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アルベルティーヌの葬儀がはじまると、生前彼女と交流のあった人間が次々とやってきた。楽団の奏でる鎮魂歌を聞きながら、喪失感を抱えたまま淡々と弔問客と会話した。ご愁傷様でした、とくりかえす客に一礼すれば済むはずなのに、余計なことをべらべらとしゃべった。アルベルティーヌの思い出をあますことなく聞きたかったのだ。
闇の神官たちがやってきてお決まりの文句を述べる。皇都の北北西に位置するユグドラシルから派遣される神官たちは、皆同じ一族なのだそうだ。彼らが頭を下げる。
「この度はご愁傷様でした。ユグドラシルから遣わされましたユージス・ユグドラシルと申します。闇の神フェシスの元へアルベルティーヌ・ロッシュ様をお送りするお手伝いをさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
礼をして顔をあげると、神官の背から見覚えのある少年が姿を現した。
「こちらは私の末弟ユーミリアです。何かご用がございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「先日は失礼いたしました。陸軍士官学校予科二年、ユーミリア・ユグドラシルです。よろしくお願いいたします」
少年に敬礼を返すと、神官が「では」と言って去った。俺の隣には後輩が残った。そのまま列は進み、俺たちは弔問客の対応を続ける。
一人一人と話しているから、列の進みが遅い。それでもかなりの人を対応したはずだ。まだその中に、父の姿はなかった。
神官による葬送の儀式がはじまるので、弔問客を迎えるのをやめて会場に入る。香水の匂いが充満するホールに人々が粛々と並んでいて、彼らはときおり白いハンカチで目頭を押さえた。それを横目に、家の者が集まる席に向かう。俺と、手伝いのユーミリア、執事をはじめとした、家で雇っている者たち。父の姿はまだない。
ーーなぜ来ない。どこで何をしてる。
こそこそと会話をしている弔問客がやけに目について仕方がない。膝の上に結んだ両手を強くにぎりしめるけれど、怒りは一向に収まらなかった。
神官が儀式を終えて一礼する。弔問客がアルベルティーヌの遺体に別れを告げて、棺の中に花を入れていく。弔問客が減っていくのは、やがてアルベルティーヌのことを思い出す人が徐々に減っていくことを俺に想像させた。見たくない。
急に香水の濃い臭いがして、俺は帰宅する人波にまぎれた女性に目を向けた。そしてその隣に、蛙がいることに気付いた。
蛙は短い脚を前に繰り出して人波を避け、アルベルティーヌの遺体の前に来ると一礼し、しばらくそのまま動かなかった。
少ししてこちらに向かってきた蛙に、俺は挨拶をした。女連れで妻の葬式に来る神経はわからないが、それでもアルベルティーヌを弔う気持ちに変わりはないだろう。長年積み上げられてきた怒りが少し落ち着きかけたとき、蛙はぎょろりと俺を見て言った。
「本当に、ステファニーによく似ているな」
蛙の第一声はそれだった。ステファニーは、俺を産んだ母の名前だ。ほぐれるはずだった怒りはすぐにぐちゃぐちゃに絡まり、倍の大きさになった。目をみはった俺に対して蛙は「お前の新しい母親だ」と、連れてきた女を紹介する。胸の内で怒りがあふれて、もはや笑いが込み上げてくる。
黙って女に微笑みかけてみる。新しい母親だという女は頬をほんのりと赤く染めてはにかんだ。
ーーアルベルティーヌ、あんたやっぱりバカだ。こんな男を待つ必要なんかなかった。
ふくれあがった怒りが、俺を一気に飲み込んだ。感情のままに蛙を殴りとばす。
そのまま一度もふりかえらずにホールを出た。残りの弔問客がざわざわとさざめく様子が伝わってくる。恩知らず、妾の子、引き取ってもらったくせに……数々の心ない声が聞こえる。
式場から出ると、日の光と新緑が目にまぶしくて涙がにじんだ。うしろから人の気配がしてふりかえる。ユーミリアがいた。
「お母様を送る儀式の場であんなことをして、いいのですか」
「アルベルティーヌは死んだ。もういない。葬送の儀式なんて、残った人間のためのものだ」
日の光が灰色の会場にくっきり陰影をつける様子を遠目にながめながら、ひどくうつろな気持ちになった。
「いいんだ。アルベルティーヌは許してくれる。俺の好きなようにやれ、それが遺言なんだから、いいんだよ」
残念ながら、俺は蛙の血をひいている。きっと女好きなのは蛙からの遺伝なのだろう。でもあんな節操のない遊び方はしない。妻を泣かせるくらいなら、特別な女性なんていなくていい。
あいつが帰ってきたとき、アルベルティーヌは誰に微笑むよりも優しく笑った。家から出て行くときも、いってらっしゃいませと気丈にふるまった。
けれども俺は知っている。あの笑顔の裏には寂しさが隠れていることを。
「入寮届け出すから、許可が下りるまで部屋に置いてくれないか」
「すみません。俺、自宅からの通いなんです。家には女性もいるので……」
「……お前、その子を俺が口説くんじゃないかって警戒してるだろ。彼女?」
「……」
アルベルティーヌにもらった銀の鍵をポケットの中で握りしめながら、俺は空を見上げた。
<おわり>