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お客様は神様でいらっしゃいますか?

作者: 村崎羯諦

「えっと、すみません。お客様は神様でいらっしゃいますか?」


 最近近所に出来たばかりの喫茶店。初めて来店した私は、喫茶店の店主と見られる人の良さそうな男性にそう尋ねられた。


「……どうしていきなりそんなことを聞くんですか?」

「失礼しました。いえ、私接客業が初めてなんですが、『お客様は神様だ』っていう言葉だけは知ってるもんで。まさかとは思いながらも一応お客様全員に聞いているんです」

「はあ」


 私は不思議な方だと思いながら相槌を打ち、そのまま空いている席に座る。席から店内をざっと見渡してみたが、オープンしたばかりとあって店内は綺麗で、置かれているテーブルやインテリアにも店主のセンスの良さが表れていた。注文したコーヒーにもこだわりが感じられ、行きつけの店が増えたなと私は心の中で呟いた。


「なんと! 本当に神様でいらっしゃいましたか! 神様ともあろう方がこのようなお店に来ていただけるなんてとても光栄です! さ、どうぞどうぞこちらの席へ!」


 店主の一際大きな声に私は振り返る。そこには先ほどやってきたと思われる中年男性を店主が仰々しく席へ案内している姿があった。神様と呼ばれた男がどかっと席に座り、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。店主は注文を伺うと、腰を低くしたまま店の奥へと消えていった。


 それから飲食を楽しみ、頃合いを見て私は店を出ようと立ち上がる。偶然にも同じタイミングで先ほど入店した男も立ち上がった。私よりひと足先に会計へと向かうのかと思いきや、男は店主にどうもと一言だけ言い、そのまま店を出ていってしまった。またのお越しをお待ちしてます。店主は男を止めることなく、深々と頭を下げて男を見送った。


 無銭飲食じゃないんですか? 私はレジに立つ店主にそう言ったが、店主はまるでこちらがおかしいことを言っているかのような態度で答える。


「お代ですか? そんなものいただくわけにはいきませんよ! だって、あの方は神様なんですよ?」


 たとえ神様だろうとお代は払わなければならないのではないだろうかと思いながら、私は代金を支払い、店を出た。少し歩くと偶然にも前方に先ほど店にいた男がいて、ちょうど信号のところで立ち止まっていた。私が横に立つと男も私に気がついたのか、ぺこりと会釈をし話しかけてくる。


「あのお店は初めてですか?」

「ええ」

「良いお店でしょ。なんてったって神様だと答えたらタダで飲み食いできるんですから」


 男が右側の口角だけをあげ、不敵に笑う。


「えっと、あなたは本当に神様なんですか?」

「あはは、何言ってるんですか。私は本当に神様なわけないでしょう。タダにしてもらうために適当なことを言ってるだけですよ」


 そして男は同じ笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「あなたも次にあの店に行くときは神様だって言った方がいいですよ。あの店主、人の顔を覚えるのが苦手らしく、ちょっと日をあけたら初めてのお客さんだと思ってまた聞いてきますから」


 そのタイミングで信号が青になる。男はそれではと私に再び会釈し、そのまま私を置き去りにして歩き出すのだった。











『本日未明、〇〇町の河川敷にて男性の遺体が遺棄されているのが発見されました。男性は東京都在住の大岡健二郎さん43歳会社員と見られます。遺体の状況から警察は他殺の可能性を視野に調査を進めている模様です。以上、夕方のニュースでした』











「えっと、お客様はひょっとして神様でいらっしゃいますか?」

「いえ、私は神様じゃなくてただの人間です」


 何度目かわからないやり取りを済ませ、私は席に座る。評判が広がったのか、開店したてと比べると店の中はすでに多くの客がいた。それでも店内には相変わらず落ち着いた雰囲気が漂っていて、センスのいい音楽に身を委ねながら心地よい時間を過ごすことができた。しかしそれも、ある客がやってくるまでの間だけの話ではあった。


「これはこれは神様! ようこそいらっしゃいました! どうぞこちらに席に座ってください!」


 店主の一際大きな声が店に響き渡る。神様だと答えた客は慣れた態度で席に座り、店主にメニューを注文する。その客は若い男性で、神様扱いされることに満更でもない表情でニヤニヤと笑っていた。


 他の客がチラチラとその客と店主を見ては、何か言いたげな表情を浮かべている。実際、店主に対してそんなことをする必要はないと注意する客も何度も過去はいた。しかし、そんな言葉に対して、店主はいつも後頭部をかきながら苦笑いを浮かべるだけ。そしていつにの決まり文句を言うのだった。


「いいんですよ。相手が神様だったらそれこそ大問題ですから。本当に神様でしたらね」


 時間を潰し終えた私は立ち上がり、会計を済ませようとする。会計の途中私が何気なく振り返ると、神様と答えた若い客と目があった。そして、男は財布からお金を出している私を見て、嘲笑うかのような表情を浮かべた。神様だって答えたらタダで飲み食いできるのに。実際に口に出さなくとも、男の表情は私にそう伝えていた。











『先日より捜索届が出されていた飯沼正隆さんですが、〇〇町の河川敷にて死体となって発見されました。警察は〇〇町で発生している連続殺人事件に関連があるとして調査を進めています。飯沼さんは二十代後半の会社員男性で、他の被害者と共通点は現時点では見つかっていないとのことです。警察は連続殺人事件について捜査本部を立ち上げ、1日でも早い事件の解決を図るため人員の追加を行なう予定です』











「お客様は神様……ではなかったですよね。失礼しました。いつもご来店ありがとうございます。今日はお連れ様がいらっしゃるんですね」


 何度も通ってようやく店主から顔を覚えてもらった俺は愛想良く笑い返す。そして、俺は、共に店にやってきた旧友の松井を簡単に紹介する。


「ええ、大学時代からの友達なんです。貧弱そうに見えるかもしれないんですけど、こう見えて警察官なんですよ」

「へー………そうなんですね」


 松井が会釈する。店主は警察官という言葉に興味が湧いたのか、何か言いたげな表情で観察している。俺はそんな店主を見て、店主が聞きたいであろうことを先回りして伝える。


「安心してください。こいつは神様じゃなくて人間ですから」


 それから俺たちは一番端っこの席に腰掛ける。注文を済ませ、疲れた顔をしている松井を労いながら、最近の仕事はどうだと尋ねてみる。


「いや、もう全然ダメだよ。今話題になってる連続殺人事件の捜査に駆り出されてるんだけどさ、手がかりらしい手がかりも見つかんなくてお手上げ。だけど、何もしないわけにもいかないからとりあえず人を突っ込んで手当たり次第に聞き込みとかしてるってわけ」

「大変だな」

「本当にな。警察組織に見切りをつけておさらばしたお前が一番賢いよ」


 そのタイミングで松井の携帯が鳴る。松井は携帯の画面を見て、上司からの呼び出しだよとため息混じりに答えた。そして、せっかくいいお店に連れてきてもらったのに悪いなと謝罪し、千円札だけ置いて店を出て行ってしまった。


 そして松井が店を足早に出ていくのと同時に、注文したコーヒーを持った店主がテーブルにやってきた。店主はコーヒーを置きながら出入り口の方を見て、「あの人も神様だったんですかね」とポツリと呟いた。


「え? どういうことですか?」

「いえ、神様だからお代を支払わずに出て行かれたのかと」

「あいつは人間ですよ。お金は私が払いますし」


 しかし、店主は私の話など聞いていないかのように生返事を返すだけ。そして店主はずっと松井が出て行った出入り口の方を見続けるのだった。











『本日、連続殺人事件の捜査に携わっていた松井徳和警部補が何者かに殺害されている状態で発見されました。警察内では殉職とも言えるこの事態を深刻に受け止めており、警視庁本部からの応援を要請するとのことです』











「いらっしゃいませ」


 私はいつものように席に案内され、椅子に腰掛ける。しばらくの間見えませんでしたねと店主が言ってきたので、私は色々とバタバタしていてと濁しながら答える。


 前回来店した時は人で賑わっていた店内が、私以外に客の姿は見えず閑散としていた。そのことを尋ねると店主は表情を曇らせ、実はですねと口を開いた。


「うちの店について変な噂が立ってるんですよ」

「変な噂?」

「ええ、うちに来店して自分が神様だって答えると殺されるっていう噂なんです」


 私は店主の顔を見る。店主は本当に迷惑がっているとうでいて、どこか呆れたような表情を浮かべていた。


「確かに連続殺人事件で殺された被害者の方は皆さんうちに来店してくださったお客様ですが、営業妨害もいいところですよ」


 店主はため息をつく。


「しかも、それだけじゃなくて、私が連続殺人事件の犯人じゃないかって疑われてたんですよ? アリバイがあって結局容疑は晴れたんですが、たまったもんじゃないですよ」


 それは大変でしたね。店主は私の相槌など聞こえていないかのように、警察からどのようにマークされ、取り調べを受けたのかを赤裸々に語り始める。吐き出せる相手を探していたのか、それとも鬱憤が溜まっていたのか、いつもは言葉少なである店主は止まることなく話し続ける。店主の話を聞きながら、私は店主の様子を注意深く観察していた。連続殺人事件について、店主が一体どこまで知っているのかを見極めるために。


「そういえば……この前お連れになっていた刑事さんも殺されてしまったんですよね? 私、あの人が来店された時にタイミングを見て相談しようと思っていたんですが、まさか同じように殺されてしまうなんて……。お客様もご友人が亡くなられてさぞお悲しみでしょう」

「ええ、悲しいです。松井とは長い付き合いだったんですが、私のしていることを最期まで理解してもらえなかったことが」


 私の言葉に店主がきょとんとなる。私は立ち上がり、店の入り口へと向かう。営業中の看板をひっくり返し、それから内側から鍵を閉める。それから通りに面していた窓のカーテンを閉め切り、外側から中が見えないようにする。何をしているんですか? 店主はか細い声でそう呟く。私は鍵がかかっていることを確認した上で、もう一度店主の向かい側へと腰掛ける。私は店主の顔を覗き込む。きょとんとした店主の表情は、戸惑いと恐怖が入り混じった表情へと変わっていた。


「すみません。ずっと黙っていたんですが、私は人間ではなく神様なんです」

「神様……?」

「ええ、私は高校生だった日、突然天の声を聞いたんです。自分は神様の化身であり、この世に正義をもたらすために人間の姿に産み落とされたのだと。私は神様としての使命を果たすために今日まで生きてきました。新卒時に警察に入ったのも天からの使命を果たすためです。結局、入ってみると、俗物にまみれた、正義とは程遠い組織だということを知って、私は辞めてしまったんですけどね。でも、警察の動き方を知れたおかげで、どうすれば捕まらずに済むかを理解できるようになったので、それはよかったです」

「一体、お客様は何をおっしゃられているんですか……?」

「私は孤独でした。私一人の力では天からの使命を果たせない。もしできるのであれば、仲間が欲しい。私と同じように、天からの使命を受けて産み落とされた、同じ神様の仲間を。そう思っていた時、私はこの店と出会いました。そして、あなたの問いかけに対して、自分を神様だと名乗る人たちと出会うことができたんです。ただ、結局みなさん、自分を神様だと語るどうしようもない人間だとわかって、処分したんです」


 店主が立ちあがろうとする。しかし、私は事前にそれを察知し、店主の身体を押さえつける。私はあなたに感謝しているんです。店主の頭に顔を近づけ、私は囁く。


「他の神様を探したければ聞けばいいという単純なことをあなたは教えてくれた。もちろんほとんどの人間は嘘つきではあるでしょうが、それを処分することでこの世の正義につながりますし、ひょっとしたら本当に私と同じ仲間が見つかるかもしれない。だから」

「だから……?」

「この店を私に譲ってもらえませんかね? きっとその方がこの世のためになる」


 店主はなんとか顔を動かし私の方を見る。その顔には、私が本気で言っているのかを確認しようとしている態度が見てとれた。そして、私が本気であることを察した店主は、息絶え絶えに応える。


「このお店を譲れば助けてくれるんですか?」


 私は店主を離し、立ち上がる。店もまたは押さえつけられていた頭をさすりながら、立ち上がる。店主にはまだ恐怖の表情が浮かんでいたが、自分が助かるかもしれないという可能性にどこか安堵しているようでもあった。私は店主に座ってくださいと命令する。それから、私が店を譲り渡すために必要な書類の場所などを聞き出し、店主は素直に答える。必要な情報を聞き終えた後、私はため息をつき、向かいの席に座る。


 そして、私は机に懐に忍ばせていた紐を置く。店主はその紐を見てぎょっとし、それから私の方を見る。店主の言いたいことはわかっていた。私はそんな店主の言葉を先回りするように教えてあげた。


「あなたがこの世の正義のために店を譲ってくれると言ってくれていれば助けてあげる予定でした。ただ、あなたはそうではなく、自分が助かるという利己的な目的で譲ろうとした」


 店主の目が見開く。そして、ゆっくりと机の上に置かれた紐を見下ろし、掠れるような声でつぶやいた。


「お客様は悪魔ですか?」










『自営業を営んでいた飯沼武雄さん55歳が自身が経営するカフェの店内にて遺体となって発見されました。店内には遺書と見られる置き書きが残されており、連続殺人事件の犯人が自分であるという告白が書かれていたようです。警察もかねてより第一容疑者としてマークしていたことから、この遺書の内容が本物である可能性が高いと考えている模様です』










「いらっしゃいませ」


 店内に入ってきたお客様に私は声をかける。客はキョロキョロと店内を見渡していたので、私は気さくに「初めてのご来店ですか?」と尋ねてみる。


「某事件が起こって以来ずっと閉まったままのお店だったので……。取り壊されるものだと思い込んでましたが、まさか同じ喫茶店がやってるなんて考えもしませんでした」


 みなさんそうおっしゃられます。私は決まりきった言葉を返し、お客を席に案内する。客が席に座ったタイミングで、一つだけお伺いしてもいいですか? と尋ねる。なんでしょうか? 客が顔をあげ、私に問い返す。そして、私は客の顔をじっと見つめ、尋ねるのだった。


「お客様は神様でいらっしゃいますか?」


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