第一話 国司家当主の最期
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弘化四年(西暦1847年) 三月十五日 長門国 萩 国司邸 国司迪徳
「若様!また、稽古をおサボりに成られるとは!」
体調が良くなり外風に当てられようと縁側に出ると中庭から怒気を孕ませた男、延祥の声が聞こえて来た。
最早この言葉を聞くは何度目のことやら…。
また、熊之助が武芸の稽古を抜け出したのだろう。
熊之助め何度叱られても懲りぬ奴だな。
そんな事を考えていると、声変わりもしてい無い幼い声で熊之助が反論した。
「…爺よ、これからの世には武芸は必要ない。必要なのは知識だ。」
これは熊之助が常々言っている事だ。
言わんとする事は分かる。
しかし、武士の矜持を持つにはいや、理解するには武芸を欠かす事は出来ぬと儂は思う。
「確かに知識は重要に御座います。しかし、武士の本懐は武芸に御座いまする。…そして何より、昨今は近海に外国船が来る事も御座います。何かあれば民を守る為、我らは武器を手に取らねばなりませぬ。」
「ならば尚更武芸は要らぬ。…南蛮の連中に最早刀では勝てぬ。必要なのは優れた性能の鉄砲と連携の取れた兵だ。」
熊之助が養子に入って以来、ほぼ毎日行われている口論だ。幾度と無く事の成り行きを見て来た。どうせ、此度も熊之助が延祥を言い負かすのだろう。
だが、口論を続けさせても良いが、そろそろ日が暮れてしまう。仕方ない、口論を止めに入るとするか。
「双方それまでだ。」
儂がそう言うと両者とも時が止まったように静かになった。
「殿…お身体は大丈夫なので御座いますか?」
少しして、おずおずと心配そうに延祥が尋ねてきた。
あいも変わらず心配性な奴だ。
「案ずるな。今は気分が良いのだ。少し動いても問題なかろう。」
儂がそう言うと熊之助が苦言を呈して来た。
「養父上、体調が良くなったからと油断は禁物です。お身体が冷える前に屋敷の中に戻りましょうぞ。」
「ふふ、熊之助のように武芸をサボらぬかったからお主が思うほどやわでは無いわ。」
儂がそう言うと熊之助は罰の悪そうな顔をした。そして、直ぐに不貞腐れたような顔をしながら儂に言った。
「…養父上はご存知だと思いますが、某には武芸の才が御座いませぬ。才のない事に時間を掛けるの非効率に御座います。故に某は武芸をせぬのです。」
「熊之助よ、何事においても一切出来ぬのと中途半端でも出来るとでは雲泥の差があるのだ。それにだ"雨垂れ石を穿つ"とも言うではないか。…まあ、本音を言うとだな、病を患っている身だ。安心したいのだ。お主が立派な武士になり国司家を守れるようになる事でな。」
「…分かりました。明日からは武芸の稽古に勤しみまする。」
熊之助は渋々という感じだが、儂の説得に応じてくれたようだ。
その事を少し感慨に触れているとふと、熊之助と出会った頃を思い出した。
儂と熊之助が出会ったのは、今から三年前の熊之助がまだ三歳の頃だ。
第一印象は奇妙な童だと思った。
このぐらいの年頃だと余計な事をして親に怒られるものだが驚く程大人しかった。
それだけでなく、少し話してみると本当に三歳なのかと疑いたくなる程に賢かった。何せ、言葉の節々に知性を感じたのだ。他家の子供も見て来たが殆どの子供は脈絡のない言葉を発するばかりであった。
栴檀は双葉より芳し
この言葉が頭に浮かんで来た。
熊之助は必ずや大成するだろう。
儂は熊之助の将来が楽しみだと思った。
それから三年後、儂は急病を患った。
医者からは儂の命は一年保つかどうかと言われた。
残念ながら儂には妻も子もいなかった。
このままでは国司家がお取り潰しになる。
そうなると国司家に仕えている者達は路頭に迷う事になる。
それは何としても避けねばならなかった。
誰を養子に迎えようか考えている時、ふと、熊之助の事を思い出した。
それから直ぐに熊之助の実家、同じ寄組である高洲家に熊之助を養子に迎える事を頼みに行った。
幸い熊之助は次男であった。
本来、家を継げぬ身である。
それが同格の寄組の家を継げるというのだ。
高洲家は直ぐに熊之助を養子に迎える許可をくれた。
少ししてから熊之助を養子に迎えた。
正直、熊之助には悪い事をしたと思う。
未だ母が恋しい年頃だろうに親元から引離す真似をしたのだから。
熊之助に恨まれていても仕方がないと思う。
そんな事を考えていると、熊之助が心配そうに声を掛けて来た。
「…上…養父上!」
「熊之助、どうした?」
「どうしたでは御座いませんよ。ぼー、とされて…もしや体調がよろしくないのですか?」
「いや、今は大丈夫だ。考え事をしていたのだ。」
儂がそう言うと、熊之助は安心したような顔をしながら言った。
「そうですか。なら、早く屋敷の中に戻りましょう。」
「ああ、そうしよう。」
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弘化四年(西暦1847年) 七月五日 長門国 萩 国司邸 国司迪徳
三ヶ月前までは数日に一度程は外に出る事が出来ていたが、ここ最近では起き上がるのもやっとの状態だ。
…最早、極楽の迎えがいつ来ても驚かぬ。
さて、死ぬ前に最後の仕事をせぬといかんな。
「誰ぞ、誰ぞ居らぬか…。」
儂が呼び掛けると、部屋の外側で控えていた小姓が返事をした。
「はは、ここに。」
「延祥を呼んで参れ。」
「はは、只今!」
四半刻もせぬ内に延祥がやって来た。
「殿、延祥に御座います。」
「延祥よ、よく来てくれた。中に入れ。」
「はっ、失礼します。」
延祥は中に入ると、控えるように儂から少し離れた場所に座った。
「延祥、もっと近う寄れ。」
儂がそう言うと、延祥は失礼しますと言いながら儂の直ぐ側に来た。
「殿、如何されましたか?」
「此度、其方を呼んだ理由はな…儂が死んだ後、熊之助の事を頼む為だ。」
「殿!病は気からと言います。…どうか、どうかお気を確かに。」
延祥は泣きそうに成りながらそう言った。
「自分の事だ。自分の死期くらい何となく分かる。…延祥よ、これは最後の命令だ。しかと心して聞け。」
「御意。」
涙交じりの声で延祥は返事した。
「恐らく熊之助は波乱に満ちた人生を歩む事になるだろう。幾ら熊之助が驥足を持っていようと、波乱の人生を独りで歩むの困難だ。…熊之助を支えてやって欲しい。もしかしたら、熊之助から理解の出来ない命令を受けるやも知れぬ。だが、何も言わずにその命令を遂行し、常に熊之助の味方であってくれ。無論、熊之助が道を外れようとした時は諌めてやって欲しいがな。」
「はっ。この鴻池延祥、命に変えてでも命令を遂行致しまする。」
延祥は涙で顔を濡らしながらそう言った。
「延祥、熊之助の事を頼んだぞ。」
その三日後、国司迪徳は死出の旅に出るのだった。
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