83:魔物の言葉がわかる世界へ
「エレン様ぁあああああああああッ!」
「エレンよぉおおおおおおっ!」「エレン~~~!」
「うわぁーんっ、アニキ腕がー--!」「魔王殿よぉおおー---!」
あーよしよしよし。みんな泣くなっての。
――かくして、俺たちは天使に勝利したのだった。
魔法袋に『骸の天使』と『戦の天使』の首を仕舞い、地下聖堂を後にする。
最期はとてもあっけなく……何より潔いものだった。
殺してやる、呪ってやると騒ぎ立てるヘラ。
そんな天使の頭部を床に叩きつけ、オーディンは俺に言い放った。
ただ一言、『やれ』と。
そう言って歴戦の翁は、自らも首を差し出したのだった。
「強い爺さんだったなぁ、本当に」
そんな彼の最期を思い出しながら、俺たちはついに地上へと帰還した。
さぁ、まだまだ戦いは終わっていないぞ。俺も最後まで『魔王』の威厳を貫いてみせよう。
そう胸に誓い――俺は、詰めかけていた王都の民に目を向けた。
「さ、さ、さっきのはお前たちのまやかしだろうッ!?」
「おのれっ、黒髪の魔物使いめッ! オレたちは騙されんぞーっ!」
「ユミル様や天使様があんなクズなわけがないっ! これはお前らの陰謀だー!」
声を荒らげる民衆たち。誰もが不安げな表情で、まるで八つ当たりでもするかのように俺たちを責め立ててきた。
――サングリースも言ってたし、俺自身も予測していたさ。事実が受け入れられるまで、しばし時間がかかるだろうってな。
それほどまでにヘラの話は衝撃的だった。こうなるのもまぁ当然だろう。
「どうするご主人、殺すか?」
ちゃっかりついてきたサングリースがとんでもないことを言う。
彼女は『戦った後はムラムラする』と言って軍勢の中から捕まえてきたゴブゾー(めっちゃ怯えてる)のおっぱいを揉みながら、本気の瞳で俺に問いかけていた。
ンなもん、返答は決まってるだろうが。
「殺さないよ。この人たちは今、混乱しているだけなんだ。だからそれだけは絶対にしない」
「ケッ、お優しいことで。……今のオメーは死にかけなんだ。優しさを貫きすぎて、前みたいにボコられる真似だけはするんじゃねえぞ」
「っ……!?」
ゴブゾーを放り捨て、どこかへと消えていくサングリース。
悪辣で戦闘狂な最悪の怨敵。蘇った手段もきっと最低なものなのだろう。
だが、そんな男が残して行った言葉は、俺を気遣うものだった。
この俺を――自分を殺したはずの人間を。
「……色々とありがとうな、戦友」
遠のく背中に心からの感謝を送る。
アイツのおかげで繋げた命だ。決して無駄にする気はないさ。
――だが、そうなるとどうしようか。未だ目の前で「なんとか言えぇッ!」と吠えている民衆たちを、どう鎮めたものか。
育ちが悪いからマジで拳で気絶させるしか思い付かないんだが。
そう悩んでいた時だった。不意に、俺の脳裏に『魔王様はせおいすぎ。適材適所、だよ』と幼げな声が響いてきた。
そして――。
「鎮まるがいいッ、民衆たちよ!」
凛とした声が、王都に高くこだました。
背筋が自然と張り詰める。胸の奥底によく響く、『上に立つ者』の声だ。
俺や民衆たちが目を向けると、白馬に乗った金髪の王子が――否。
「――我が名はスクルド。前国王と黒髪の母の下に生まれた、王姫であるッ!」
王子ではなく、一人の姫がそこにいた。
その姿に瞠目する。今やスクルドは男性用の甲冑を脱ぎ捨て、麗しき白のドレスを纏っていた。
めちゃくちゃ驚く俺だが、それ以上に驚愕しているのは民衆たちだ。
「なっ、スクルド王子ッ!? いや、ええっ、姫って、ええ!?」
「どういうことぉおおっ!?」
ただでさえ困惑していた彼らは、もはや何がなんだかわからない様子だった。
鎮まるどころかさらに騒がしくなる王都。――だが、ふと俺はそこから不安の声が消えていることに気付く。
王子が姫だった衝撃を食らい、人々は一時的に天使の話を忘れていた。
「さぁよく見るがいい。黒髪の母を隠していた上、私は実は女だった。しかも、そこの魔王と仲良くなっていたッ!」
『えぇええええええー------ッ!?』
驚きの視線が俺にまで向く。
改めて聞くと、もう完全にアウトな内容だ。王族として十回は処刑されてもおかしくない真実を、スクルドはなぜか高らかに吼え叫んだ。
その上で。
「だがしかし――それがどうしたッ!?」
スクルドは、堂々と開き直った。
たじろぐ民衆たちをゆっくりと見まわしていき、強い口調で「文句があるか!?」と言い放つ。
「背景なんてどうでもよかろう。私は今まで、国のために尽くしてきた。様々な任務に赴き、税金以上の働きを以って民衆たちを助けてきたッ! 私以上に立派な王族がいるかッ!」
拳を胸に叫ぶ姫君。だが、民衆たちは到底頷くわけがない。
戸惑ったままの表情で、「だけど……」と呟く。
そんな彼らに、スクルドは言い放つ。
「――私の隠していた罪など、あの天使共に比べたら可愛いものだろうが」
『ッ!?』
その一言に人々は唸った。
たしかにスクルドの言う通りだ。数えきれない人々を犠牲にしてきたヘラに比べたら、スクルドの罪は、誰も傷付けていないのだから。
「崩壊した城を見ればわかるだろう? 中には穴の下を覗き込んで、エレンたちの戦いを見た者もいるはずだ。
先ほどまでの投影は、まぎれもなく真実だった。私たちは天使たちによって利用されてきたのだ」
スクルドの言葉に黙り込む民衆たち。
ちらり、ちらりと。俺に向かって「アレはお前の作ったまやかしだ!」と叫んでいた者たちが、半ばから千切れた左腕を見てきた。不安と怒りと戸惑いに染まっていた顔に、ほんの少しだけ申し訳なさそうな色が浮かぶ。
――彼らもわかっていたんだろう。腕をなくした俺の姿が、本物の死闘を演じていた何よりの証拠なのだと。
静まり返る人々に、スクルドは続ける。
「私とエレンは、黒髪も魔物も差別されない国を協力して作り上げるつもりだった。理解してくれない者は、まぁいいさと捨ておくつもりだった。無理に価値観を変えさせる気はなかった。――だがしかし、だ」
そこで彼女は、民衆たちへと優しく手を差し向けた。
さらに。王都の入口より、多くの者が行進してくる。それは、黒髪の人間の群れだった。
彼らはスクルドの背後に立つ。
「黒髪と魔物。その二つへの差別意識が、天使による策謀だとわかった今。私はもはや無理解を容認する気はない。全国民に、私は強く言い放つ。
王子として――否、『女王』として勅命するッ! 馬鹿に植えられた価値観は捨てて、みんないい加減に仲良くしろォオオー--ッ!」
……それは、史上最も型破りで、そして何より熱い想いが込められた勅命だった。
威厳もへったくれもない、涙ながらの少女の叫びだった。
だからこそ――反対の声は、上がらなかった。
「仲良く……かぁ……」
気まずげな表情を浮かべる人々。
天使たちの真実と、スクルドの訴え。その二つを受け、それでも意固地に差別を続けようとする者はきっと少ないだろう。
されど、“今さらどういう顔で、魔物や黒髪の人間たちに『仲良くしてくれ』と言おうか”――そのような戸惑いが空気から伝わってきた。
「ははっ……どうやらここは、悪い魔王の出番らしいな」
俺は魔物たちに念話を飛ばした。
いたずらっぽい笑い声が、脳裏へと返ってくる。
「というわけで、突撃だ魔王軍っ! 人間どもをぶっ飛ばしてやれ!」
『オォーッ!』
元気に駆けていく魔物たち。
彼らは王都の人間たちをぐいぐいと前に押していく。それにより人々は、自分たちを襲おうとしているのかと一瞬悲鳴を上げかけたが――、
「……あっ」
「ど、どうも……」
そこで、彼らは気付いた。
スクルドに率いられた黒髪の者たち。そんな人々の前へと突き出されていたことに。
あちこちで、ぎこちなさすぎるシュールな挨拶が巻き起こる。
「どうだ参ったか人間ども。――とりあえず、目の前に立って会話してみろよ。気まずいままで固まってたって、関係は何も変わらないぞ」
『っ……』
俺の言葉に押し黙る人々。彼らは顔を見合わせると、やがて意を決したように黒髪の者たちと話し始めた。そして、自分たちを押してきた魔物たちとも。
――その内容がどんなものかは知らない。いい加減に疲れがピークに達した。音も、光も、頭には入ってこなくなり、やがて意識が深い眠りへ落ちていく。
まぁわかることはただ一つだ。どうせ、誰もすんなりと仲良くなれはしないだろう。
蟠りはしばらく残り続けるだろうし、魔物はそもそも喋れるヤツが少ないからな。きっとやり取りには四苦八苦するだろう。
それでも。
「それでも……どうにか話してみろよ……。全ての始まりは、そこからだ」
もしかしたら――誰もが魔物の言葉がわかるようになって、みんな仲良くなれる未来があるかもしれない。
そんな世界を夢に見ながら、俺は意識を手放したのだった――。
ご愛読、ありがとうございました!
これにて二章は完結です!(続きはいつか!)
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