幸せになんかなってやらない
好きな人がいる。
「美幸ーっ!」
呼ばれて振り向くと、小学校来の親友が、私の首に腕を巻きつけた。
「小百合、危ない」
「ごめん! でも聞いて!」
「いいよ、なぁに」
好きな人がいる。……………親友の小百合に。
「今日の昼休みに、授業で分かんなかったとこ聞きに行ったんだけどさ。先生『食べながらでもいい?』って! しかも、私がちゃんと食べたのか心配してくれたの!」
「いいねぇ、優しいね」
「だよねぇ」
相手は教科担任。たぶん20歳差にはならないくらいの年の、すらりと身長が高くて、適度にゆるくて正論で殴ってくるような人間。独身。
ミーハーなどではなく、割と本気で好きらしい。高校最後の秋が終わりかけた最近は、卒業式の日に告るのだと宣言していた。
「………そういや今日、大丈夫なの?」
「何が?」
答えてはっとする。今日は、週に一度の生協の日だ。
「ごめん帰る!」
「りょーけー、また明日〜」
にこにこと手を振ってくれる。
小百合とは、家庭環境をきっかけに話すようになった。
小百合の家は、いわゆる暴力が酷いらしい。見聞でしかないけれど、少しでも機嫌を損ねると、殴られるのは当たり前。母親はヒスになって怒鳴りつけてくるし、大切にしていたものを捨てられたことだってあったらしい。父親はいつだって母の味方をし、人格を否定するような言葉も簡単に吐いてくるそうだ。
対して、私の家は、両親の仲が良くない。とうとう、私の卒業とともに離婚を決意したらしく、それに向けて母は父方の親族と毎週のように言い争いを続けている。母名義の家で、よくもまぁ父方親族はあんな大きく出られるものだ。
と、いうわけで。互いに少し複雑で少し笑える家庭の中で、唯一それを話題にできて一緒に笑えるのが、私にとっての小百合で、小百合にとっての私なのだ。
小百合には、幸せになってほしい。
私も、忘れ物をして殴られるような過去はあるけど、今になってはそんなことも無い。
小百合は不憫な子なのだ。男運が無い。性被害にだって遭いかけている。もちろん私しか知らない。
小百合には、幸せになってほしい。可能なら、私が幸せにしたい。
「……………はよ法改正しろ」
好きな人がいる。……………私に。
その相手は、友達。
だから私は永遠に、