表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2 優しくないのも知っている


 大嘘つきの蓮だけど、幼い頃は普通に仲の良い幼馴染だった。


 蓮は可愛い顔立ちをしていて、同い年にもかかわらず、私にとっては3人目の弟のようなものだった。ヤツも子供の頃は、今と違って純粋で素直だったのだ。


 そして中学に上がる頃には、そこら辺にいる普通の男女の幼馴染みのように、順調に疎遠になっていた。


 親同士は仲が良いので、交流が全くなかった訳ではない。たまにおすそ分けを届けにやってきたり、一緒にご飯を食べたりと、顔を見る機会はそれなりにある。けれど一緒に遊ぶとか、一緒に登下校をするだとか、そういう事は全くなくなっていた。学校でも顔を合わせたら挨拶をする程度で、同じクラスの男友達の方が蓮よりも余程距離が近かったくらいだ。


 それが一変したのが、中学3年の冬になる。

 そう―――私が人生初の彼氏にフラれた、その日からなのだ。


 あの日の私はどうかしていた。

 今思い返しても後悔しかない。塗りつぶしてしまいたい、苦い過去だ。




 ◆ ◇




「ほんっと、可愛くねー女だな!」


 バレンタインデーを目前に控えた2月のとある日。私は、一ヶ月ほど付き合った彼氏から、吐き捨てるように別れを告げられた。

 原因はとても些細な事。手作りのチョコが欲しいと言ってきた彼に、面倒だと答えたら拗ねられたのだ。


 相手のことは、特に好きだったわけじゃない。告白をしてきたのは向こうからで、興味本位で付き合ってみただけだった。だから別れを告げられても、悲しくもなければ引き留めようという気にもなれず、呆気ない幕切れだなとどこか他人事のように感じながら、機嫌の悪そうな彼の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。


 ただ、告げられた言葉が棘のようにちくりと胸に刺さって。抜けなくて。

 それでも学校にいる間は全然、どうってことなかったはずなのに。


 家に帰って。

 リビングのソファに座って、一息ついたその瞬間……私の目から勝手に涙が零れていた。


 ……可愛くない?

 そんなこと、言われなくても分かってる。


 自分のことを可愛いだなんて思ったことはない。私に寄せられる評価なんて、しっかりしているだとか、クールだとか、怖いとか鬼だとか、どれもこれも可愛さの対極にあるものばかりだ。

 それでも。はっきりと言葉にされて、自分で思っていたよりも、私は傷ついていたのかもしれない。涙があとからあとから止まらない。


 

「どうしたの? 紗英」


 不意に玄関の方から蓮の声がした。

 ちっと舌打ちしたくなる。―――なんて間の悪い。

 

 腕白な弟たちは毎日陽が落ちるまで外で遊んでいる。両親は仕事で忙しく、どちらも平日は20時を過ぎないと家に帰ってこない。だから完全に油断していた。そりゃたまに蓮が来ることはあったけれど、まさかこうもピンポイントで来るだなんて。


 近づいてくる足音に、制服の袖口で目元をざっと拭う。軽くうつむくと、肩まで伸びた髪がするりと左右に流れて、顔をさり気なく隠してくれた。


「蓮こそどうしたのよ」


 なんでもないフリをして。早く帰って、と強く念じながらそっけなく言い放つ。

 そんな私の胸の内も知らず、蓮が私の隣にある空いた空間に腰を下ろした。

 くっ……ソファ、ど真ん中に座ればよかった!


 蓮が、ちらちらとこちらを窺ってくる。


「紗英が暗い顔で家に入るところを見かけたから、気になって……。玄関のドアも空いたままだし」

「えっ……」


 家に帰ったら鍵を掛けなさい、なんて、いつも口酸っぱく弟たちに言ってる事なのに……。

 そんなにショック受けてたの、私?


「……、泣いてるの?」


 蓮の手が私の髪に触れる。あ、と思った時にはもう、遅かった。外界を遮断していたベールがそっとめくられて、蓮が私の顔を覗き込んでいる。

 蓮の瞳がハッと見開かれた。かすかに、息を飲む音がする。


「……なんでもない」


 心の中で盛大に舌打ちをしながら、大きく顔を背ける。


 ……そりゃびっくりするわよね。いつも弟や蓮に対してお姉さんぶっているこの私が、泣いてるんだから……。


 分かってる。蓮は弟たちと違って、私が泣いたからと言って笑いものにするような子じゃない。それは分かっているけれど…………気まずい。

 だって、私が泣いているなんて……


 そんなの、ヘンよね。


 ああ嫌だ。嫌なものを見られてしまった。

 こんなの私の柄じゃないのに。


「いつまでそこにいる気なの? もういいから帰って」

 

 これ以上蓮に見られたくなくて。髪に触れたまま呆けている蓮の手を強く払いのけてから、私は可愛くない言葉を蓮に投げつけた。

 私らしい、冷ややかでそっけない声で。蓮のイメージする私は、たぶんこうなのだろうと意識して。


 なのに。

 突然、ふわりと抱きしめられた。


「なにがあったの?」


 頬に触れる蓮の髪が、柔らかくてくすぐったい。


 耳元で優しく問いかける声がする。蓮は、喧嘩腰とも取れる私の態度に、怒りもせず、呆れもせず、ただただ心配しているようだった。


 蓮の腕の中は温かくて、なんだか心地がよくて。柔らかく包み込まれているような感覚に、うっかり気が緩んでしまったのかもしれない。気付けば私は声を上げて泣いていて、彼氏とのことを蓮に話してしまっていた。


「大丈夫だよ。紗英は可愛い。可愛いから」


 慰めの言葉を何度も口にしながら、蓮が私の背中をぽんぽんと宥めるように優しく叩く。気が抜けたのか、言いたいことを一通り言い終えた頃には、涙はすうっと引いていた。


 それでもなお、蓮が落ち着かせるように私の頭を優しく撫でる。その手は記憶にあるものよりも大きくなっている気がして。逆に落ち着かなくなってきて、私は慌てて身体を離した。




 ◆ ◇




「あああ、一生の不覚だわ…………」


 次の日。すっかり正気に戻った私は、蓮の前であんな醜態を晒してしまった事実に打ちのめされていた。

 何もかも、無かったことにしてしまいたい……。だから朝、家を出たら偶然蓮がいて、思わず悲鳴をあげそうになったけれど、ぐっとこらえていつも通りのクールな私を装った。蓮もきっと気まずいはず。昨日のことには触れないでおこう……


 ―――それなのに。


 あの日以降、ヤツは会う度に、私に可愛いと言ってくる。


 なに? まだ私が落ち込んでるとでも思ってるワケ?

 あれからどれだけ経ってると思ってんのよ。もうふっきれてるに決まってんでしょ。


 それともからかってんの? 馬鹿にしてんの?

 ああもう、蓮に縋って泣いただなんて……ヤツの記憶から抹消できるものなら今すぐ消し炭にしてしまいたい。あまりにも真っ黒すぎる歴史に、可愛いと言われるたびに思い出しては身悶えしそうになる。

 

 ふん。なに嘘くさい笑顔を浮かべちゃってんのよ。蓮のくせに腹が立つ。なにもかもお見通しみたいな穏やかで優しい顔なんてしちゃって。一瞬、不覚にもドキリとしてしまったじゃない。

 騙されないんだから。


 私に可愛いなんて言っちゃって。

 そんなの、絶対何か裏がある。キラキラとした笑顔の奥で、良からぬことを考えているに決まってる。

 ……騙されないんだから。


 私、自分が可愛いなんて、これっぽっちも思ってないんだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紗英の友人・雛のお話です♪
その好きは
バナー/楠木結衣様

雛の兄・麟のお話です♪
イジワル王子とちびイチゴ
バナー/楠木結衣様

幼馴染・両片想いですれ違いのお話です♪
カウント90
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[一言] オイ元カレ……女性を泣かす時点で大罪だが、それ以前の問題のようだなぁ(# ゜Д゜)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ