82:塵は塵に
「「墜ちろ天使がァァァアアアーーーーーッ!」」
「「滅びろ人間がァァアアアー-----ッ!」」
滅刃、烈槍、剛剣、壊拳。己が尊厳の総てを懸けて、嵐の戦場に乱れ舞う。
もはや誰もが亜音速など当たり前だ。俺は今、神話の戦いに身を投じていた。
常時【怪力】と【音速疾走】を維持し、筋繊維を破裂させながら斬りかかり続ける。
「いいぜェご主人ッ、その調子で命を削れや! 上位の相手を倒すにゃぁ、スペックを上げて押し切るしかねェ!」
「ハハッ、『命を削れ』とか他の仲間なら絶対に言わねーよっ!」
サングリースのトチ狂った助言に苦笑する。
だが、今の俺には必要な狂気だ。地獄に向かって背中を押してくれるコイツの存在がありがたい。
ゆえに、言葉通りに命を削った。身体強化の魔宝具『黒曜剣グラム』の強化倍率を極限まで上げ続け、最高最速の神速斬撃を繰り出し続ける。
「ヌホホホホッ!? 此れは面白いことになった喃ッ!」
されど、対する敵は未だ健在。オーディンの双槍が縦横無尽に振るわれる。
驚嘆すべき人外の槍術。圧倒的に練り上げられた手腕によって、俺とサングリースが両側から繰り出した必殺斬撃が容易くいなされてしまう。
「って面白くないんですけどォッ!? このお姉さん滅茶苦茶強いわよッ!?」
さらにはヘラも舐められない。こちらの拳もまともに受けたら一撃で死ぬような代物だ。
俺がとっくに致命傷を受けている以上、劣勢なのは変わらなかった。
それでも。
「異能発動、【大火炎】! 炎を宿せ、『黒曜剣グラム』よッ!」
「雷撃術式刀身装填! 雷を纏いなッ、『洗練剣ミステルテイン』ッ!」
共に刃を殺意に滾らせ、天使たちへと立ち向かう。
防戦一方だった先ほどまでとは違う。憎き男の助力によって、今は確実に戦えていた。
ゆえに敗けない。絶望はとうに遠のいた。
既に手足の感覚はなく、意識は酸欠で朦朧としようとも、それでも刃を振るい続ける。
「黒幕気取りのバケモノどもめ。ヒトも、魔物も、お前たちに利用されるために生まれたわけじゃないんだァァアッ!」
咆哮と共に斬りかかる。止まりかけている心臓を気合いで動かし、神話の戦いに食らい付く。
四者四相の必殺がぶつかる。嵐の中で、嵐よりもなお激しい必滅奥義が交差する。
その数たるや、百撃、千撃、万撃、億撃。刹那の内に行われていく戦技の交差は、速度と威力を限界知らずに増していく。
吹き荒れる衝撃によって聖堂はもはや原型がなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァァ……ッ!」
そして。いよいよ俺が数十回目の窒息死を迎えそうになっていた頃。
気合いで脳を回すのも、ついに限界かと思っていた――その時。
「ゴッホォ……ッ!」
ついに、待ちわびていた天秤の崩壊が巻き起こった――!
「ちょっ、オーディンッ!?」
「ぬぅう……不覚……」
先に限界を迎えたのは、最強の存在であるはずのオーディンだった。
青い血液が口からこぼれる。その中には、溶けた内臓らしき断片が混じっていた。
その光景を前に、俺は傷だらけのサングリースと頷き合う。
「フゥ、フゥー……よォご主人、ついに来たなぁ……!」
「あぁ。俺たちの粘り勝ちだ」
俺とサングリースの思惑は一致していた。
まず、『戦の天使』オーディン。ぶっちゃけアレはまともにやっても勝てないだろうとわかっていた。。
圧倒的な技量に加えて、今や神気を纏ったことで身体能力も食らい付くのがやっとだ。
ゆえにこそ。
「わりーなジジイ。オメェーに関しては、攻撃を食らわせるよりも捌くことに念頭を置いていた」
「中身が器に馴染んでない上、解放した神気が毒になる。お前の言葉だぜ、オーディン」
血を吐く大天使に目を向けた。
まぁぶっちゃけると、こっちもほとんど限界間近だったんだけどな。
「ゴフフッ……! いやぁ本当に失策ったわい。救援が現れるとは思わなかったからのぉ……」
対するオーディンは、やはりというべきか嬉しげだった。
口調は悔しげだが顔は笑顔だ。肉体の限界を待つという手を、『戦の天使』は「善いよい」と受け入れていた。
「エレンくん一人を全力で葬ればそれでヨシと思って、神気を爆発させたのが仇になったわ。おのれ、サングリースお義姉ちゃん」
「お義姉ちゃんじゃねーよッ!」
こんなトンチキ野郎が義姉で堪るかッ! つーかそいつ男だしっ!
俺は盛大に溜め息を吐くと、隻腕に黒刀を構えなおす。
「終わらせてやるぞ、天使共」
人と魔物を、コイツらの暗躍から解放する。
そのために刃を振るわんとした――その時。「キッ、キヒヒヒヒヒヒヒッ!」と、耳障りな哄笑が戦場に響いた。
悪辣なる天使、ヘラの放ったものだ。俺とサングリースはもちろん、オーディンさえも嫌らしげな目を奴に向ける。
「バァァァカッじゃないのォオオッ!? あァーもうおしまいよ。ガチバトルごっこなんかには付き合ってられないわァッ! エレンくんも無駄な奮闘をお疲れ様ー!」
「無駄だと……?」
その馬鹿にしきった言葉で、俺はハッと思い出した。
この『骸の天使』が、どうやって世論を操作してきたのかを。
「ッ、死体憑依能力……!」
「そうっ! たとえココで死んだとしても、アタシには何度だってやり直しがきくのよッ! またどこかでアホな人間を騙して調教して、天使の器に仕立て上げるだけのことよっ! アハハハッ!」
「テメェ……」
改めて思い知らされた。心底コイツは、ゴミ野郎だ。能力も性格も最低最悪だ。
命懸けの死闘を無駄だと馬鹿にされた悔しさに、噛みすぎた奥歯が砕け散った。
どうにかヘラの能力を無効には出来ないのか――そう考えた、その時。
「落ち着けよ。塵は塵に任せとけや、ご主人」
柔らかな手が肩に置かれた。
怨敵であるサングリースが、なぜか勝ち誇ったような笑みをヘラへと浮かべていた。
「な、なによアンタッ! その顔は何なのよッ!?」
「さぁーどうだかなぁ。――あぁそうだご主人。実はアンタらの近況は、『念話』っつー不思議能力でだいたい把握してたんだわ」
なんだと……?
サングリースの言葉で思い返す。そういえば、連絡や指示のために魔物全体に念話を飛ばすことはちょくちょくあった。
それを、いつの間にか眷属になっていたコイツは盗み聞きしていたわけか。
「んでよォーご主人。アンタ、デカいラグナルの虚像に騒ぐ手下どもを静めるため、“アレは魔宝具『フギニムの光鏡』によるものだ”って説明したよな? 王家の秘蔵魔宝具らしいじゃねーの」
「あぁ、それが……って、まさか!?」
気付いた俺に、サングリースはニィイッと歯を剝き出しにした。
上に向かって指を突き出し、自身が雷で空けた穴の先を――王都の空を指し示す。
そこに、目を向ければ。
「悪いなぁ天使ヘラ。オメェーの語った悪行の全て、人間たちに漏れてるぜぇッ!」
「なっ――なんですってぇえええええええー----------ッ!?』」
ああ……そこには、目の前のヘラと同じ動きをする特大の虚像が、増幅された声で喋っていた。
轟々と渦巻く嵐の中にいるから気が付かなかった。口から「ははっ……」と乾いた笑いがこぼれる。
しかしヘラのほうはもう混乱の極みだ。嘲笑を浮かべる余裕など一瞬で消え去り、サングリースへと問いただす。
「い、いつからッ!? 一体いつからアレを映していたわけ!?」
「いつからって、最初からだよ。ご主人たちが乗り込んだ時から、ずぅーっとな」
親指で嵐の外を指し示すサングリース。
そこには、俺と同じく驚愕する魔物の仲間たちがいるだけで……あっ。
『アネゴーッ! ばっちり撮ってたゴブゥ~!』
「おうご苦労!」
仲間たちのその足元に、美しい鏡を持ったちっちゃいゴブリンたちがいた。
言葉からしてサングリースの手下らしい。どさくさに紛れて俺の軍勢に混ぜていたようだ。
なんてヤツだ、まったく。
「クヒヒッ! つーわけで、『骸の天使』破れたりだ。死体憑依は止められねえが、こっからは洗脳調教もやりづらくなるよなー!? みんな気を付けちまうもんなァーッ!? ざまぁあああああああー--っ!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア糞がァアアアアアアアアアッ!!!!」
馬鹿笑いするサングリースと、本気で激怒して発狂するヘラ。
人間の悪意が、天使を上回るのを見た瞬間だった……!