一つの暗い報せがもたらされたのは、それから間もなくのことだった。

祖国、グランデール王国からの、救援要請の使者だった。


「……国内に、原因不明の瘴気が蔓延している、だと?」


謁見の間で報告を聞く国王と、その隣に立つレオルド皇子の顔が険しくなる。

わたくしは、後方に控える侍女の一人として、そのやり取りを聞いていた。


グランデールの使者は、悲痛な面持ちで訴える。

「はっ。当初は些細なものでしたが、ここ一月で急速に広まり、今や王都の一部までが瘴気に覆われ……。土地は枯れ、人々は病に倒れております」

「グランデールには、『現代の聖女』と呼ばれる令嬢がいると聞いていたが?」


レオルド皇子の鋭い問いに、使者は顔を青くして俯いた。

「……マリアベル様の光の魔法では、瘴気を祓うことができず……。いえ、それどころか、瘴気に触れたマリアベル様ご自身が、体調を崩されてしまい……」


(マリアベル様が……?)


胸が、ちくりと痛んだ。

あのひとのことは好きではない。けれど、彼女が苦しんでいると聞けば、良い気はしなかった。


(……待って。瘴気の蔓延が、ここ一月で急速に?)


それは、ちょうどわたくしがグランデールを離れた時期と、ぴったり重なる。

まさか。

そんなはずは、ない。


わたくしの顔から血の気が引いていくのを、レオルド皇子は目敏く見つけ出した。

彼は使者を下がらせると、わたくしの方へ歩み寄ってきた。


「セリア。何か、心当たりがあるのか?」

「……いいえ。ですが、その瘴気は、わたくしの祖国を……」

「お前の祖国?」


しまった、と口を噤んだが、もう遅い。

彼の黒い瞳が、すべてを見透かすようにわたくしを見つめていた。

「……お前が、グランデール出身であることは、調べさせてもらった。ヴァイスハイト公爵家の……セレスティア嬢」


ついに、本当の名を呼ばれた。

息が、止まる。

わたくしが驚きに目を見開いていると、彼は困ったように眉を下げた。


「すまない。お前を守るためにも、知っておく必要があった。……話して、くれるか? お前と、その瘴気との関係を」


彼の優しい声に、もう隠し通すことはできないと悟った。

わたくしは、観念して、すべてを打ち明けた。

自分の力が【聖癒】であると同時に、扱いを誤れば生命を奪う危険なものであること。そして、その力を無意識のうちに抑え込むことで、結果的にグランデールの土地に満ちる微弱な瘴気を、浄化し続けていたのかもしれない、という可能性を。


わたくしは、ただの『無能』ではなかった。

わたくしは、ただそこにいるだけで、国を守る『結界』そのものだったのだ。


話を聞き終えたレオルド皇子は、わたくしを追放したグランデール王家とヴァイスハイト公爵家に対し、静かな、しかし燃えるような怒りをその瞳に宿していた。


「……愚か者どもめ。彼らは、自ら国の守護石を砕き、投げ捨てたも同然だ」


彼はわたくしの肩を強く抱くと、決意を込めて言った。


「セレスティア。もう、お前を一人にはしない。お前の故郷が犯した過ちの代償は、俺が払わせる」


---


レオルド皇子の全快は、エルミット王国を挙げての祝祭となった。

王城のバルコニーに、皇子が健康な姿で現れた時、城下に集まった民衆から割れんばかりの歓声が上がった。


そして、彼の隣には、質素ながらも清らかな侍女服に身を包んだ、わたくしの姿があった。

レオルド皇子は、民衆に向かって高らかに宣言した。


「皆に紹介する! 私を、そしてこの国を救ってくれた、真の聖女、セリアだ!」


民衆は、わたくしを「エルミットの女神」と呼び、その名を熱狂と共に叫んだ。

ヴァイスハイト公爵令嬢として、誰からも認められず、蔑まれてきた日々が、まるで遠い昔の悪夢のように思えた。


一方その頃、わたくしを追放した祖国グランデールは、まさに地獄の様相を呈していた。

瘴気は王都の中心部にまで達し、人々は家々に閉じこもり、街からは活気が消えた。頼みの綱だった『現代の聖女』マリアベルは、瘴気の毒にあてられて病床に伏し、回復の兆しはない。


婚約破棄を宣言した第二王子ルーファスは、日に日に悪化する状況に、ただ苛立ちを募らせていた。


「なぜだ! なぜマリアベルの力が効かんのだ!」

「殿下、お気を確かに……」

「うるさい! そもそも、こんな瘴気、あの女――セレスティアがいた頃には、発生などしなかったではないか!」


その言葉に、側近の一人が恐る恐る口を開いた。

「そういえば殿下……。エルミット王国で、不治の病に伏せっていた皇子が、謎の癒やし手によって全快したという噂が……」

「何だと? 詳しく申せ!」


ルーファスは、その癒やし手が、出自不明の『セリア』という名の若い娘であること、そして、彼女が現れた時期が、セレスティアを追放した時期と重なることを知った。


まさか。

あの『無能』な女が?

あり得ない。


しかし、ルーファスの胸に、一度芽生えた疑念は、消し去ることのできない後悔となって、じわじわと心を蝕み始めた。

もし。万が一。

自分は、とんでもない過ちを犯してしまったのではないか?

本物の価値を見抜けず、見せかけの輝きに目がくらみ、国宝級の宝を、自らの手で捨ててしまったのではないか?


その焦りと後悔は、ヴァイスハイト公爵家も同様だった。

領地の作物も瘴気の被害を受け始め、家門の威光にも陰りが見え始めていた。

父親は毎晩のように酒を煽り、母親は泣き暮らし、妹のアナスタシアは良縁がすべて破談になったとヒステリーを起こしている。

誰もが、心のどこかで気づき始めていた。

自分たちが『不吉な子』『家の恥』と蔑み、追い出した長女が、実はこの家の、いや、この国の誰よりも価値ある存在だったのかもしれないという、受け入れがたい事実に。


そんなグランデールの惨状を、わたくしたちはエルミットで静かに見つめていた。

エルミットは、グランデールからの救援要請に対し、一つの条件を提示した。


『我が国の聖女セリア様の御心を動かすに足る、相応の誠意を見せること』


それは事実上、セレスティア――つまり、わたくしを追放した者たちが、その罪を認め、頭を下げに来い、という宣告に他ならなかった。


すべてが、逆転したのだ。

価値がないと断じられたわたくしが、今や国の命運を握る鍵となり、わたくしを断罪した者たちが、わたくしにすがるしかない状況に追い込まれた。


すべての舞台が整った夜。

レオルド皇子は、王城の庭園で、星空を見上げるわたくしの隣に立った。


「セレスティア」

彼は、わたくしの本当の名を、慈しむように呼んだ。

「グランデールの者たちが、間もなくこちらに到着するだろう。……お前は、どうしたい? 彼らを許すか? それとも……」

「……わかりません。ですが、民に罪はございません」

「そうか。お前は、優しいな」


彼は、そっとわたくしの手を握った。

その手は、初めて会った時とは比べ物にならないほど、温かく、力強かった。


「ならば、交渉は俺に任せろ。お前が二度と、あの者たちに傷つけられることがないよう、俺が盾になる。……だから」


彼は、わたくしの前に跪くと、固く握ったその手を取り、恭しく口づけた。

その黒い瞳が、星の光を宿して、まっすぐにわたくしを見上げている。


「セレスティア・フォン・ヴァイスハイト。俺の妃になってほしい。俺の隣で、この国で、幸せになってはくれないだろうか」


それは、あまりに真摯で、熱烈な求婚。

かつて、政略のために交わされた、心のない婚約とは違う。

わたくしのすべてを理解し、受け入れ、愛してくれる人からの、魂の誓い。


涙が、頬を伝った。

それは、悲しみや悔しさの涙ではない。

生まれて初めて感じる、温かい、幸せな涙だった。


わたくしは、涙に濡れた笑顔で、精一杯、頷いた。

「……はい。喜んで、お受けいたします」


こうして、かつて『無能才媛』と蔑まれた令嬢は、その真の価値を見出してくれた人の手を取り、新たな人生の扉を開いた。

しかし、物語はまだ終わらない。

過去との決着、そして愚か者たちへの断罪が、すぐそこまで迫っているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
国出たの一ヶ月前じゃないだろうに。 薬草とかでも、一ヶ月とかだったろうし。 侍女なってからも、何日か、たってるだろうし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ