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81:災禍の地底に紫電は響く



「――さぁさぁさぁさぁッ、避けてみよ防いでみよ反撃してみよッ!」


「くッ!?」


 最悪の形で始まった最終決戦。激しく攻め立てる天使たちを前に、俺は防戦一方だった。

 五月雨の如く振るわれるオーディンの二槍流。それらを黒剣一本でどうにかさばき、致命傷だけは避けていく。

 しかし、


「身体機能は大いに結構。されど技術が足りんぞ、少年」


 右の槍による刺突を防いでいる間に、もう片方の槍が顎に向かって突き上がってきた!

 咄嗟に首を引くも、それすらフェイント。槍はわずかに角度を変えて、左腕を貫いた。痛みで頭が真っ白になる。


「ぐぅうッ!?」


 呻き声が自然と漏れる。竜巻の外で戦いを見守るしかない魔物たちが、『アァッ!?』と悲鳴じみた声を上げた。

 俺はどうにか蹴りを放ち、オーディンを後退させる。

 されど敵はもう一体。頭上に影が差し掛かるや、今度は天使ヘラが拳を握って飛びかかってきた――!


「死ィねぇえええええー----ッ!☆」


「ッ、異能スキル発動【黄金障壁・改】!」


 直撃の刹那、黄金竜の力を借りて間一髪で攻撃を防ぐ。

 しかしヘラの膂力は尋常ではなかった。「オラァァアアアアッ!」という野太い声を上げるや、障壁が罅割れ始めたのだ。

 これはまずいっ。そう思った俺が飛び退いた瞬間、天使の拳は黄金の守護を突き破り、聖堂の床に突き刺さった。

 足元が一気に陥没する。まるで隕石が落ちたかのような威力に、この変態ゾンビ野郎への評価を改めざるを得ない。


「チッ、気持ち悪くても天使というわけか……!」


「気持ち悪い言うなっつの。それよりもアタシに構っている場合ぃ?」


 何ッ――と、声にする余裕すらなかった。


「終わりじゃ」


 その瞬間……全てがスローモーションとなる。

 背後にオーディンが回り込んでいることが分かった。二本の槍を引き絞り、容赦なく俺の心臓を貫かんとしていることが分かった。

 まさに加減も驕りも一切ない戦い方だ。最速で最短で全力で、この男は俺を殺さんとしている。


「ぁ――」


 死を目前に加速する思考。

 されど確実に時は動き、オーディンの両槍はついに心臓へと放たれた。

 咄嗟に身を捻るが、きっと無駄だ。『戦の天使』の技量であれば、多少のズレは手元で直してしまうだろう。

 決着まで約0.1秒。これまでの人生が俺の脳裏を巡り始める。

 仲間の笑顔が、眩しく視界に浮かんで消えた。



 “みんな、ごめん――”



 残り、約0.05秒。

 黒いコートに刺さる切っ先。そのまま槍は皮膚を破って、背筋を瞬く間に裂いていく。

 身を捻る俺の足掻きも虚しく、正確な突きは心臓めがけて突き進む。命の終わりは目の前だ。



 “打つ手は、もう……”



 そんな限界状態の中。

 駆け巡る走馬灯は、やがて思い出したくもない男との記憶を再生し始めて――……!



 “ッッッ!”


 

 そして俺は、ある男の一手を思い出したッ!


 

「ウォオオオッ!」


「なぬっ!?」


 決着まで約0.00001秒。そのタイミングで俺は決死の一撃を放った。

 左腕を、異能スキル【大火炎】によって飛ばしたのだ――!

 炸裂した不意打ちはオーディンの顔面に突き刺さり、それによって手元がブレた。心臓を抉る運命だった両槍は、肺の一部を貫いて終わる。

 俺は即座に異能スキル【音速疾走】を発動し、転がるようにオーディンから距離を取った。


「ハッ、ハァ、ハァ、ハァッ、ケホッゴホっ……!」


 片膝をついて吐血する。大きく咳をすると、口から肺の断片が零れた。

 ああ、死は回避した。されどダメージは重篤だ。

 右手は剣を握っていたため、左手で口元を拭おうとしたところで……それは永遠に不可能だと気付いた。

 俺の左手は、肘のあたりからオーディンの足元に転がっていた。断面も焦げているため、もはや接合は出来ないだろう。

 それでも。


「運が、よかった……」


 そう呟かざるを得なかった。

 もしも、苦し紛れでも身を捻っていなかったら。

 もしも、それによってちょうど左腕がオーディンのほうを向いていなかったら。

 もしも、爆炎を灯しやすい穴が開けられていなかったら。

 そして、もしも――憎き強敵『紫電のサングリース』の義手を飛ばす技を見ていなかったら。

 自分は確実に死んでいただろう。本当に、運がよかった。


「――ホッホォ、悦いぞ悦いぞォッ!」


 だがしかし。これでもう、手詰まりだ。

 所詮は奇策の一発だった。『戦の天使』に大したダメージをなく、せいぜい鼻から血を垂らしている程度だ。左腕の対価としては安すぎる。

 しかも、先ほどの一手はさらにオーディンをやる気にさせてしまったらしい。ニチャァとした淫らな笑みを浮かべながら、ヘラを引き連れて近づいてきた。

 緋色の瞳が子供のように輝く。


「悦いぞエレンよ、本当に悦いぞ! 実は儂、本気とか言ってチカラをまだまだ抑えていたんじゃ。あぁどうか勘違いしないでくれ? あくまでも馴染み切れてない器を壊さないための配慮だからのう? その限界ギリギリのチカラはちゃんと発揮しておったから!」


 唾がビチャビチャと飛ぶほどの早口。

 まるで発情した犬のように、『戦の天使』は眼をひん剥いて俺を見つめる。


「されど加減も終わりにするぞい。おぬしのために頑張るぞい。四肢を犠牲に、見事に詰み手を突破したエレンクンを讃え、儂だってふんばるぞ! オーッ!」


 次の瞬間、オーディンの肉体が破裂した。

 ……いや違う。破裂したと思えるほどに、皮膚のあちこちが一斉に裂け、鋼のごとき筋肉が隆起したのだ。

 さらには全身から白き光が――おそらくアレが神気と呼ばれる、上位存在のエネルギーが噴き出した。


「神気は色々便利じゃぞぉ。創世の女神ユミルから与えられたモノだけあって、失った血肉にも活力にも変換できるし、燃料にすれば魔術なんて屁にも思えるほどの特大術式を使うことが出来るッ!」


 そう自慢げに語るオーディンだが、口からは大量の青い血が噴き出していた。

 さらには眼下が落ちくぼみ、まるで死病でも発症したかのような顔付きになる。


「げほんげほんっ! ……まぁ人間のよわよわボディには神気は栄養過多じゃから、肉体奪いたての今フルパワーで発揮したら多臓器不全になるがの。カロリー摂りすぎて成人病みたいなもんかァ? ごほぉーっ!」


「ってちょっとボケジジイ、アンタ何やってるワケーッ!?」


 ……上機嫌に喋りながら血を噴くオーディンと、そんな彼に詰め寄るヘラ。自分以上にトチ狂った男を前には、あのゾンビ天使も騒がずにはいられないようだ。


「さてさてエレンよ。勝負再開じゃァ……!」


 口元を拭いながら、ついに俺の前へと立つオーディン。

 その有り様はあまりにも病的だ。肌色は青白くなっているのに、目は爛々と興奮に煌めき、全身の筋肉はブクブクと膨れ上がっている。両手に持たれた翼の槍から、ぎちぃッ……と軋むような音が響いた。

 正直言って、めちゃくちゃ怖い。

 本能的に身体が震えた。

 左腕の断面と穴の開いた肺が、泣きたくなるほど痛くてやばい。

 だが、それでも。


「いいぜ、続きをやろうか……ッ!」


 黒剣を手に、俺は立ち上がる――!

 無様な姿は晒せるか。雷撃と暴風の向こう側では、大切な仲間たちが俺を真剣に見守っているんだ。

 手詰まりだろうが、必ず勝つ。


「次は右手を潰そうかのォ?」


「だったら蹴りで勝ってやるよ」


「足も駄目にしてやろうかァッ!?」


「その時は首を噛み千切ってやるッ!」


 たとえ魂一つになっても、最後の最期まで抗ってやる――!


「さぁ、来いよ天使どもっ! 俺はまだまだ戦えるぞ!」


「グハハハハハハハッ! よくぞ吼えてせたのォオオオオッ!」


 容赦なく迫りくるオーディン。その踏み込みの勢いは先ほどまでの比ではなかった。

 さらに背後にはヘラが続き、共に重傷の俺へと攻め掛かってきた。

 生涯最大の窮地が迫る。


「さらばじゃ偉大な『魔王』殿よッ、最後はひとりで逝くがいいわァーーーーッ!」


 かくして俺が、腹をくくって奴らを迎え撃たんとした……その時。

 

「――いいや、ソイツは独りじゃねぇよッ!」

 

 特大の雷が、天蓋てんがいを突き破って降り注いだ――!


「ぬぅううッ!?」「ギャアアアアアーーーーーッ!?」


 雷撃に包まれる天使たち。

 まるで精密な射撃がごとく、突然の雷は奴ら二人にのみ直撃した。流石の奴らも攻め立てんとしていた足が止まる。

 そして。


「よォエレンサマ。こんな連中を相手によく諦めなかったな。流石はオレ様の見込んだ男だ……!」


「お、お前は……?」


 遥か上空より、一人の女性が降りてきた。

 褐色の肌に灰色の髪を持った謎の美女。その風貌はあまりに異様で、妖艶だ。

 まず目に着いたのは長い耳。アレは進化したゴブリン族などに現れる特徴で、その時点で普通の人間じゃないことが分かる。しかも装飾なのか不明だが、悪魔みたいな角まで生えているし。

 さらには男の欲望を具現化したかのような肉感的な媚体に、ソレを強調するかのような露出まみれの淫らな衣装。そこから覗いた下腹部には、赤い紋様が刻まれていて滅茶苦茶やらしい……って!?


「そ、それって、俺に好意を寄せてくれた魔物に浮かぶ『眷属の印』じゃないか!」


「おう、魔物として蘇った瞬間に浮き出たぜ」


「って魔物として蘇ったってどういうことだよ!? それに、お前が持ってる剣って……」


 加えて俺は、彼女が持っている剣に気が付いた。

 麗しき銀の儀礼大剣。まるで芸術品のような美しさだが、刀身からは攻撃的な『紫の雷』が溢れていた。

 ま、ま、まさかー……。


「ォ、お前ってもしかして、『紫電のサングリース』ッ!?」


「おぉ気付いてくれたかっ! 流石はオレ様の親友だぜーッ!」


「って親友じゃねえよッ!? どうしてそんな姿になってるんだよぉおおおおッ!?」

 

 まさかの助っ人の正体は、憎くて嫌いで堪らなかった敵だった――!

 

 あまりの驚きに、傷の痛みと絶望感を俺は一瞬忘れてしまう。

 そんな俺に対し、サングリース(?)はニッと笑いながら「積もる話は後だぜ、義弟よ」となぜか頭を撫でてきた。

 義弟でもねーよ!


「がっはっは! ま、何はともあれコレで二対二だ。楽しんでいこうぜェ、ご主人?」


 愉悦に濡れた紫色の瞳が俺を見つめる。

 ……相変わらずこいつは戦うことが大好きらしい。こっちは死にそうな思いで足搔いていたのに、気に食わないヤツだ。大嫌いだ。

 でも。


「今は、お前の力が必要だ。手を貸してくれ、サングリース」


「応よッ!」


 俺たちは強く頷き合うと、黒き刃と銀の大剣を共に天使に差し向けた――!


「オホォオオ……ッ! どうせ天井がある場所だからと、結界を竜巻型にしたのが失敗で成功になったのォッ! おかげで、儂と仲良くなれそうなヤツが飛び込んできてくれたわッ!」

 

 白翼の槍を構えるオーディン。

 へばっているヘラを足で蹴って叩き起こし、共に俺たちと相対する。

 かくして、天使たちとの真の最終決戦が始まったのだった――!


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] サングリースの過去の所業を思うと今でもあまり好きになれないが、オーディンとヘラがあまりにもアレなので…… 「まあ、過去の事はしばらく不問にしよう」と思えてしまった。 ここまで、「すっげー…
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