今日、私を卒業する。
今日、私は私を卒業する。
この冴えないニキビ痕まみれの不細工な顔と、デブでチビで手足の短い身体とは今日でおさらばするの。
──そう、ここに転がっている私の妹、加奈と交換するの。
私とは真逆の物を持つ、この妹と。
この糞大っ嫌いな妹と、入れ替わるの。
…同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、私とは全然似ても似つかないこの妹と、私は今日入れ替わる。
▶▶▶
昔から妹はみんなに「かわいいかわいい」ってチヤホヤされていた。
私はそんな妹といつも比べられて「お前は加奈と違って、ほんっとブスだよなー」と数えきれないほど言われて笑われた。それは、両親にもだ。
だから、私は妹が大っ嫌い。
いつか殺してしまいそうなほどに、妹が憎かった。
けどある日、ネットで『魂と魂を入れ替える方法』という呪術を見つけた。
本当かどうかなんて知らないけど、もし、うまく行って、この大っ嫌いな妹の美しい身体と交換ができるなら…
そう思い、その魂を入れ替える方法というものを実践してみることにした。
…そして今日、ついに──────
「…入れ替わった。大っ嫌いな加奈と、入れ替われたっ!!」
呪術を行うと、深い眠りに誘われ意識が遠のき倒れた。
そして、目が覚めると───私の身体は、美しい加奈の身体になっていた。
「白くて細い腕に指。そして、きゅっとくびれたウエスト。重くない身体。そして…」
そばにあった手鏡を取り、鏡のなかを覗く。
憎くて大っ嫌いな加奈の顔。
かわいい加奈の顔が、私の手に握る鏡に映る。
この顔はもう、あの憎くて大っ嫌いな妹の顔じゃない。今日から私の美しい顔なんだ。
「ふふふ…ざまぁないわね。その醜い顔で生きて私の苦しみをわかりなさい。永遠に、ね……」
足下に転がる以前の醜い私の顔を、入れ替わった加奈の顔を足でぐりぐりと踏みつけながら、声をあげて笑った。
「じゃあね、醜い加奈」
そう言って、まだ目覚めない加奈の身体を蹴飛ばし、その場を離れた。
▶▶▶
「さあ、これからどんな素敵な未来が待ってるかしら~」
艶やかなロングでストレートのブラウンの髪を、手の甲でファサッと跳ねた。憧れのストレートヘアだ。
以前の私の髪はひどい癖毛で、伸ばせば伸ばすほど中途半端なアフロみたいになり、酷かった。
「髪はサラサラだし、肌も白くて綺麗で。これならどんな洋服も似合うわ。加奈のやつ男にめちゃモテてたし、私もモテちゃうのかな?あ~今から楽しみ~♪」
ファサファサと何度も髪の毛を跳ねさせ、鼻唄を歌いながら歩いていた。
すると。
「かっ、加奈…ちゃん」
誰かが妹の名前を呼んだ。もう一度その誰かが「加奈ちゃん!」と名前を言って、ようやく私のことを呼んでることに気づいた。
(そうだった、私は今『加奈』になってるんだった)
なあに?と振り向いた先には、冴えないニキビ痕まみれの不細工な顔の、チビでデブな男が電柱の影に隠れて、じっとりとした目で私を見ていた。
なんだか、その男の雰囲気が以前の私に似ているようで、全身に酷い不快感を覚えた。
「…なぁに?」
舌打ちしながら、私はその男に言った。
「あ…きっ、昨日僕が言ったこと、考えてくれた?」
「…昨日?」
こんな、キモブタ男と昨日一体なんの話をしたのよ、加奈!と、私は内心で舌打ちする。
「ひ、ひどいな、昨日加奈ちゃんにプロポーズしたじゃないか。結婚指輪を渡して『僕と結婚して下さい』って。君は一度断ったけど、もう少しよく考えて、明日また答えを下さいって言ったじゃないか!」
キモブタ男は、鼻息を荒くして言った。
「はあ!?あんたどのツラ下げて言ってるの!?自分の顔を鏡で見たことある?そんなキモくてブタみたいな顔したあんたに、私と釣り合うと本気で想ってるの!?バッカじゃないの!?あんたみたいなキモブタ男なんかと結婚なんて、恥ずかしくてできるわけないでしょ!?気色悪い!さっさと私の目の前から消えてよ!!」
私は声を上げ、その男をめちゃめちゃに罵った。
すると男は身体を震わせ、まるでブタのようにぶひぶひと鼻息を更に荒くさせた。
「…ひどい、いつも優しい加奈ちゃんが…ほんとは僕のことをこんな風に思ってたなんて…許せない!」
キッ!と男は私を睨んだ。
「な…何よ、気持ち悪い」
そう、私が言った瞬間だった。
「死ねえええええええ性格ブスウウウウウウ!!!」
男はそう声を上げ、両手に何かを握りながら私に勢いよく襲いかかってきた。
ソシテ。
─────────ドスッ!!!
男は私に体当たりしてきた。
私の左下腹部辺りに違和感を覚える。
男は私に体当たりすると、私から離れ、顔を真っ青にして言った。
「おっ、お前が悪いんだからな!ぼ、僕は悪くないからな!!」
そう言って、男は慌てて逃げていった。
……血塗れのナイフを握りしめながら。
「……………へ?」
私は恐る恐る、自分の左下腹部の方を見た。どくどくと、真っ赤な液体が流れていた。
その液体に、触れる。
べとっと生暖かくて、鉄の香りがする。
動悸が、早まる。
呼吸が荒くなってゆく。
足がガクガクと震えてくる。
何が起こったのかすぐには気付かなかった…いや、理解するのに時間がかかった。
私はあの男に…
「ささ…れた?うそ…なんで?私がなんで刺されないといけないの?待って、私死ぬの?うそでしょ?まだ私この美しい身体で楽しんでないのに…うそ…嫌だ…死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ………………!!!!」
そう言いながら、私は道に膝をつき、うつ伏せに倒れた。
刺されたはずの場所は、血液の生暖かさを感じるだけで、痛みがなかった。その痛みの無さが余計に死への恐怖を掻き立てた。
「だ…れか、たす…ケテ。嫌だ…私の人生はまだ…これから楽しくなってくるはずなのに…イヤダ、死にたくない…死にたくない……ヨォ…………………」
助けを呼びたいけど、声が出ない。
それに、ここは閑静な住宅街で、今の時刻は特に人通りが少ない。誰かが通りかかる様子もない。
……涙で視界が滲む。
意識………ガ……………トオ………ク………ナ…
▶▶▶
「…ほんと、馬鹿なお姉ちゃん。こうしてちゃんと整えれば可愛くなれるのに…」
美容院から出てきて、サラサラのストレートヘアをファサッと手の甲で跳ねた。
運動や食事制限で無駄な肉のついた身体を細くさせ、肌のニキビ跡はお金を貯めて美容皮膚科で治療してもらい、また肌が荒れないように毎日しっかり手入れをしている。
背は低いままだけど、むしろ私にはその方が好都合だった。というより、お姉ちゃんの小柄な身体に憧れていた。
「前の身体は170あったもんね。背が高すぎて、男子がいつも引いちゃってたんだよね~まあ、高くても愛してくれる人は愛してくれたけど~…」
前々から、お姉ちゃんはちゃんと整えたら可愛くなるって思ってたし、そのことをお姉ちゃんにも言ったけど…『自分が可愛いからって馬鹿にしないでよ!!』ってめちゃくちゃに怒られて殴られたから、それ以来から言わなくなったんだよね。
「お姉ちゃんは私が努力もしないで、可愛くいると思ってたのかもしれないけど…そんなわけないじゃん。努力もしないで欲しがるばかりで何もしないで呪って…自業自得よね」
でもまあ、お姉ちゃんのおかげで、私はあのストーカー男に刺されずに済んだんだもんね。
「ありがとうお姉ちゃん。私のために死んでくれて」
そうひとりごとを言っていると。
「加子~!」
遠くで私の愛する彼が手を振っていた。
「はーい!」
スキップしながら、私はストレートにしたばかりのサラサラの髪を揺らし、彼のもとへと向かった─────