75:明かされる真実
華やかな街を一気に駆ける。
悲鳴を上げる民衆たちを無視し、王城に向かって真っすぐに。
『いいよエレンっ! お城に入ったら地下を目指して!』
脳裏に少女の声が響く。先に王都に潜行していた仲間、ラミィのものだ。
街に入った直後、彼女は俺へと念話を飛ばしてきたのだ。
『下水道を逃げ回っている内に気付いたの。街の中心にある城や、さらには地下へと近づくたびに、死体人形たち動きが機敏になることに』
ラミィは息切れた声で言う。『物知りなハウリンが教えてくれたの。魔術の効力は、魔術師本体から遠くなるほど弱くなるらしいよ』と。
『逆に言えば、魔術の効力が強くなるほど術者が近くにいるってことになるよね……! ラグナルは知らないけど、ヘラだけは間違いなくお城の地下にいると思うよ』
「そうか、ありがとうなラミィ。おかげで速攻で戦争を終わらせられそうだよ」
正直言ってラグナルなんてオマケみたいなものだ。
死骸術師ヘラこそ敵軍の要。あいつが生きている限り、無限に兵士を量産されてしまうからな。一秒でも早く居場所を捉えて倒したいと思っていた。
『それじゃあラミィは外に逃げるね。エレンにみんな、どうか頑張って!』
「おうっ!」
力強く応え返して念話を切る。
ラミィには本当に感謝しかない。身体能力が上がったことで、その気になればいつでも逃亡できたはずだ。しかし彼女は敵将の居所を調べるために、あえて王都中を駆け回ってくれていたらしい。
帰ったら盛大に抱き締めてやらなくちゃだ。
そのためにも、
「乗り込ませてもらうぞ、ニダヴェリール城!」
仲間たちと共に、俺は国家の最重要施設へと駆け込んだ。
◆ ◇ ◆
――地下へと続く階段はすぐに見つかった。
どさくさに紛れて絵画を持ち逃げしようとしていた使用人がいたので捕まえて尋ねたところ、快く教えてくれたのだ。
彼曰く、「こここっ、この地下に王族様しか入ってはいけない地下聖堂がありますぅううーっ!」とのこと。王家への忠誠心ゼロだなコイツ。
「すごく助かったけど使用人としてそれはどうかと思うぞパンチ」
「ギャッ!?」
俺はそんなクズを殴り飛ばすと、階段を一気に駆け降りた。
何百メートルも続く螺旋階段。地下へ向かうたびに外の光が届かなくなり、視界が闇に包まれていく。
そうしていよいよ、何も見えなくなり始めた頃。不意に目の前に、巨大な石の扉が現れた。
なんとなく気配でわかる。明らかにこの先に敵がいますって感じだ。
「みんな。いよいよ決戦になるが、覚悟は……って、聞くだけ無駄だよな」
後方に続く面々はやる気いっぱいだ。
身体の大きさの関係で外に待機してもらっている者たちもいるが、そいつらからも『何があっても大丈夫でさぁー!』と頼りになる声が念話で届いてきた。
「よしッ、それじゃあ行くぞ――!」
突き飛ばすように扉を開ける。
かくして露わとなる大聖堂。壁際に並んだ燭台の火が、噴き込んだ風によって大きく揺れた。
なるほど……流石は王族のために創られたというだけあるな。とてつもなく荘厳で広い場所だ。
そして、
「よぉお前ら、会いに来たぜ」
最奥にある巨大なユミル像。その下に立った紫髪の女・ヘラと、彼女に寄り添った憎き男・ラグナルへと声をかけた。
「はぁいエレン様☆ バルドルくんをほとんど消耗なしで討つとか、ちょぉぉぉっと強くなりすぎじゃないのぉ~? ヘラちゃんびっくりーっ☆」
「成長期だからな。つーかお前がヘラの本体か? 会話した感じからなんとなく、変態っぽいオッサンをイメージしてたんだが」
「……へぇぇ。魔物の声が聴けるだけあって、そういうのわかっちゃうんだ。テメェ、一発目から地雷を踏んでくれたわね♡ 殺してやろうかクソ餓鬼が?♡♡♡」
「お前が死ねよクソ野郎」
――言葉と共に激しく殺意を激突させる。お互いに、『コイツとは分かり合えない』と感じているのがわかった。
と、その時だ。闘志を高め合う俺たちに対して、「ひぃっ!?」と場違いな声が上がった。
「こっ、こわい、こわい、こわいぃ……っ!」
「ッ、テメェ……!」
声の主は、今やこの国の王であるラグナル・フォン・ニダヴェリールだった。
しかしその様子は無様なものだ。へたれ込みながら、子供のように頭を抱えて震えていた。
そんな男の姿に、ヘラとは別の意味で腹が立つ。
「ラグナル……お前、それはどういうことなんだよ?」
「ひっ!? そ、それって……?」
「そのどうしようもなく情けない態度だよッ! お前、どうして胸を張ってないんだよ!? 王様らしく堂々としてないんだよッ!」
そこが何よりも癪に障る。
三下のごとき態度など、コイツに許されるわけがなかった。
「だってお前は――スクルドの母親を殺しただろうッ!? そうしてまで、王様に成り上がったんだろうがッ!
だったら堂々としていろよ! 誰かの命を奪ってでも王になって、やりたいことがあったんじゃないのかよ!? 作りたい国があるんじゃないのかよッ!」
「ひぃいっ!?」
俺の怒号に、ついにラグナルは瞳を潤ませ始めた。
親指の爪をガジガジと噛む。その姿は、もはや無様を通り越して哀れですらあった。
「や、や、やりたいこと……作りたい国……? そんなものは、ない……!」
「はぁ……!?」
「ぅうううっ、オレはただっ、王になりたかっただけなんだッ! 王になったら、もう何も不安がることなく幸せに生きれるって思ってたんだぁああぁあああー--ッ!」
聖堂に響く、赤子のごとき男の泣き声。
喚き散らすラグナルを前に絶句してしまう。怒りや呆れを通り越して、ただただ困惑してしまう。
「おま、え……。少しくらいはあるはずだろうが、王になってやりたいこととか……」
「そんなものはないッ! ただ贅沢に暮らせればそれでよかったッ! 王になれば幸せになれるっ、王になれば不安がることなんてないはずだったんだァアアアッ!」
それなのにっ、そのはずなのにッと、ラグナルは床を叩きながら俺を睨みつけてきた。
威圧感など一切ない。癇癪を起こした幼子に怒りをぶつけられているような気分だ。
そう感じるほどに……不気味なくらいに、彼はどこかで思考が停止していた。
「王になれば幸せになれる……王になれば不安がることなんてっ……なのに、なのに……」
「おい、ラグナル。お前、その考え方は自分で至ったものなのか……?」
「えっ……?」
きょとんと顔を上げるラグナル。と、その時だった。
そんな彼の頭部を、隣に立っていたヘラが優しく撫で……、
「覚えてないわよねぇ~そんなの。だってそれは、ラグナルくんが赤ちゃんだった時に、『乳母さん』がささやき続けた言葉だもの♡」
――そして、勢いよくラグナルの頭を床に叩きつけた! 「ピギャッ!?」という悲鳴と共に、真っ赤な鮮血が聖堂に飛び散った。
かくして、意識を失ったラグナルを放り捨て、ヘラは俺へと向き直る。
「ごめんなさいねぇ~エレンくん☆ ウチのぼーやが闘争の空気を邪魔しちゃって。まったく人間は本当に惰弱な精神をしているよ」
「っ、ヘラ……まさかお前、コイツのことを最初から操っていたのか……? それこそ、赤ん坊の頃から……!?」
「えぇそうよぉ☆」
あっけらかんと頷くヘラ。あまりにも悪辣かつ長期的な計略に、背中に寒気が走り抜ける。
さらに彼女は「彼だけじゃないわぁ」と言葉を続け、
「約千年間。ずぅーっとアタシは『彼女』の命令の下、人類全体を操ってきたわぁ……!」
「はぁ……!?」
千年ってなんだ……人類全体ってなんだよ!? 『彼女』って一体誰なんだよ!
疑問が膨れ上がったのと同時に、聖堂の空気が揺らぎ始める。
それは、ヘラを中心とした現象だった。全細胞が『アレから逃げろ』と訴えかけてくる……!
「そうよッ、初代魔王やアナタですらも、アタシの駒でしかないわけよォッ! この――『天使ヘラ』ちゃんのねぇええええッ!」
そして――彼女の背中より、四枚の翼が出現を果たしたのだった。