7:魔城招来
――戦いを終えた翌日。
俺は森の片隅に、今までギルドの連中に殺されてきた魔物たちの墓を作った。
俺のために脱走しようとしてケイズにやられた者はもちろん、過労死させられた者や、不当な暴力で亡くなった者も含め、全ての仲間たちを弔う。
最後にその中心に、亡き両親の墓も作った。
石を積み上げただけの簡素なものだが、黒髪の人間は墓を建てることすら許されてこなかったからな……。
「父さんに母さん、それにみんな、ギルドの連中はぶっ殺したよ。あの世でちゃんと見ててくれたか?」
『フッ、きっと喜んでいるだろう。……雄のシルバーウルフたちもな』
寂しげに笑うリーダーのシル。
――もちろん忘れたりしないさ。かつて群れを守るために散っていったという雄狼たちの墓も、これを機会に作っておいた。
彼らの奮闘があったからこそ、俺はシルたちと出会うことが出来たんだからな。
「……にしてもよかったのか、シル。みんなで守ってきたっていう大切な森の一部が焼けてしまったんだが……」
そう。ギルド連中が森に辿り着く前に勝負を仕掛けるという策もあった。
俺が彼らの前に立ち、口八丁でどうにか注目を集めている間に、大回りしたシルたちに背後から襲ってもらうという具合にな。
だが、それに対してシルたちは首を横に振った。
“それではエレンの身が危ないだろう。たとえ森が焼けてもいいから、犠牲者を出さずに敵を倒したい”と言って。
『うむ、そのことならば気にするな。安全に勝利するためならば森なんて焼けてしまって構わない』
「ってよくないだろ!? ここはおまえたちの大切な居場所なのにっ!」
『別にいいのだ。……今やわたしたちの居場所は、おまえの側なのだからな』
「っ、シル……!」
――ああ、こんなにありがたい言葉をもらえる俺は幸せ者だ。
本当に銀狼たちと出会えてよかった。思わず涙ぐみそうになってしまう。
「……ありがとうな、シル。よし、湿っぽいのはこの辺にしようか!」
『うむ!』
元気に応えるシルを撫で、俺は後ろを振り返った。
そこにはシルバーウルフたちを始めとし、俺のためにギルドを脱走してきてくれたみんなや、新たに仲間になったゴブリンたちがいた。
『きっー! 見せつけてんじゃないわよっ、エレンと最初に仲良くなったのは私たちなんだからね!』
サラマンダーのサラが炎をボーボー出しながら叫ぶ。
そこにスライムのラミィが『まぁまぁ、嫉妬しない嫉妬しない~!』とほんわか嗜めた。
『し、嫉妬じゃないわよバカッ! ……それで、これからどうするの? 魔術師のケイズが負けたと知ったら、もっと強い軍勢がやってきそうなものだけど……』
「たしかにな。この地の領主からしたら俺たちの存在は危なすぎる」
魔術師、それは人間社会において絶対的な強者である。
一万人に一人しか素養を持つ者は現れないものの、その力たるや数十匹分の魔物にすら匹敵する。
今回は奇襲によってケイズの心を乱し、接近戦に持ち込んだからこそ勝てたが、もしもヤツが後方から炎弾を放ちまくることだけに集中していたら負けていたはずだ。
戦争においてあれほど有用な人材はいないだろう。
――そんな存在をぶっ殺した連中が街の近くにいたら、領主様は眠れやしないはずだ。
「あちこちのテイマーギルドに声をかけたり、王都に連絡して騎士団を派遣してくる可能性もある。そうなれば俺たちはおしまいだ」
だがしかし、
「それで……たとえどこかに逃げたとしても、俺たちにとって安住の地なんてあると思うか? このニダヴェリール王国はもちろん、近隣の国々も黒髪の人間や魔物たちには差別的だ。特にミズガルズ聖教国なんてところは、魔に属する存在を皆殺しにしていると聞く。逃げ場なんてどこにもないんだよ」
『それはたしかに……』
俺の言葉に、サラをはじめとした魔物たちがうなだれる。
全員わかっているのだ。シルバーウルフの住まうこの森が度重なる襲撃を受けたように、どこにいようがいつかはすべての魔物が人間に隷属させられるだろうということを……!
「俺は、そんなのは嫌だ……! シルやサラたちが俺のことを大切だと思ってくれているように、俺だってみんなのことが大切だ!
黒髪だとか、魔物だとか、そんなつまらないことで差別されるほうが馬鹿らしいんだよ、やってられるかっ!」
吐き捨てるようにそう言い放つと、みんなも怒りの宿った表情で頷いてくれた。
そう、俺たちには怒る権利がある。いつまでもビクビクと震えながら一生を過ごしていくなんて、断じて御免だ!
『うむッ、エレンの言うとおりだ! ただ我らが魔物というだけで、どうしてデカい面をされなければいけないのだッ!』
『フンッ、そこのワンコロに同意するのは癪だけど、私も同じ気持ちよ。もう虐げられる日々はこりごりだわ』
怒りを燃やすシルバーウルフたちやサラたち。
さらにはゴブリンたちも同意見だと言ってくれた。
『ヘヘッ、流石はエレンのアニキッ! いいこと言うゴブねぇ! このゴブゾー、胸に響いたゴブッ!』
「お、おう。ていうかアニキってなんだ……?」
『アニキはアニキゴブッ! ゴブリンなんておやつくらいにしか思ってないだろうシルバーウルフの姐さんたちやらに慕われてるなんて、こりゃぁー付き従うしかないゴブッ! 長いものには巻かれろゴブゥ~!』
……胸を張りながらそんなことを言うゴブゾーと、『流石はリーダー! ゴブリンの鑑ゴブゥ~!』とゴブゾーをほめそやすゴブリンたち。
最多にして最弱の種族というだけあって、生き方もある意味徹底しているなぁ。
こうした気質があるからか、人間たちはみんなゴブリンのことを“プライドの欠片もない奴隷種族”と見下しているが、
「安心してくれ、ゴブリンたち」
俺はゴブゾーの肩にそっと手を置いた。
内心怯えを隠していたのか、その小さな肩がわずかに震える。
『ゴッ、ゴブ……ッ!?』
「大丈夫だ。俺は決して、おまえたちの生き方を見下さない。
……仕方なかったんだよな。そうしないと、生きてこれなかったんだもんな」
人間の子供程度の大きさしかないゴブリンたちは、身体能力や生命力もそれとほぼ同程度だ。
自然界ではもちろん、人間に飼われるようになってからもちょっとしたことで死んでしまうのだ。
だからこそ彼らは、少しでも大切に扱ってもらうために、プライドを殺して強者に媚びる生き方を選んだのである。
「おまえたちはたしかに最弱かもしれない。だけど、そんな最弱の身でありながら、この辛い世界でもっとも数を増やしてきたおまえたちは、間違いなく『最強の種族』だ……!
そんなおまえたちの力を、どうか俺たちに力を貸してほしい!」
目を合わせながらそう言うと、ゴブゾーは『ふぇッッ!?』と変な声を上げながら震え始めた。
『ずっ……ずずっ、ずっと弱くて汚い種族だって馬鹿にされてきたのにっ、そんなことを言われたのははじめてゴブゥ~~~ッ!?』
顔を赤くしながら泣き出すゴブゾー。
彼に続いてほかのゴブリンたちも『あの人、本当にケイズのアホと同じ人間ゴブかッ!?』『ホワイト上司ゴブッ、あの人こそ伝説のホワイト上司ってヤツゴブ!』と騒ぎ始めたりと、なんとも可愛い連中だ。
――そう。人々が醜くて邪悪だと嫌う魔物たちだが、本当はみんな個性豊かで素敵なやつらなんだよ。
だからこそ俺は、そんな者たちのために戦っていきたい。
「俺の右手に宿った紋章も、みんなを守るためにあるものなんだと信じてる。
……まさに『逃げずに戦え』っていうように、新しい力にも目覚めたしな」
そう言って俺は、右手に刻まれた『魔の紋章』を突き出した。
その中央に刻まれた数字は、今や『Ⅰ』から『Ⅱ』へと変化している。
「ケイズを倒したあと、また頭の中に声が響いてきたんだ。
曰く、『眷属強化』と『意思の伝達』に加え、『魔城招来』という能力が使用可能になったそうだ」
『魔城、招来……!?』
俺の言葉に魔物たちは息を呑む。
額面通りに捉えるのなら、城を呼び寄せる能力ということだろう。
そして魔城というからには、ただレンガを積み重ねただけの普通の城ではないはずだ。
「俺は決めた。両親や仲間たちの墓を守るためにも、この地で戦っていこうと。
もう誰にも何も奪わせない。あらゆる邪魔者を退けて、そしていつか創り上げてやるんだよ……俺たちにとっての理想の国家を……!」
『私たちの、国を……ッ!?』
目を輝かせる魔物たち。
生まれた時からずっとヒトに脅かされてきた彼らにとって、それはとてつもなく魅力的な言葉だったのだろう。
誰にも虐げられない理想の世界を夢見て、誰もが恍惚とした顔をする。
俺はフッと笑いながら、そんな彼らに向かって腕を突き出した。
「ここから先は修羅の道だ! あらゆる国家のあらゆる者が、俺たちの理想を否定しようと襲ってくるだろうッ!
だがそれでも、俺はもう逃げたくないッ! そんな俺と気持ちを同じくする者は、どうか声を上げてほしいッ!」
『オォオオオオオオオオオオオオオーーーーッ!』
森に轟く仲間たちの咆哮……!
シルバーウルフが、ゴブリンが、サラマンダーやスライムやオークなど様々な種族の魔物たちが、俺の決意へと応えてくれた……!
「ありがとうっ……本当にありがとうなっ、みんな!」
彼らの叫びに胸を打たれながら、俺は『魔の紋章』へと想いを込める。
そしてッ、
「反逆の時はやってきた! 我らが叫びに応え、この地に現われろッ! 『魔城招来』!」
そう唱えた瞬間、『魔の紋章』が鋭く輝き、大地を揺るがす大地震が巻き起こった――!
無数の木々が倒れ、驚いた鳥たちが空へと飛び立っていく。
ああ……そうして倒れそうになる中、俺たちは見た。
森への中心へと現れた、天を衝くような漆黒の巨城を――!
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