第5話 ユロとフレクト5 月へ
シャトルは超高速で宇宙空間を駆けた。それはフレクトの乗ってきたスペースシップなど比べものにならないほどの高速で。そのまま彗星にでもなってしまうんじゃないかと心配になるほどのスピードだった。
無事、ガトゥアに到着した。
ふわりと砂地に降り立つスペースシャトル。ガトゥアの民は、総出でそれを迎えた。
「着いたよ、ユロ」
「ええ」
ユロは嬉しそうに返事をしながら、シャトルの電源を落とした。明かりが少しずつ落ちていく。
「いこう」
「ええ」
二人は座席から立ち上がり、丸い扉の前に立つ。そして扉が開かれた。
灰色の砂地に建つ大きなドームと小さなドーム。二つのドームが光を反射して光っていた。
相変わらず、薄暗いガトゥアの森が広がっていて、空はいつものように黒く、星空が常に広がっていた。この星では空はいつも黒いのだ。
ガトゥアは、昼だった。
青い星でも昼間に浮かんでいる赤い星があった。高熱を発する恒星。常に明るく輝く赤く大きな星が、ここでも輝いていた。
「ここが……ガトゥア……?」
ユロはガトゥアの風景を見て、落胆にも似た感情を抱いた。同時に、悲しさや寂しさを感じた。ユロのイメージでは、もっと活気があって賑やかだと思っていたのだ。
ガトゥアを自由の国だと思っていたのだが、実際は選択肢が限りなく少ない世界でしかなかった。
セメディアの方が裕福で自由の国なのだが、それを王女に言ったところで信じないだろう。生まれた時から王女であった彼女にとって、セメディア王国は自分を縛るものでしかないのだから。
出口からジャンプして飛び降りる。ふわり灰色の砂が舞った。
ユロも、似たようにジャンプして降りて、砂の予想外の固さによろめいたところ、フレクトが彼女を支えた。
「なんか、変な感じ」
「重力が違うからね」
二人は、ガトゥアに降り立った。
「フレクト!」
シャトル出口を囲む人垣の最前列にいたのは一人の老女だった。
「婆ちゃん!」
フレクトが老女に勢いよく駆け寄り、フレクトを抱きしめる。
「婆ちゃん、ただいま」
「ああ、おかえり、おかえり」
老女は涙を流した。
「婆ちゃん、そろそろ離れろよ……」
ユロの前ということもあり、照れたのだろうか。フレクトは老女の抱擁から逃れ、ポケットから『種』を取り出して、得意そうに見せた。
「ちゃんと持ってきたぜ」
「……これは……あぁ、そうよ。これ、これが、『種』だ。よくやった! フレクト!」
老女の目は、まるで若返ったように輝いた。
「泣くなよ……」
「もう、帰って来れないと思ったのに、あんたのお父さんもきっと喜んでるよ」
「どうだかなぁ……」
どこに居るかもわからず、もう生きていないであろう父のことは、考えたくなかった。
「おや? そちらの方は……?」
老女はユロに視線を移した。
「あ……この娘は……」
「あ。私は、ユロ。ユロという名です」
「まさか、あの星の人間かい?」
「ええ、まあ……」
「ユロ……って…どこかで聞いた事あるねぇ……なんだったかしら」
数年前までは、ガトゥアとセメディアは国家単位での情報交換をしていて、戦後のセメディアに帰還する民がゼロになったのを機に、金のかかる宇宙移動を打ち切ったのだった。だから、老女の頭の片隅にはユロという名が刻まれていたのだ。それが、セメディア王女の名前だったとは思いもしなかったようだ。
「ユ、ユロって、あっちの星じゃありきたりな名前なんだよ」
必死に取り繕うフレクト。
「で、どこまでいったんだい?」
「え? い、いや、別にそういうんじゃなくて」
「照れちゃって、このぉ」
老女の拳が、フレクトの頭をコツンと叩いた。
「あ、いて」
ユロは幸せそうにするフレクトと老女に冷ややかな視線を向けていた。
★
本来なら、「フレクトよくやったパーティ」でも開くところなのだろうが、残念ながら宴会を開いている余裕など無かった。それよりも一刻も早く『種』を地中に植えてセメディアの樹――この星では『ガトゥアの樹』と呼ばれている――を再生させなくてはならないのだ。
それに、宴会をするにしても、小さな農業用ドームで行われている食物の栽培に彼らの生活の全てが掛かっているといっても過言ではなく、食物を無駄にしたら厳罰になるくらいの星であり、宴会など開いている余裕は皆無なのだった。
というわけで、フレクトの家に滞在することになった二人は、フレクトの家の庭で語らう。
フレクトの家は、木製だった。聖なる神木で造られた家。フレクトの家に限らず、ガトゥアの多くの家が、この神木で造られていた。
しかし、そのような王宮以外の文化に触れて、目を輝かせるであろうユロは、ガトゥアにある二つのドームに目もくれず、食文化や建物の構造などを学ぶこともせず、フレクトを問い詰めていた。
そのようなゆとりは無いと焦っていたのだ。
「これから、どうするつもりです?」
険しい顔で、王女は言った。
フレクトは答えない。
「……何とか言ったらどうですか?」
しかしフレクトは沈黙を返す。
「いつまでもこのままいるわけにはいかないでしょう?」
「そんなこと言われたったって、どうすりゃいいんだか……」
ようやく口を開いたフレクトから出たのは、考えなしの言葉だった。王女は呆れた。
「ボーっとしてると、シラが追ってきますよ」
「どうしろって言うんだよ」
「それは考えなさいよ」
「そうは言ってもな……」
「貴方が引き起こしたことでしょう!」
厳しい口調だった。
「ああするしか、なかったじゃないか」
「詳しい状況なんか私は知らないし、やっぱりシラがあなたの言うような野蛮なことをするなんて信じられない」
フレクトは反省はしているようだった。ユロはそれでまた呆れる。
反省なんて求めていないのに。これからどうするか、をさっさと考えないといけないって言っているのに、現実逃避でもしてるのかしら。そう思ったユロは、あえて厳しい言葉を投げかける。
「私を人質にとった時点で、どうなるかなんてわかるでしょう? 私は王女なのよ? いいえ、王女でなくとも、人質をとった時点で、貴方はもうおしまいよ」
「でも、誰だって死にたくないだろ? あのシラって奴のせいで、『種』をもらいに行っただけで犯罪者、持ってただけでも気に入らない。人間扱いしてないんだ。姫様はあの男の本質を見抜けなかった世間知らずなんだよ」
ユロはムッとした。
言い訳をしている場合ではないし、その上で自分に対して世間知らずなんて、ひどい侮辱だ、と王女は思い、フレクトを険しい顔でにらみつけた。
「……言ってくれるわね。言っておくけど、シラは私に嘘を吐いた事ないんだから。それから、確かに私は宮殿や聖地から外に出たことがないわ……でも、それが、セメディアの王室に生まれた宿命なの。世間を知れなんて言われても――」
不意に、ガサ……と物音がした。
「あ……」
思わず声を漏らしたフレクト。振り返った場所に居たのは……。
「あぁぁ、聞いたわ、ほとんど……」
「ば、婆ちゃん……今の話聞いて……? そんな……」
「あんたが『種』を持ってきてくれたおかげで、皆が喜んでいるってのに、こんなこと……希望の『種』が戦争の火種になるってのかい? もう、あんな戦争は……」
「婆ちゃん、聞いてくれ! 仕方がなかったんだ、こうするしか――」
「おだまり! あんた、自分が何をやったかわかってるのかい?」
「取り返しのつかないことをしてしまったのはわかってるよ。わかってるけどっ!」
「今! あんた一人のためにガトゥア全員が危険に晒されてるんだよ! わかってんのかい!」
「でも……」
「でもとか言ってんじゃない!」
老女の怒りはおさまらないようだった。
セメディア本国の王女を誘拐して来たとなれば、ガトゥアの民は根絶やしにされてもおかしくない。そう思ったのであろう。
間違いなく虐殺される。間違いなくガトゥアは滅ぶ。それも、自分が育てた子がその引き金を引くのだ。老女の憤懣は筆舌に尽くしがたいものがあったに違いない。
「こうなれば、仕方ありませんね」ユロが口を挟んだ。
「え……何をするっていうんだい?」
老女の問いに、ユロは言う。
「――フレクトの身柄を引き渡しましょう」
僅かな沈黙の後、フレクトは「え?」とアホっぽい声を出した。
「だって、そうでしょう? 貴方は凶悪犯。そしてガトゥアの意思とは関係の無い人。全ては彼の独断。その上、最悪の嘘まで吐いてガトゥアとセメディアの平和すら脅かそうとしたテロリスト。違う?」
違う、とフレクトは思った。
「違わないね。なるほど……この子を引き渡せば、いいんだね」
非道とも思えるような、育ての親の言葉である。
「……う、嘘だろ、冗談だろ…………」
「セメディアとガトゥアの平和のためよ」
ユロは強い意志を持った目でフレクトを見据えた。
「縛っておくわ」と老女。
「ええ」
老女は取り出した縄でフレクトの両腕を縛り始める。それを手伝う王女。
「え……え? お、おい、ちょっと! やめっ、やめろよ!」
「うるさいっ!」
鈍い音がした。老女にまたしても殴られ、フレクトは黙った。
「ごめんな……さいね」
ユロの微かな声をフレクトの耳が拾った。