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この俺を陥れたこと絶対に許さない見つけ出して必ず幸せにする

作者: 猫の玉三郎

 王城にある広いホール。

 本来であれば王太子となるテオドルトを讃える為のパーティーだったはずが、その様子は今や見る影もない。


 きらびやかに着飾り壇上に立つのはひとりの淑女だ。テオドルトの婚約者であった侯爵家の令嬢である。


「残念ですテオドルト様。たかだか男爵家の娘に入れあげて……この婚約は我が侯爵家が王家から請われたもので、いわば王家を存続させるための契約。それを破棄なさるというのなら相応の処遇が待っていますわ」


 令嬢へ婚約破棄を言い渡したテオドルトに向けられる視線はどれも呆れや厳しさを含んでいる。しかしその中心に立つテオドルトは堂々としたものだった。


「かまわん」


 短く言い切ると、令嬢の眉がぴくりと動く。


「この俺が王太子に相応しくないと常々言っていたのはおまえだろう。気がきかんだの考えが足りんだの。かまわん、このさい廃嫡でも放逐でも受け入れる」


 テオドルトの言葉に空気が一瞬ざわりと揺れた。


「普段からそんなこと仰っていたの?」

「さすがに恐れ多いのではないかしら」


 そんなささやきに令嬢はぐっと顔を赤らめた。すぐに扇で隠したが、口元をしかめているのは間違いないだろう。それをフォローするように国王がこほんと咳ばらいをし、鷹揚に口を開いた。


「第一王子テオドルトよ。おまえから王位継承権を永久にはく奪し、国境であるアッシュウィルドの統治を命じる。魔物が蔓延る地だ。功績によっては褒美も考えてやるが……期待はするな」


 テオドルトは短く「御意」とだけ告げ、マントをひるがえしその場を後にしたのだった。





 それからすぐ自室へ戻るとテオドルトは軽装に着替え、旅路に必要な荷物をまとめはじめた。父である国王から死地を治めろと言われたが、いつからとは聞いていない。まだ王命書も受け取っていないので今ならまだ自由に行動できる。


 テオドルトにはどうしても許せない相手がいた。

 遠からず廃嫡の原因となった男爵令嬢だ。今やその身分があるかも怪しいその娘。気付いた時には姿を消し、生家である男爵家からも籍を抜かれていた。大方、侯爵に忖度した結果なのだろうとテオドルトは考えている。


「本当に探されるのですか」

「ああ」

「……マーガレット嬢はおそらく最低限の荷物で放逐されています。行き先は母方の親戚がいる所が濃厚かと思いますがなにぶん情報が錯綜しており」


 言葉を遮るようにテオドルトは手で制す。


「待てヘンリー、俺は馬鹿だから難しいことはわからん。あいつがいそうな場所をいくつか絞って教えてくれ」

「……あなた様は決して馬鹿ではありませんよ」


 そう言って泣きそうな表情を見せるのは唯一味方でいてくれた側近だ。幼い頃からテオドルトこそ王に相応しいと言ってはばからない、おかしな男だった。最後の最後までテオドルトの王位継承権について上層部に噛みついており、それが元で近く謹慎を言い渡されることになっていた。


「此度のこと、力及ばず誠に申し訳ありません。かくなる上はこの命をもって償いをしたく」

「そんなものはいらん」


 この男がテオドルトに執着する理由はわからないが、死ぬほどの事ではない。


「生きろ。おまえがいないと俺は何もできん」

「……っ」


 声を殺し涙をながす側近に思わず苦笑をもらし、テオドルトは窓の外へ視線を向けた。空は夜の闇にのまれつつある。


 あの裏切り者は今頃何をしているだろうか。


(……寒い思いをしていないといいが)




 翌朝早くに城を出て、もらった情報を元に目的地を目指して馬を飛ばす。あらかじめ経路や旅路の注意点を教えてくれたおかげで、なんとか死なずにすんでいる。


 野を越え、森を抜け、大河を渡った頃には身なりもぼろぼろになっていた。それでもテオドルトは前を進み続けた。ヘンリーから教わった場所へ行き、民家を訪ねて件の男爵令嬢マーガレットの居場所を探す日々。ひとつ目の場所はだめだった。それならばとふたつ目の場所へと足を向ける。


 最後の場所へたどり着いた頃には王城から出てゆうにひと月は経っていた。諦めずに探し続けたのはひとえに「許さない」という思いを手放せないから。少し前までは優雅な身分だったテオドルトだが、おのれの脚で歩き、地道に人へ聞いて回った。


 そしてついに辿りついた。

 ここ数ヶ月で町長の家に来た見習い女中の見た目がマーガレットの特長に合致する。


 我ながらものすごい執念だとテオドルトは自嘲した。



 ◇



 一方。少女がひとり、古いお仕着せに身を包み窓の拭き掃除をしていた。顔には濃い疲労がにじに出ている。


「マーガレット、それが終わったら次は皿洗いだよ! 急ぎな!」

「は、はい」

「まったく……訳ありのアンタを使ってやってるんだ、ちったあ要領よくやっとくれ」


 指先のあかぎれが痛むがそうも言っていられない。マーガレットは雑巾を反対の手に持ち替え、まだ残っているスペースを懸命に磨いていった。




 ふとテオドルトのことを思い出す。

 忘れがたく大切な日々が心をほんのり温め、そして痛みを放つ。


 廊下ですれ違ったのが最初だったと思う。不思議と互いに足を止め、見合ってしまった。ふたりの間を風が通り、どれくらいの時間そうしていたのだろう。ほんの数秒かもしれないし、もっと長かったかもしれない。呼ばれたテオドルトはすぐに行ってしまったが、マーガレットは動くことができず去っていくその背中をずっと見ていた。


 全寮制の貴族学院は選ばれし者しか入学を許されない場所だ。マーガレットは親の見栄のためにぎりぎりで押し込まれた生徒だった。たくさんの奉仕活動をしてやっと在学を許されるが、周囲の目は優しくない。玉の輿を狙えという両親の指示には従う気すらなかった。


 だというのに気になる相手が雲上人である王子と知り、卒倒しそうになったのをよく覚えている。


 学び舎も寮も離れていたけれど、マーガレットは気づけばいつもテオドルトを探していた。校舎の窓から中庭を眺めて、似たような背格好の人を探す。

 その日も同じようにぼーっと外を見ていたら、突然背後から声をかけられた。


「誰を探している」


 驚いて振り返るとそれはテオドルトで。


「――わっ、殿下!? どうしてこんなところに」

「俺を知っているのか」

「は、はい」


 この学院で知らない人はきっといないです。そう思いながらも失礼にならないようマーガレットは自己紹介をした。緊張してたどたどしい喋りになってしまったけれど、テオドルトには何とか伝わったようだ。彼はマーガレットの名を小さくつぶやいた。呼んだというより、声に出して確認したようであった。


「ではマーガレット。またな」

「……はい」


 嵐のように突然やって来て、そして去っていった。なんだったんだろう。だけど話しやすい人だなとマーガレットは思った。ぶっきらぼうですごく端的だけど、落ち着いた声音は聞いていて心地よい。


 そこから顔を合わせれば短いながらも言葉を交わすようになった。その時テオドルトに抱く感情はまだ幼く未熟なものだったと思う。気になる人。一緒にいると嬉しい人。でもそれは少しずつ大きくなっていった。



 図書館で会ったのはたまたまだった。周囲に人はおらず、マーガレットは前から気になっていたことを聞くチャンスとテオドルトに話しかける。


「テオドルト様、よければ建国物語について詳しく教えてくれませんか」

「そんなものが知りたいのか?」


 そうは言いつつもテオドルトは丁寧に教えてくれた。建国物語はこの国が興った時のお話だ。教会でも教えられていることで多くの人が一度は聞いたことがある物語だが、マーガレットはいつか詳しく聞いてみたいと思っていた。


 この地は長い間、闇の王が支配していた。彼は霧と闇を操り、人々の心に絶望を植え付け、意のままに大地を灰と枯れ木に変えたという。人々は彼のもとで奴隷のように生きていた。


 この闇の王を倒すべく立ち上がった勇者たちが力を合わせ、闇の支配から解放したのがこの国の始まりである。


「闇の王は桁違いに強い。いくら攻撃を加えてもまったく利かず、勇者たちは絶体絶命の危機だった。だが奇跡は起こった。まばゆい光をまとい現れた神の使いが、闇の王の力を少しばかり抑えたのだ。全員が満身創痍だったが、この隙に弓使いは左目を射抜き、剣士は右足を斬りつけ、賢者は結界をはり闇の王の動きを縛った」


 テオドルトの声に聞き入る。

 さすが王家の人間だけあって、他で聞くよりも描写が細かい。


「勇者は闇の王に渾身の一撃を入れ、決着はついた。しかし最後の反撃により勇者も癒えぬ傷を負ってしまう。懸命に看病したがその後勇者が助かることはなかった。仲間は打ちひしがれた。闇の王を討ち取ったあと、新たな王となるべきは勇者だと誰もが思っていたのだ。しかしこの勇者テオの偉業を後世に伝えるために、決して忘れさせぬために、仲間の剣士が立ち上がり国を興した。それが今なお続くストラス王朝の始祖ヘンリー王だ」


 テオドルトの名前も勇者テオからきているらしい。

 王族にはしばしばテオを冠した名前をつけられるが、それはヘンリー王の遺言からきているそうだ。


「真の王が現れたとき、全てはその者に与えられん……俺にはよくわからん。能力があれば王なぞ誰でもよいだろうにな」


 現王朝は来たる真の王がための代理なのだと。

 公にされていないが一部の上位貴族は知っている。そのせいかいつの時代も王座は狙われ、王家はそのたびに跳ね返してきたそうだ。王侯貴族の恐ろしい世界にマーガレットはぞぞぞと背筋が冷えた。


「小難しい話になってしまったな。どうだ、これくらいでいいか?」

「はい、ありがとうございます」


 元気に返事をしつつも、マーガレットはほんの少し肩を落としていた。テオドルトはおそらく建国物語に最も近しい人のひとりだ。その彼が話した以上のことを知るのは不可能に近いだろう。


「……あの、わたしの話も聞いてくれますか。よく見る夢の話なんですけど、その建国物語にとても似ているんです」


 テオドルトが「聞かせてくれ」と言ってくれたので、緊張しながらもマーガレットは口を開いた。


 闇の王には実は娘がいた。

 姫と呼ばれていたその娘は、容姿こそ少女だが数百年の時を生き、好奇心に赴くまま自由に暮らしていた。ある日森のはずれで倒れている男を見つけた。聞けば仲間とはぐれ空腹の限界だという。娘は気まぐれにその男に食べ物を与えて、元気になるまで面倒をみた。堅物で愚直な男だった。言い合いをしたり冗談を交わすうちに二人はすっかり打ち解け、そこで姫は初めての恋をした。


 別れぎわに男は「この旅が終わったらまた会いたい」と言い、姫も「わかった」と約束をした。

 相手が勇者だとは思いもせず。


 城へ乗り込んできた勇者たちを見て姫は驚く。

 どうしてここに、と思うのと同時に、どうやっても結ばれることのない未来に絶望した。闇の王が勝っても、勇者が勝っても、ふたりがこのさき手を取り合うことはない。そもそも姫は人間ではなかったのに、ほんの少し夢を見てしまったのだ。あの堅物で愚直な男と一緒にいる未来を。


「……お姫さまは、どうにかして勇者の助けになりたいと思ったんです。だから彼らを騙しました」


 姫の本当の姿はカラクリ人形だった。闇の王の心臓として強大な力を与えられ、そして長い時間が経つうちに魂が宿り自我が芽生えたのだ。姫が生き続ける限り、闇の王が倒れることは決してない。


「姫は魔法を使って老婆に姿を変え、勇者たちを煽り自分を攻撃するように仕向けます。本来なら姫は闇の王と同じくらい、あるいはそれ以上に強大な力を持っていました。しかし無防備に攻撃を受け続ければさすがの姫も命はありません。心臓である姫が死ねば、闇の王の力を確実に削ぐことができます」


 異変に気付いた闇の王が途中で乱入し、勇者たちを激しく攻撃したため形勢は不利になっていった。このままでは勇者たちが死んでしまう。


「姫は力を振り絞り、最後は自分の手で魔力の核を壊しました。勇者に生きていてほしかったから。彼に未来を見てほしかったから。……だから、」


 倒れた瞬間に魔法が解けたのか、勇者が驚愕の表情を浮かべたのまでは知っている。夢はいつもそこで終わるのだ。


「みんなが言う建国物語は勇者たちの危機に神の使いが現れる話しか聞かないので、だから王族であるテオドルト様ならもっと詳しくご存じかなと思って……ずっとお話してみたかったんです」


 ひとりベラベラしゃべってしまったと後悔しながら、テオドルトの様子をちらりと見る。


「つまらん」


 テオドルトはいつも以上に顔をしかめていた。


「その話はつまらん。結局どちらも幸せになっていないではないか。俺はふたりが幸せになる話がいい」


 そういってマーガレットをまっすぐに見つめてくる。その強くも切ない眼差しに既視感を覚えた。懐かしさすら感じて、少しの間見つめ合った。マーガレットの気持ちとは裏腹に、テオドルトはばつが悪そうに顔をまたしかめてしまう。


「……すまない、せっかく話してくれたのに。これだから俺は馬鹿だなんだと言われるのだ。気を悪くしただろう。本当にすまない」

「い、いいえ、そんなことないです! むしろ嬉しいというか」


 ふたりに幸せになってほしいと思うのはマーガレットも一緒だった。この話の続きが知りたくて、もしかしたら奇跡が起こって姫と勇者がまた出会う物語があるかもしれないと思ってテオドルトに聞いてもらったのだ。夢とは思いつつもどこか真実めいたものを感じていたから。


 やはりこの話に続きはない。それは少し寂しいけれど、だったら自分で作ってしまえばいい。どうせこれはマーガレットだけの物語だから。


「じゃあこうしましょう。『ふたりはその後生まれ変わり、再び出会い、今度こそ幸せになったのでした』……どうですか?」


 元気付けるようにこりと笑って見せる。しゅんとしていたテオドルトだったが、マーガレットの提案にしばし目を瞬き、内容をゆっくり咀嚼しているようだった。


「……うん。それがいいな」


 そう言って控えめにほほ笑むテオドルトの姿に、マーガレットは恋に落ちる音を聞いた。




 ひそひそと陰口を叩かれるのは仕方ない。テオドルトは王族で、身分も釣り合った美しい婚約者がいる。マーガレットが恋焦がれたところで結ばれるものではないのだ。調子に乗るな身分違いもいいところだと親切丁寧に教えてくれる人たちに言われずとも、自分自身がいちばんよく分かっていた。


 けれど側近と呼ばれるあの人に頭を下げられた時は違う意味で驚いた。


「テオドルト様と別れてください。お願いです。あの方は今度こそ王となるべき人なのです」

「ヘンリー様……」


 このままではテオドルトの即位が危うい。

 頭を殴られたような衝撃だった。

 即位には貴族らの支持が不可欠だ。婚約者である令嬢は多くの貴族たちをまとめる侯爵家の娘であった。テオドルトがもしこの婚姻を拒めば貴族らの求心力を失い、落ち目の王家は立ち行かなくなる。最悪、謀反が起これば彼の命は非常に危うい。



 本当は共にありたかった。

 彼の幸せを願う気持ちは本物だったから、マーガレットはテオドルトの前から消える決意をした。


 ヘンリーにも手伝ってもらい、学院で顔を合わせないように徹底した。逃げて逃げて逃げまくった。


 その後、多方面からの圧力もあって学院を退学することになったがいい機会だったのだろう。家でも激しく叱責され挙句追い出されもしたが、横恋慕して家の体裁を悪くしたのだ。当然の報いだろうと受け入れている。


 いつの日か交わした約束。


『これから先の未来も、共にいてくれ』

『……許されるでしょうか』

『認めてもらうほかない。咎は真摯に受け止めるつもりだ』

『わたしはテオドルト様に幸せになってほしいです。わたしのせいでしなくていい苦労は――』

『では、なおさら共にいてもらわねば』


 テオドルトは唇の端を持ち上げて微笑んだ。


『幸せにする。そうなるよう努力する。だから俺の隣にいてくれ』

『……はい』

『約束だぞ』


 結局、それが叶うことはない。

 また一方的に約束を破ることへ心がぎしりと軋む。


(――また?)



 からんからんと裏口のドアベルが鳴り響き、はっと我に返る。だいぶ思案に暮れていたらしい。

 ここのドアを鳴らすのは業者がほとんどだ。だからマーガレットは何も考えずに扉を開けた。


 途端に大きな人影がぬうっと躍り出る。


「見つけたぞぉーーーマーガレットォーーー」

「ひぃぃぃっ!?」


 見上げる体格にオバケのような風貌。マーガレットは恐ろしさのあまりわなわなと震え、その場に尻もちをついてしまった。ぎゅっと目をつぶり必死に命乞いをする。


「お、お許しください、お許しくださいっ」

「いいや絶対に許さん」


 ひょいと抱えられたかと思いきや、なぜか男はへたり込みそのままずるずると床に崩れてしまった。そのくせマーガレットを決して離そうとしない。そうするうちに男の腹からぐううと大きな音が聞こえてきた。


「……腹が減ったな」


 相手はまさかのテオドルトだった。



 ◇



 人に見られては大変だとマーガレットはテオドルトを引っ張り、自身が暮らすおんぼろ小屋へ連れて行った。もともと水車小屋だった廃屋にわずかに手をいれただけの正真正銘ぼろ小屋だ。ささやかな食料を彼に分け、食べてもらう間にお屋敷へ戻った。女中頭に急用で仕事ができない旨を伝えにいく。ひどく罵倒され生意気だと頬を叩かれたけれどマーガレットはそれどころではなかった。

 なんせテオドルトが待っている。


 急いで帰ると水浴びをしたのか、身なりをさっぱりとさせたテオドルトがいた。両手にびちびち跳ねる魚を持っているのはなぜだろう。食べる気だろうか。そう言えばマーガレットもここ最近お腹いっぱいの食事とは無縁だった。塩をしっかり振った焼き魚を思い浮かべ、薄いお腹がぐうとなる。


 ふたりで焚き火を囲み、焼き立ての魚を食べていると、テオドルトがぽつりとこぼす。


「おまえ、俺を騙しただろう」


 揺れる炎がその横顔を赤く照らしている。


「俺の幸せを願うと言ったのに、俺の元から逃げ出した」


 ぱちぱちと枝が爆ぜる音があるはずなのに、マーガレットにはもうテオドルトの言葉しか耳に入らない。その横顔を見つめることしかできない。


「……俺と共にあると言ったのに」


 責めるような、それでいて深く傷付いているような声音に、ぐっと胸が詰まった。


「あ、あなたには、輝かしい未来があって、わたしなんかが一緒にいたら――」


 そこまで言いかけて突然、テオドルトの身がずいっと迫る。近くなった距離感にのけ反るが、テオドルトはそれすら許さずマーガレットの手を引いた。


「ならば、おまえと共に輝かしい未来とやらを作ってやる。俺は馬鹿だからよくわからんが、アッシュウィルドの地を栄えさせたらいいか? 新たに国を興し名を馳せたら輝かしいか?」


「それ、は……」


 真正面から射抜いてくる強い視線にマーガレットは身動きがとれず、瞬きをすることもできない。唇が触れ合いそうなほど近くまで迫ったが、テオドルトはぱっと体を離した。


 焚火に水をかけしっかりと処理をすると、マーガレットに荷物をまとめるように告げる。


「準備ができ次第行くぞ」

「ど、どこに行くんですか」

「もちろんアッシュウィルドの地だ」


 何がもちろんなのだろう。

 ふと、自分のなかで夢のお姫さまが笑った気がした。どこまでも堅物で愚直な男だと呆れて、愛おしそうに眼を細めている。

 不思議とマーガレットも同じ気持ちだった。


「あ、でもわたし、仕事」

「俺は言ったぞ。おまえを幸せにすると。今はどう見ても虐げられていると思うが、違うか?」

「あう……」


 汚名にまみれた娘の扱いなんてそんなものだろうと割り切っていたし、罪滅ぼしと思って耐えていた面もある。よく考えたら身なりはぼろぼろだし、手足はすっかり細くなってしまった。テオドルトと相対するにはみすぼらしすぎる自分の姿が急に恥ずかしくなる。


 先ほど女中頭に叩かれた頬にそっと手が添えられた。


「痛むか」

「……いいえ、もう平気です」


 きっとマーガレットを心配しているだろう。テオドルトはそういう人だ。


「全ては俺のせいだ。おまえが責を負う必要はまったくないのに、つらい思いをさせて悪かった」


 優しい言葉だと思う。しかしマーガレットの心にはちりっと火花が散った。反射的に「そんなことありません」と言い返す。


 テオドルトの顔面がぐっと厳つさを増した。

 でもそれにひるむマーガレットではない。


「身分不相応でもあなたと一緒にいたいと思ったのはわたし。誰になんと言われてもあなたと一緒にいたかった。その結果受ける痛みなら上等です。この責任すら欲しがるのならあなたは随分と強欲だわ」


 生意気にもテオドルトをにらみつけた。

 この気持ちも、痛みも、全部マーガレットのものだ。

 変なところで物怖じしないとは彼によく言われた言葉だ。きっとそれをいま最大限に発揮しているのだと思う。


 しばらくしてテオドルトが降参したように息をつき、そして表情を緩めた。


「マーガレット。俺と一緒に行くだろう?」


 改めて気持ちを聞かれる。

 否と言えば、きっと彼は無理強いすることはない。


 夢の姫さまが行こうと誘う。

 今度こそ、と寂しそうに。


「……はい」


 こうしてマーガレットは魔王のごときテオドルトに見つかり、世話になった屋敷を出奔したのだった。


 女中頭が髪を振り乱し怒り心頭でマーガレットを探すも水車小屋はもぬけのから。『お世話になりました、どうぞお元気で!』という書き置きを見つけた時の憤怒の叫びは町のはずれまで響いたそうな。





 のちに、アッシュウィルド地方を中心とした新たな国が誕生し、周辺地図を大きく書き換えた。


 初代国王夫妻の晩年を描いた肖像画は有名で、厳めしい表情の王とは違い、王妃の笑顔は柔らかい。ふたりは仲の良い夫婦だったという。


 同時代の書物に王妃には魔物を従える不思議な力があったと書かれているが、真相は不明である。


『彼に振り回されて大変なことも色々あったけれど、たくさんの幸福をもらった人生だった』


 王妃の手記にはそう綴られているそうだ。


相変わらずタイトル長いのでなんとなく略称考えてて「俺幸せ」が語呂もよくいい感じやんと思ったら、いやおまえも幸せなんかいってなりました。


「この俺を陥れたこと絶対に許さない見つけ出して必ず幸せにする」

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