6話 誤解
あれから柚葉は時々「なにか困ったことない?」と聞いてくる以外、特に変わったことはしてこなくなった。
それに対して俺は毎回「今は特にないかな」と答えている。その度に彼女が少し残念そうな顔をするのが心苦しい。
あとは俺のほうを見てることが増えたような気もするが、それはただの気のせいだろう。
あの『柚葉あ〜ん事件』から一週間ほど過ぎた4月下旬頃の昼休み、教室に見知らぬツインテ女子が入ってきて俺に話しかけてきた。
「あ! あなたですね! 柚葉先輩をたぶらかしてるクズって!」
「だれきみ? というかクズって!」
「私は柚葉先輩の中学の頃からの後輩『五貝みお』です!」
よく見ると制服のスカーフの色が緑色なので一年生なのだろう。
五貝は俺の腕を掴み、引っ張る。
「ちょっと校舎裏まで来てください!」
「また校舎裏!?」
俺は知らない女子に校舎裏まで連行されてしまった。
なぜか校舎裏には柚葉もいた。
「あれ? 柚葉まで?」
「東堂くんも? うん、五貝ちゃんに呼び出されちゃって……」
「単刀直入に言います。あなたは柚葉先輩を脅していますね?」
「どうしてそうなるの!?」
「私も違うって言ってるんだけど……」
「だって柚葉先輩が男とイチャイチャするなんてありえないからです!」
五貝がツインテールを揺らしながら叫んだ。
「私の知ってる先輩は『男なんてみんなチンパンジーにしか見えない』って思ってるような人なんですよ!?」
「それは今でも思ってるけど……」
今でも思ってるのか……。
「そんな柚葉先輩が男と一緒に弁当を食べて、しかも『あ〜ん』なんて絶対するはずがないんです!」
「東堂くんは他の男子とは別だよ。東堂くんはチンパンジーじゃないよ」
「この人がチンパンジーじゃないことは私も知ってます」
「俺も流石にチンパンジー扱いされたら傷つくなぁ」
「あなたのせいで先輩が男子と一緒に弁当を食べてたという噂が広まって、先輩の男嫌いが治ったとか勘違いする奴まで現れて、今朝なんてラブレターを貰っていたんですよ!」
「今どき……。そうなの?」
「うん……。すぐにゴミ箱に捨てたけど」
「え!? なんで!?」
「だって気持ち悪いし……」
「先輩はこういう人なんです。それなのに……あなたは柚葉先輩のなんなんですか!?」
「なにって言われても……」
「東堂くんは私が償わなくちゃいけない人なの」
「……!? やっぱり何か弱みを握られてるんですね!」
「俺はなにもしてないよ!」
「あなたは黙っててください! きっと無理やり先輩の恥ずかしい写真を撮って『ネットにばら撒かれたくなければ俺の言うことを聞けぇ!』って脅してるんでしょう!?」
「他の男子ならともかく東堂くんは絶対そんなことしない人だよ!」
「ほら、柚葉さんもそう言ってるでしょ? 俺は無実だよ」
「そう言わないと、あなたに写真をばら撒かれるから嘘をついてるという可能性もありますよね?」
「じゃあ、俺のスマホの写真アプリを調べてみる?」
見られて困るものは無かった……はず。
「バックアップを取られてるかもしれません! 隠す方法はいくらでもあります」
「じゃあ証明しようがないよ!」
痴漢冤罪ってこうやって生まれるのかと思った。
柚葉が少し怒ったのか大きな声で五貝の名前を呼んだ。
「五貝ちゃん! 五貝ちゃんだってなんの証拠も無いのに疑っちゃダメだよ?」
「でも……! でもぉ……」
「私は大丈夫だから。五貝ちゃんが心配するようなことなんてなにも起きてないよ」
優しくそう言って柚葉は、泣きそうな五貝の頭を撫でた。
「……ぐすっ……ぐすっ」
「よーし、よーしぃ、だいじょーぶだよぉ」
「えへへへへへへへ。先輩、優しい……」
泣いていたはずの五貝が目に手の甲を当てた状態でニヤつき始めた。
どこかから足音が聞こえる気がする。
しばらくして校舎裏に知らない男子が現れ、柚葉に向かって走り出してきた。
「あ、柚葉さん! あの手紙、読んでくれたんだね」
「柚葉さんの知り合い?」
「誰ですか……?」
柚葉は知らない様子だった。
「いや、今朝ラブレター渡したでしょ!? 昼休みに校舎裏に来てって書いてあったよね?」
「え……」
「そ、その、他の人がいる前で申し訳ないんだけど、俺ずっと前から柚葉さんのことが好きで……」
柚葉が心底、嫌そうな顔をしている。
「俺と付き合ってください!!」
俺は初めて告白の現場を目の当たりにした。
柚葉さんはなんて答えるんだ!?
「ムリムリムリムリムリ!!! 生理的にムリです! 嫌です! 気持ち悪いです! ごめんなさい!」
目の前の男子が唖然としている。
柚葉は、おぞましいものを見たかのように真っ青な顔になって全力で拒否する。
それに対して五貝は目を輝かせて叫んだ。
「それでこそ私の知ってる柚葉先輩ですぅ!」