3話 妹
あれはなんだったのだろう?
家に帰ってすぐに制服姿のまま、自分の部屋のベッドに座りながら考えた。
彼女が唐突に泣き出した理由か……。
考えても答えはでない。
「諦めてそろそろ沙耶に食事の準備をしなくちゃな」
俺には引きこもりの中3の妹がいる。中学3年生といっても中学校に行ったのはたった数回、保健室にだけなんだが。
そもそも小学校にすら年に数回くらいしか行ってない。一応、教科書だったりは買って勉強はしている。
そんな妹だった。
父さんは今日も帰りは遅いらしいので、俺が沙耶の部屋まで夕飯を持っていかなければならない。
「沙耶ー、ご飯だぞー」
「お兄ちゃん!」
俺が夕飯を持って沙耶の部屋の前で声をかけると、扉が勢いよく開いて暗い部屋から我が妹が飛び出してきた。そして、俺に抱きついてこようとする。慌てて夕飯の乗ったトレイを上にあげて、沙耶の可愛いパジャマが汚れるのを回避した。
俺の胸に埋まった顔から鼻をすする音が聞こえる。抱きつく沙耶に俺は問う。
「また怖い夢でも見たのか?」
「ママがね、『お前のせいで死んだんだ』って……。『代わりにお前が死ねばよかった』って!」
「大丈夫だよ。お母さんはそんなこと言わないから」
いつものように俺が宥めると沙耶は顔を上げ、自分の頭上に夕飯の乗っているトレイがあることに気づいた。
彼女の目が赤く、自分のエプロンが濡れてるのを見るにやはり泣いていたようだ。
「いつもありがとう、お兄ちゃん」
「いいんだ」
俺らの母親は10年ほど前に亡くなっている。トラックにはねられそうになっていた小さな女の子を助けようとして、代わりに母さんが命を落とした。
その小さな女の子とは断じて沙耶のことではない。見ず知らずの赤の他人。
自分の母親が死ぬ瞬間を、俺らは見てしまった。
その時、沙耶はまだ5歳。幼き頃のアイツは自分の母親が頭から血を流し、長い髪が赤く染まっていく様子をただ泣いて見ているしかなかった。
俺もただひたすらに泣いていた。今ならすぐに救急車を呼ぶなり何か行動できたかもしれないが、小学校に上がりたてのガキだった俺はどうすればいいかわからなかった。
母さんに助けられた女の子も泣いていた。
母とともに3人で公園に出かけようとしていた、ただのなんでもない日常はその時崩れ落ちた。
沙耶は母さんがトラックにはねられる瞬間、目が合ったらしい。