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箱庭  作者: 黒十二色
第一部 月と大樹
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第1話 ユロとフレクト1 種

 かつて、種があった。種は芽吹き、やがて樹となり、森となった。砂となることもあった。それでもまた森になった。

 何度でもよみがえる森。その森を人々は聖なる大地と呼んだ。

 そして、森をその種を、その樹を、『希望』と呼んだ。


 空に浮かぶ星から降りてきた人々が居た。

 空に浮かぶ星へ昇っていった人々も居た。


 はるか、はるか、昔の話。

 大きな戦争が、何度も繰り返されていた時代の話。

 世界の記憶を辿る旅――。


  ★


 無数の星々が瞬いていた。


 そこに一つの小さな白い塊があった。細長い卵型に翼をつけたような形状で、中には一人の少年が乗っていた。ぼろぼろの服を着て、


「大丈夫だぜ、ばあちゃん。俺が必ず、神木の種を手に入れて来るからな。それまで、この青い星を見上げて、俺の無事を祈っててくれよな」


 窮屈な船内で、慎重にレバーを傾けた。小さな舟は摩擦の熱で赤く赤く輝いた。


  ★


 (ガトゥア)の少年、フレクトは王宮の中を逃げ回っていた。


 何とか見つからずに逃げているが、捕まるのは時間の問題であった。それはフレクト本人も大いに理解していて、捕まってしまえば簡単に殺されることも理解していた。


「参ったな、(ガトゥア)の皆に迷惑かかっちまうかもな」


 フレクト少年は俯き、廊下の赤い絨毯(じゅうたん)を強く踏みにじった。

ゆっくりと深呼吸した後、足音を立てないよう、周囲を警戒しながら歩いていく。やがて「く」の字になっている一本道の曲がり角に差し掛かった。


 ふと甲冑を装備した兵士が動く音がして身構える。それも一人ではなく複数人いるようで、ガチャガチャという金属音が曲がり角の向こうから多く響いた。


 警備が厳重であるということは、何を守ってるということだ。この国で大事なものといえば、『種』か、あるいは姫様か。


 フレクトは壁に張り付き片目でそっと音のした方向をのぞき見た。


 甲冑を着た兵士の後姿があった。扉を守る三人の男兵士の姿だ。


 フレクトは耳を澄まして会話を聞き取る。


「おっと、そろそろ交代の時間だ。こんな時でも休息はとらないとな」

「まぁ、この警戒体制だ。まして相手は子供。この部屋に近付くなんて考えられん」

「そうだな、俺たち二人に任せておけ。ゆっくり休んできていいぞ」

「ああ、すまんな」


 兵士の一人が、フレクトの方へと歩いてきた。


 フレクトは焦りを振り払って覚悟を決め、男がやって来るのを待った。カバンの中に隠し持っていた鉄の棒を取り出して。


 そして兵士がフレクトの目前に姿を現した。


 平和な国の兵士たちは油断し、頭部を守る防具を装備していなかった。鉄の棒で一撃。フレクトは暴力を好まない人間であったが、自らの命がかかっている状況だ。迷いを振り払って攻撃した。


 鈍い音が響き、男が倒れる。


 しかし、倒れた方向が少しまずかった。見張りの敵兵二人に見える方向に倒してしまったのだ。


 フレクトはどちらかと言えば平凡な少年であり、大人の兵士が油断していない状況で相対したならば少年に勝ち目がない。装備も戦闘力も、圧倒的に劣っている。


 しかし、味方が一人不自然に倒れたにもかかわらず、兵士は油断していた。


「ん? おい、どうした?」

「何だ、何の冗談だ?」


 笑いながら歩いてくる二人。


 ――やるしかない。もう退けない。


 フレクトは無言のままに、素早い動きで二人を殴りつけた。鈍い音が二つ響いた。


 三人の生死を確認し、三人とも息をしていたため安心したが、すぐに緊張を取り戻し、周囲を見回す。誰も居ないことを確認して守られていた扉の前に立った。


 そしてフレクトは、慎重にその扉を開いた。


「え……」


 少女の声がした。


 扉の閉じる音がして、また王女は小さく驚きの声を漏らす。


 そこは、王女ユロの部屋。国王の娘らしく気品のある顔立ちで、美しい白い肌をもち、茶色く長い髪の少女が居た。


 フレクトの想像の中では、王女の部屋というのは豪華なものだと思っていたが、実際はフレクトが最初に通された客間とそう変わらず、間違い探しをするならば、そこにユロが居ることと、鞘に入った剣が壁に掛けられていること、そして机の上に多くの『種』があることくらいだった。


 ――王女ユロと、『種』と、武器。


 この時のフレクトにとって、必要なものがすべて揃っていた。


 そして絨毯が敷かれた足元を見つめて大きく息を吐いたフレクトに向かって、王女は、


「どういうつもりです! 騒ぎを起こして! 死刑になるわ!」

「はめられたんですよ。はまった俺もバカですけど」

「何を言っているのです。誰がはめると言うのですか!」


 王女はフレクトの目を見据えた。まるで、次に彼が放つ言葉の真贋を見極めんとするかのように。


「ユロの側近の、シラって野郎にさ」

「シラが? 嘘おっしゃい。何を企んでいるのです」


 側近のシラは悪いことなどしない、それはユロにとっては当たり前なのだ。物心ついた頃から親代わりの存在が、他人を陥れたりするはずがないと刷り込まれていた。


 フレクトは少し曲がった鉄の棒をカバンにしまいこみながら、


「本当さ、まぁ俺も企んでることは企んでるけどね」


 壁に掛けられていた剣を取り上げ、鞘から抜いていじくりながらそう言った。


「……人を、人を呼びますよ」


 王女は言ったが、言った王女自身、騒いだところで誰も駆けつけないことくらい理解していた。王宮の構造として、一番奥の部屋にユロの部屋があるのだ。ユロの細い声でいくら助けを呼んだとて、誰の耳に届くこともないだろう。倒れた護衛の兵士たちも、当分の間は目を覚ましそうにない。


「信用、されてないか。まぁそりゃそうか」


 フレクトは、警戒して立ち尽くすユロの横を通り過ぎ、机に綺麗に並べられていた『種』を乱暴に掴み取ると、カバンの中に放り込んだ。


「ユロ、『種』をもらうぜ」

「ダメです。そもそも、それを持ってどうするんですか?」


「持って帰るんだよ」

「帰れるとでも?」


 王女は恐怖をおさえこみながら強い声を出す。


 そしてフレクトは、あろうことか王女に剣を向けた。それは、もはや脅迫だった。しかし、ユロは覚悟を決めているのか、じっとフレクトを見据える。現実を直視してなお、毅然とした態度を崩さない。


「協力してくれない?」

「この私に向かって命令を?」


 力強い瞳でにらみつけるユロに、フレクトは少し悲しそうな表情を浮かべながら、


「強制はしないよ」

「剣を向けながら、そんなこと……」


「手段を選んでなんていられないんだ。それに、どうせ死ぬなら、全力で足掻いてからだ」

「……いいでしょう。今だけ協力します。でも勘違いしないで。私は脅しに屈したわけではないわ。本当にシラが貴方を陥れたというのなら、臣下の罪は私の責任です。私があなたに協力するのは私が責任をとる必要があるかどうか確かめるためです」


「ああ、見極めてくれ。きれいな目をしてるからな。ユロになら、真実が見えるさ」

「でも、わかっていますね。もしも嘘だったら――」


 ――死が待っている。


 フレクトは、小さく頭を振りながら剣を鞘にしまいこんだ。


「さすが、誇り高き姫様だ」




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