第23話 トラウトポートへ
ランバージャッククラブを討伐してから数日。
圭人は数日ぶりの休日を恋人の巴と過ごすため金尾稲荷に泊まった。今は圭人が朝食を作って、巴ととも食事中。
圭人の仕事先も台風の後片付けが終わり、日常が戻ってきた。
しかし、金尾稲荷の外とは違い、中ではまだ非日常が続いている。
部屋の扉が開き、セレナとパムが部屋に入ってくる。
パムはセレナ同様に金尾神社にすっかり慣れて、人の出入りが多い道場以外の場所を自由に出入りしている。
「お邪魔いたします」
セレナは異世界クルガルに住むカピバラ族の獣人。
見た目は完全にカピバラでミルクティーのような毛並みを持つ。
女性らしいドレスのような服を着て、その上にローブを羽織っている。服を着ているため、動いていなければぬいぐるみのように見えるかもしれない。
「セレナ、今日も来たのね」
巴がセレナに話しかける。
巴は地毛がハチミツに似た色合いの金髪だが日本生まれ。さらに西洋風の顔立ちで、181センチもある高身長。日本人には見えない美しい女性。
今は動きやすい服装のため体の線が出ており、スタイルの良さが際立つ。
「初めてお邪魔して以来、地球に興味が尽きませんの」
「あたしもクルガルに興味があるから理解できる」
ランバージャッククラブでかにクリムコロッケを作った日、セレナとパムは金尾家に一泊したあと、トラウトポートへ帰って行った。
以降、セレナは毎日のように金尾稲荷に来ている。
「圭人お兄ちゃん」
パムは圭人の隣に座る。パムは特に圭人に懐いた。
圭人はパムの黄色いモンブランのような金髪を撫でる。髪を撫でると狐の耳にも手が触れる。パムは嫌がる様子もなく、髪の毛と同じ色の尻尾がゆらゆらと揺れている。
圭人の恋人である巴がパムを怒ることはない。なぜならパムはまだ8歳の子供であるため、巴はむしろ圭人以上にパムを可愛がっている。
「パムは朝食を食べた?」
「うん」
パムが朝食に食べたものを圭人に言う。
圭人はパムの話を笑顔で聞く。
他の三人と比べると圭人は普通。日本生まれで黒髪黒目。身長が平均よりも大きい188センチだが、他は一般的な日本人。
圭人と巴は幼馴染で、今年24歳と大学を卒業してまだ二年程度しか経っていない。
圭人とパムが話している横で、巴とセレナが別の話をしている。
「毎日来ているけど、セレナって魔法学園の講師って言ってなかった?」
「私は毎日授業しませんの。そもそも私は学生相手ではなく、魔法学園に所属する研究者に講義することのほうが多いのですわ」
「それじゃパムは?」
「魔法学園に入学するには少々幼いパムの面倒を見ておりますわ。私も幼い頃から魔法学園に通っていたため、苦労がわかりますの」
圭人と巴が朝食を食べる中、雑談が続く。
「圭人お兄ちゃん、今日はお休みなの?」
「そうだよ」
圭人と巴は、セレナとパムが来るまで今日どうするか話していた。
クルガルに行こうという話にはなっていたが、何をするかまでは決まっていない。
「パムも一緒に行きたい」
「いいんじゃないかな?」
圭人がセレナと話している巴にパムが同行していいか尋ねる。
「ええ、パムも一緒に行きましょ。セレナも来る?」
「パムを預かっているのは私ですので、一緒に行きますの。二人にはお世話になっていますからトラウトポートを案内いたしますわ」
セレナが案内を買って出る。
圭人はまだクルガルに不慣れであるため、セレナに感謝する。
「行きたい場所はありますの?」
「街の中も気になるけれど、また街の外に行ってみたいかも」
「外ですか……今は草原に行けませんから……」
ランバージャッククラブの騒動はまだ続いており、草原の出入りが制限されているとセレナが言う。
圭人としてもパムを連れて、モンスターがいる可能性が高い草原に行こうとは思わない。
「セレナ先生、牧場は?」
セレナがどこに行くか悩んでいるとパムが案を出す。
「牧場。少し離れていますがいいですわね。今の時期であればベリーを採取できますわ」
牧場。
圭人はトカゲのチーズを思い出す。
牧場に行けばチーズの元となったトカゲを見られるかもしれない。
「俺は牧場に興味があるな」
「牧場も気になるけど、ベリーもいいわね」
巴も賛成したため、牧場行きが決まる。
「セレナさん、武具はどうしましょうか?」
「牧場周辺は草原と同じように安全な場所ですから必要ないとは思いますが……草原のようなことがあると心配ですわね」
圭人と巴はセレナの懸念を理解できるため、前回と同様の武具に着替えて向かうことにする。
圭人は革鎧にタワーシールド。武器に剣。
巴は革鎧と薙刀。
お互いに得意な武具を装備して祭壇のある部屋へと向かう。
「準備はいいかな?」
「ええ」
圭人たちは祭壇に置かれた巨大な銅鏡に向かって進む。
普通であれば銅鏡にぶつかってしまうが、魔道具の銅鏡をぶつかることなく通り抜けていく。
銅鏡を抜けた先は異世界クルガルのトラウトポート。
トラウト伯爵が治める地で、セレナとパムが暮らしている街。
「では、私のキャリッジで牧場に向かいますわ」
銅鏡を抜けた先の神殿から外に出る。
トラウトポートの街中にはセレナのように服を着た獣人や、パムのように耳と尻尾を生やした獣人が歩いている。
「ヒュージ」
セレナが馬車の車体に似ているキャリッジの前で魔法を唱える。
大型犬程度だったセレナの姿が、牛のような大きさに変わる。
「乗ってくださいませ」
「失礼します」
キャリッジは木目の自然な色合い。中は椅子に白いクッションやカーテンがあり女性的な可愛らしい空間。
窓ガラスから日光が差し込むことで室内は明るい。
圭人が席に座るとパムが横にくる。巴はパムを挟んで反対側。一列で座ると少々狭いが、パムは嬉しそう笑顔を浮かべている。
圭人は鞄を探りキャラメルを取り出す。
「はい、キャラメル」
「わあ! ありがとう!」
パムは圭人からキャラメルを受け取ると、笑顔を咲き誇らせ喜んで食べる。
圭人は前回パムがキャラメルを気に入ったのを見て、事前に作って補充しておいた。
「出発しますわ」
セレナの声がどこからかする。
銅鏡同様にキャリッジには魔道具が取り付けられている。
「お願いします」
キャリッジが小さな音を立てて進み始める。
西洋風の街並みの中、セレナが引くキャリッジは進んでいく。
「そういえば、セレナさんのようにキャリッジを引いているのは、皆がキャリッジの所有者なのですか?」
「いえ、大半は御者を雇いますわ」
圭人の予想とは違う答えが返ってくる。
「え? 違うんですか?」
「体の大きな種族でしたら引くことは可能ですが、キャリッジを買って自分で引いては意味がありませんでしょ?」
地球のタクシーと同じような人を乗せて運ぶ仕事であればいいだろうが、持ち主が自分で引いてしまうとキャリッジの中に誰も乗っていない状態となる。自分だけで走ったほうが楽だろう。
言われてみれば当然なことに圭人は気づく。
「それではなぜ、セレナさんはキャリッジを引いているのです?」
「趣味ですわ」
「趣味?」
「ええ、運動不足の解消にいいのですわ。淑女からは少々外れますが、許容範囲ですの」
会話をしながらもキャリッジは進み、街の外に出る。
街の外に出るとセレナの引くキャリッジは速度を上げ、自転車より速く走り始める。
圭人は運動不足の解消というより、アスリートのトレーニングよりハードだと思う。
「セレナさん、よくこんなに速い速度で走り続けられますね」
「魔法と魔道具を併用しておりますのよ。流石に普通に走るのは私でも無理ですわ」
「なるほど」
圭人は肉体の能力だけで速度を維持しているのかと思っていたが、実際のところは魔法を使って速度を上げていたようだ。
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