第2章 第8話
わたくしが次に目を覚ました時、そこに広がっていたのは、見慣れたエルミット王城の自室の天蓋だった。
窓の外からは、小鳥のさえずりと、柔らかな朝の光が差し込んでいる。
「……夢……?」
呟くと、ベッドの脇でうたた寝をしていたらしいレオルドが、はっと顔を上げた。
その顔には、疲労の色が濃く浮かんでいたが、わたくしが目覚めたことに気づくと、心の底から安堵したような、優しい笑みを浮かべた。
「目が覚めたか、セレスティア。……気分はどうだ?」
「はい……。傷も、もう痛くありません」
脇腹に手を当てると、アルフォンスに刺されたはずの傷は、跡形もなく消えていた。
精霊の力と、レオルドが注いでくれた魔力のおかげだろう。
「そうか、良かった……。丸三日、眠り続けていたんだぞ」
「三日も!?」
驚くわたくしに、彼はそっと寄り添い、額に口づけを落とした。
「無理もない。お前は、国を二つも救ったんだからな」
彼から、その後の話を聞いた。
わたくしたちが眠っている間に、グランデールは奇跡的な復活を遂げたこと。
裏切り者アルフォンスとその一味は、拘束され、グランデールの法によって裁かれるのを待っていること。
そして、グランデールの民は、自分たちの国を救ったのが、かつて追放したセレスティアと、その夫であるエルミット王であったことを知り、今はただ感謝と贖罪の祈りを捧げているということ。
すべてが、良い方向へと向かっていた。
「……レオルド様」
「ん?」
「ありがとうございます。わたくしを、守ってくださって」
素直な感謝の言葉に、彼は少し照れたように視線を逸らしたが、すぐにわたくしの手を強く握り返した。
「礼を言うのは、俺の方だ。お前が諦めなかったから、俺も最後まで戦えた。……それに、誓っただろう? 生涯、お前を守ると」
その言葉が、何よりも嬉しかった。
その日の午後。
エルミットのバルコニーには、レオルドと共に立つ、わたくしの姿があった。
眼下の広場には、王と王妃の無事の帰還を祝う、数え切れないほどの民衆が集まっている。
レオルドは、民衆に向かって高らかに宣言した。
「皆に聞いてもらいたい! 我が妃セレスティアは、この度のグランデールの一件において、その身を賭して、二つの国に平和をもたらしてくれた!」
割れんばかりの歓声が、地を揺るがす。
人々は「セレスティア妃殿下、万歳!」「太陽の妃、万歳!」と、わたくしの名を熱狂的に叫んでいた。
そして、レオルドは、隣に立つわたくしに向き直ると、その前に恭しく跪いた。
廷臣が捧げ持っていた、一つの豪奢な王冠を、彼はその手で受け取る。
それは、エルミットの建国王妃から代々受け継がれてきた、由緒ある王冠だった。
「セレスティア・フォン・エルミット」
彼は、わたくしの本当の名を、世界中に響き渡るような、厳かな声で呼んだ。
「お前は、ただの『太陽の妃』ではない。大地に愛され、民に愛され、そして、何よりこの私に愛された、世界でただ一人の、真の女王だ」
彼は、その王冠を、わたくしの頭上に、そっと戴冠させた。
「ここに、改めて誓おう。我が命、我が魂、そのすべてを懸けて、生涯、お前だけに忠誠を捧げることを」
ひざまずく、愛する夫。
鳴り止まない、民衆の歓声。
頭上で輝く、女王の証。
かつて、『無能』と蔑まれ、誰からも必要とされなかった少女は、今、二つの国を救う女神となり、愛する王から、永遠の忠誠を誓われていた。
これ以上の幸せが、この世にあるだろうか。
わたくしは、涙で滲む視界の中、満面の笑みを浮かべて、彼の手を取った。
物語は、まだ終わらない。
わたくしたちの本当の伝説は、この夜明けの戴冠から、今、まさに始まろうとしていた。




