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無能才媛と蔑まれた私の魔力が【聖癒】だと誰も知らない~婚約破棄されたので、隣国の不治の病に苦しむ皇子をこっそり救いに行きます~  作者: 九葉
第1章

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第5話

金色の光が消えた後も、部屋はしばらく静寂に包まれていた。

侍医も、侍女たちも、目の前で起きた奇跡を理解できず、ただ呆然と立ち尽くしている。


わたくしの腕を掴むレオルド皇子の力は、まだ弱々しい。しかし、その黒い瞳には、病の影に隠されていた本来の強い光が、確かに戻り始めていた。


「……お前の、力か」


もう一度、彼は問うた。

わたくしは、彼の視線から逃げることなく、こくりと頷いた。

嘘も、言い訳も、もう通用しない。そして、する気もなかった。


「恐れながら、申し上げます。わたくしのこの力は、生命に干渉する特別なもの。……人々は、これを【聖癒】と呼ぶそうです」


わたくしの言葉に、侍医が「せい、ゆ……?」と息を呑む。

それは、お伽話や建国神話の中にしか登場しない、伝説の治癒魔法の名だった。生命力を直接与え、あらゆる病や呪いを癒やすとされる、神の領域の力。


「馬鹿な……。そんなものが、実在するはずが……」

「ですが、現に皇子様の発作は治まりました」


わたくしが冷静に事実を告げると、侍医はぐっと言葉に詰まった。

レオルド皇子は、わたくしの腕を掴んだまま、静かに目を閉じていた。何かを深く考えているようだった。


やがて、彼はゆっくりと目を開くと、周囲にいる者たちに命じた。

「……皆、下がれ。侍医長と……セリアだけを残して」


彼の声には、以前の冷たさではなく、王族としての威厳が戻っていた。

人々が慌ただしく退室し、部屋には三人だけが残された。


レオルド皇子は、侍医長に向き直る。

「今夜のことは、一切他言無用だ。セリアの力についても、だ。良いな?」

「は、はい! もちろんにございます!」

「セリアの身柄は、私が預かる。今後、彼女は私の専属侍女とする。誰にも、指一本触れさせるな」


有無を言わせぬ命令。それは、わたくしを庇護下に置くという、彼の明確な意思表示だった。


侍医長が退出した後、レオルド皇子は再びわたくしを見つめた。

その瞳は、先ほどよりもずっと穏やかだった。


「……今まで、よく隠し通してきたな。辛かっただろう」

ねぎらうような言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。わたくしの力を知って、気味悪がったり、利用しようとしたりするのではなく、まずわたくしの心情を慮ってくれる。この人は、本当に……。


「なぜ、俺を助けようと?」

「……わたくしが、そうしたかったからです」


それが、精一杯の答えだった。

ここにいる理由、自分の素性、そのすべてを話すことはまだできない。


彼は、わたくしの答えに少しだけ驚いたように目を見開いたが、やがて、ふっと柔らかく微笑んだ。病に伏して以来、初めて見る、心からの笑みだった。

「そうか。……ならば、改めて頼みたい。セリア。お前のその力で、俺を完全に癒やしてはくれないか」

「……はい。そのために、わたくしはここに参りました」


その日から、わたくしの本当の役目が始まった。

レオルド皇子の治療は、二人きりの秘密として、夜ごと密かに行われた。

わたくしは彼の手を取り、自分の生命力を少しずつ、彼の身体へと注ぎ込んでいく。金色の温かい光が、彼の蝕まれた身体を内側から修復していくのが、手に取るように分かった。


しかし、治療は簡単なものではなかった。

【聖癒】は、わたくし自身の生命力を削って相手に分け与える諸刃の剣。治療を終えた後は、立っていられないほどの疲労感と目眩に襲われた。


「セリア、もういい。今日はそこまでにしろ」

ある夜、治療の途中でふらついたわたくしの身体を、レオルド皇子が慌てて支えてくれた。いつの間にか、ベッドから起き上がれるほどに、彼は回復していた。


「顔色が悪い。……お前は、自分の命を削ってまで、俺を……」

「いいえ、大したことはございません。少し、休めば……」


強がってみせたが、彼の腕の中で身体ががくりと傾ぐ。

逞しい腕が、力強くわたくしの身体を抱きとめた。至近距離で、彼の整った顔が見える。彼の体温が、侍女服越しに伝わってくる。


「……馬鹿者。俺のために、お前が倒れてどうする」


彼の声は叱責しているようで、その実、ひどく優しい響きをしていた。

彼の胸に顔を埋める形になり、とくん、とくん、と力強く脈打つ心臓の音が聞こえる。それは、生命が再び力強く燃え始めた証だった。


「貴方が……、貴方が元気になってくださるのなら、わたくしは……」

「駄目だ」


わたくしの言葉を、彼は強い口調で遮った。

「お前の自己犠牲の上にある快復など、俺は望まない。……俺は、お前に生きていてほしい。俺の隣で、笑っていてほしいんだ」


それは、まるで愛の告白のようだった。

顔に、かあっと熱が集まる。

わたくしは慌てて彼の胸から身を離そうとしたが、彼の腕はそれを許さなかった。


「セリア」

名前を呼ばれ、見上げると、真剣な眼差しとぶつかった。

「お前が何者で、どんな過去を背負っているのか、俺はまだ知らない。だが、必ずすべてを知り、お前を縛るものすべてから、俺がお前を守ってみせる」


黒曜石の瞳に映る、まっすぐな光。

その光に射抜かれ、わたくしはもう、何も言えなかった。

ただ、彼の胸の中で、静かに頷くことしかできなかった。

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