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箱庭  作者: 黒十二色
第一部 月と大樹
4/181

第3話 ユロとフレクト3 侮辱

  ★


 ユロとフレクトが初めて出会ったのは、フレクトが地上に降り立ってから二ヶ月後のこと。シャトルで飛び立った日の午前中のことである。


 歩いたり、通りすがりの馬車に乗せてもらったりして、フレクトは聖地の森の前まで辿り着いた。


 ずっと進んできた田舎道から、風景は石畳の街に変わり、そして遠く街の中心部から大きな樹木が伸びているのが望めた。


 フレクトは、その木々の下に街がある風景を、自らが生まれ育ったガトゥアと似ていると感じた。当然である。ガトゥアの木々は、セメディア王国の聖地に似せて造られたものだったからだ。


 フレクトのような若い者には実感が湧かないことなのだが、隣国の侵略によってセメディアの森が焼かれてしまったのを目の当たりにした世代には、奪われた聖地の森がどうしても必要だった。だから、その世代が移り住んだ(ガトゥア)にも聖地に見立てた森が広がっているのだ。


 ただ、ガトゥアには、『種』が生むための土壌がなかった。


 さて、フレクトが聖地と街の境目にある門のあたりで中の様子をうかがいながら平静を装いつつ歩いていた時、どうも挙動不審に見えたらしい。


「おい、お前、何している」


 見るからに屈強な男兵士が早歩きで向かって来た。


 まずい、とフレクトは焦った。


「ここは今、立ち入り禁止だ」


「あぁ、そうなんですか、すみません」


「すまないな少年。今日は儀式の日なんだ。姫様の安全のためだ。わかってくれ」


 フレクトは男が笑いかけたので一瞬だけ安堵したが、すぐに気を引き締めた。自分には、こなさねばならない任務があることを思い出したのだ。


 ――儀式

 ――姫様。


 そのキーワードから、何か聖地の中に入る手がかりは無いかと思い巡らせる。聖地の中にある宮に行って、誰か偉い人に会う必要があると考えていた。


 ちょうどそこに、なんとその偉い人がやって来た。


「何の騒ぎ?」


 騒ぎというほどのものではなかったが、好奇心旺盛な少女が駆けて来たのだ。それはもう、興味津々といった様子で。


「ひ、姫様!」


 兵士は目を丸くした。


 透き通るような白い肌で、まっすぐに伸びる茶色いふわふわ髪の少女だった。


 彼女こそ、セメディア王国の王女。


「姫様、儀式は……」


「済んだわ」


 儀式といっても大それたものではなく、数分の間間、神木に向かって祈るだけというものである。


「その子は?」


 王女はフレクトに柔らかな視線を送り、二人の視線がぶつかった時、王女は微笑みかけた。


「いえ……今、この少年が聖地に入ろうとしていたものですから」


 兵士は緊張して言った。


 フレクトは、兵士の脇の下をすり抜け、王女の目の前に立つ。


「あの……僕、ガトゥアという星から来た者です。話をきいてもらえませんか?」


「ガトゥア?」


 王女は目を輝かせた。


「はい、本当です。ガトゥアの代表の手紙もここに」


「わあ素敵! じゃあ……付いて来て」


 そうして踵を返した王女に、兵士が慌てて「よ、よろしいんですか?」と問いかけたが、


「ええ、大丈夫よ。彼の瞳に嘘はないわ」


 世間知らずの姫様はそんなことを言って軽率にもフレクトを聖地の中の王宮に招き入れたのだった。


  ★


 フレクトは、当時のセメディアに国王と女王が不在であることを知っていた。セメディア政府の発表によると、二人とも国家にプラスになる交渉のために他国を回っているそうだ。


 つまり、現状として、国王と王妃の実の娘であり、フレクトと同じ十五歳という年齢の王女が代行という形で最高権力を手にしていることになっているのだった。


 もっとも、それは形の上だけであり、実際は国王不在という状況を利用して、知識ある悪人たちが甘い汁を吸っていたのだが。


 ちなみに、何故そんなことをフレクトが知っていたかと言えば、地上に滞在していた二ヶ月の間に、様々な情報を集めることができたからである。フレクトに情報を与えたのは、ある女性なのだが、それはひとまず置いておこう。


 今はフレクト、ユロ、側近シラ。この三人の話だ。


 フレクトは、とある一室に通されて一人で待つことになった。お客さんを泊めるための部屋であり、それは立派な客間で天蓋つきのベッドがあったり、その他、高級品が並べられていた。フレクトはその価値がわからないので、物珍しそうに色々なものにベタベタと手垢をつけまくっていた。


 彼は何だかソワソワしてしまって、向かい合う形で置かれている二つのソファに座った。かと思ったら立ち上がってフカフカのベッドにダイブしてみたりと、とにかく落ち着かない様子だった。


 ふと、王女さまの部屋はこの部屋よりもすごい部屋なのかという想像が脳裏をよぎった。そして目を閉じると同時に王女の姿が目蓋の裏に浮かんだ。


「あぁ……王女、かわいかったな」


 呟いた、その時、ノックの音が響き、立ち上がったフレクトが少し緊張気味で「どうぞ」と応えると、側近の男が扉を開け、そこから王女が入り、側近が扉を閉めた。


「待たせたわね」


 笑顔で言ってソファに座ると、フレクトにも対面のソファに座るように促した。側近の男は険しい顔を崩さずに王女の斜め後ろに侍る形をとった。


「ガトゥアの代表からのお手紙は読ませてもらったわ。『種』が欲しいそうだけど」


「はい」


 この時点でフレクトは王女に手紙を届けることまでは成功していた。あとは一刻も早く『種』を持って帰るだけだ。


 しかし、側近の男が、横から口を出してきた。


「残念ながら、それはできんな」


 この側近の男こそ、シラという男。

 男性にしては長髪で、長身で、背筋に伸びた男だ。痩せてはいたが、威圧感のある姿に見えた。


「星の外に暮らす者は、『種』がどのようにして生まれるか知らんのか?」


「花が咲いて、実がなるんだろ? で、その中に『種』ができて――」


「ああ、確かにそうだ」


 側近の問いに、フレクトは、なけなしの知識でもって答えようとしたが、側近がそれを遮った。


「だがな、フレクトくん。果実が実っても『種』ができることは(まれ)なのだ」


それでも、どんな理由があろうとも、フレクトは『種』を持って帰らないといけなかった。ガトゥアという星の希望を、背負っていたのだから。


「ここに『種』はあるんだろ?」

「あるにはある」


「じゃあそれをくれりゃいいんだよ」

「口を慎め。聖なる大木セメディアの種を『それ』などと」


「仕方ないだろ、こっちは、あんたらが言うところの、田舎の人間なんだからな」

「田舎だの都会だのと、そういう問題ではない」


「――シラ!」


 不意に王女が側近のシラという男を叱った。

 それでシラも少し優しい口調になり、


「すみません……とにかく、『種』は渡せない。わかったな?」

「わからねえな。わかるように説明してくれよ。だいたい俺は、あんたとじゃなくこの姫様と話したいんだよ」


「ふざけるな。お前らみたいな違う星の人間に……」

「本を正せば、同じだろうに」


「ふっ、花を愛でる文化を持たぬ野蛮人が」


 その言葉に、フレクトは黙った。

 あまりに直球の侮辱に戸惑ってしまった。


「シラ! いい加減になさい!」と再び叱る王女。

「はい……すみません」謝る側近。


「シラ、お前はもう下がりなさい」

「しかし――」


「下がりなさい」

「…………」


 扉が開いて閉じる音がして、シラと呼ばれる側近が出て行く。

 ざまぁみろだ、とフレクトは思った。


 側近のシラが出て行って、数秒ほど沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは王女であった。


「あなた、お名前は?」


「は、はい、フレクトといいます」

「フレクト? どこで切るのです?」


「はい?」

「姓は何と言うのです?」


「は? 苗字ですか、そんなものありませんよ」

「まぁ、ガトゥアとはそのような所なのですか」


 決して身分が低いから苗字がないのだとか、そういうマイナスのイメージから驚いたのではない。王女の中で、ガトゥアは真の自由の国なのではないかという想像が広がったのだ。彼女にとって、姓とは自分を縛り付けるものだと感じていた。


「いえ、皆がみんな、無いわけじゃないんですけど、俺はほら、親がいなくて」


 その言葉に、王女は悲しそうで申し訳なさそうな表情に変化。


「そう……なんですか。すみません……。ではフレクトという名は……」


「俺の親代わりの人が付けてくれたんです。もう婆ちゃんなんですけどね」

「良い名前ですね」


 悲しそうな顔のまま儚げに笑う少女を前に、フレクトの鼓動が早まっていく。


「ありがとうございます。良い名前って言ってもらって、婆ちゃん、きっと喜びますよ」


 そして王女は軽く笑った後、また真剣な表情になる。


「フレクト。どうしても、『種』が欲しいですか?」

「ええ、それは、姫様たちにとっての神木と同様、俺らにとっての神木はシンボルなんです。たとえ花は咲かなくとも、故郷だし聖地聖域なんですよ。ガトゥアではどうしても『種』が生まれなくて、原因がわからないんですけど、とにかく、お願いします」


 すると、王女は美しく立ち上がり、


「わかりました。これを持って帰りなさい」


 フレクトに小さな袋を渡した。


 首を傾げつつ受け取り、中身を確認してみると、小さな緑色の塊がいくつか見えた。


「え? これは? 何ですか?」

「何って……これが『種』よ。見たことなかったの?」


「ええ、どんなものなのかもわからず」

「おかしな人ね」


 そういって、王女は陽気かつ上品に笑った。




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