72:神話への反逆
『何何何何何何何何何何ッ、何ダ貴様等ハァアアアア!?』
咆哮を上げる天使バルドル。
どうやら本体自体もしぶといらしい。白き光にその身を包むや、焼き飛ばされた翼が徐々に再生を果たしていく。
さらに、
『殺セッ!』
『ウォオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!』
信徒たちによる再攻撃が始まった。
天使が回復するまでの時間を稼がんとしているわけだ。不死身の身体で突撃してくる。
だけど。
「もうお前らなんて怖くないさ。そうだろう、みんな!?」
『応っ!』
力強く頷いてくれる仲間たち。
彼らのことが最高に頼もしくて堪らない。
俺は笑顔で頷き返すと、みんなと共に駆け出した!
「行くぜぇッ!」
「進化したチカラ、見せてやるッ!」
「オラァアアアアアッ!」
上位種の魔へと転生を遂げた大軍勢。彼らの力は圧倒的だった。
「「エレンにイイトコ見せるのはオレ(ジブン)だ(トロォ)!!!」」
先陣を切るのはダブル筋肉。相変わらず張り切りまくりな大鬼と剛鬼コンビだ。
彼らも進化を果たしていた。
元より2メートルほどの巨体だったトロロは、今やその倍以上はある巨人と化していた。
もはや筋肉で出来た砦だ。どんな攻撃にもビクともせず、逆に繰り出される巨大鉄拳はあらゆる敵を打ち砕いていく。
そして、反対にオースケは細身になっていた。
しかして痩せ衰えたわけではない。全身の筋肉が極限まで引き締まり、鋼のごとき美体へと生まれ変わっていた。
そこから繰り出される斬撃乱舞。手にした太刀を振り回し、瞬く間に信徒たちを殲滅していく。
「うおぉっ、最高にカッコイイぜ二人ともっ! (男友達として)大好きだ!」
「「おほぉーッ!♡」」
素直に褒めると、二人のテンションがさらに爆上がりした。
狂ったように敵軍へと突貫する筋肉コンビ。変な鳴き声を上げながら、巨人と鬼人はミンチの山を作り上げていった。めっちゃハァハァしてるけど大丈夫かな……?
そんな彼らに続いて次々と敵を討ち取っていく仲間たち。
倍以上の数の差をモノともせず、戦場を瞬く間に支配していく。
だが信徒たちも諦めない。バルドルに与えられた不死性を発揮し、肉片の状態からすら蘇らんとするが、
「アンタらの弱点はウチの魔王様が看破済みよ! 燃え尽きなさいッ、【大火炎】!」
次の瞬間、炎の嵐が敵の軍勢を飲み込んだ。
放たれた火は天使の加護を相殺し、血肉を灰へと変えていく。
ソレを成した『赤髪の少女』に、俺はグッと親指を立てた。
「ナイスだぜっ、サラッ!」
「ふっふーんっ! 満を持しての大活躍よッ!」
自慢げに胸を張る彼女。
敵を一気に仕留めたのは、ついに魔人へと進化を果たしたギルド時代からの仲間・サラだった。
「さぁ、魔王様。アナタやパワー馬鹿な連中は、敵をグチャグチャにすることだけ考えなさい。トドメの火葬は私がしてやるんだから」
両手に火球を出現させるサラ。その自信たっぷりな様が頼もしい。
昔から強気な彼女には何度も励まされたものだ。
「ぁ――あと、進化した私の姿について、その、一言……」
と、そこで。不意にサラがもじもじしながら何か呟きはじめた時だ。
遥か天空より「ぐわははははははッ!」と豪快な声が響くや、間髪入れずに『黄金のナニカ』が天使本体へとブチ当たったっ!
『激痛激痛激痛激痛激痛ッ!? 今度何隕石何ー------ッ!?』
今日一番の絶叫を上げる天使バルドル。
あまりの衝撃に、頭頂部の肉が噴火したように弾け飛んだ。
「うぉお!? こ、こんな派手な一撃をかますようなヤツは……」
「フフフフーンッ! この我であるぞぉ~~~ッ!」
鼻息も高らかに、翼を生やした金髪の美女が側へと舞い降りてきた。
そのサラの自信を百万倍にしたかのような態度に、褒めるよりも先に苦笑してしまう。
「本当にお前は元気だなぁ、ゴルディアス・ドラゴン」
「うむッ!」
ドデカい胸を逸らしながら笑顔で頷く彼女。
天使に一発ブチかましてやったのは、魔物界最強種族の黄金竜サマだった。
隕石みたいな攻撃をしておきながら、彼女の身体に傷はない。周囲に纏った黄金の障壁が全てのダメージを吸収していた。
「あぁそうだ。魔王殿よ、これからは我のことを『ディアス』と呼ぶがいい!」
「えっ……?」
いきなりの言葉に驚いてしまう。
これまで、なぜか彼女は自分の名前を名乗ってはくれなかったからだ。それでずっとドラゴンって呼んでたんだが。
「ぬははっ! 実は我、龍の中でも王族だったりするからな~。母上からは『伴侶と認めた者以外に、真名を教えてはいけません』と言われていたのだ」
「そうなのか……って、伴侶ッ!?」
それってどういうことだ!? と、続けて言おうとした時だった。
ドラゴン改めディアスが急に顔を近づけると、俺の唇に自身の唇を重ねてきたのだ――ッ!
「むぐぅっ!?」
「んっ……ぷはぁっ! たしか人間界では結婚する時こうするんだったなっ! これで伴侶だ~♡」
無邪気な顔で「結婚ヨシッ!」と笑うディアス。
……先ほど何かを言おうとしていたサラが、背後で真っ白になって固まっているのが見えた。
そしてプルプルと震え始め……、
「うっ――うわぁあああぁぁぁぁんッ! アホドラゴンにエレンの唇とられたァァアアッ!? 私が欲しかったのにぃー-----っ!」
「うわぁっ!? サラが泣き始めたッ!?」
大号泣を始めてしまうサラ。
子供のようにワンワンッと喚きながら、やけくそ気味に周囲の敵を燃やし尽くしていく。さっきまでより火力つえぇ……!?
「ホント何なのよこの馬鹿ドラゴンッ! ようやくヒトの姿に進化できたから、これからシルと一緒に誘惑しまくって、どっちが先に手を出してもらえるか恋愛勝負しようとしてたのにぃーっ!? もぉおおっ!」
身体中から灼熱の蒸気を放ちながら、ディアスへと詰め寄るサラ(※襲いかかろうとした敵が火傷まみれになって倒れた)。
しかしディアスはキョトンとした様子だ。黄金の障壁で蒸気(+背後から襲ってきた敵)を弾き飛ばしながら、不思議そうに首を傾げた。
「なんだおぬしは? どっちが先に手を出してもらえるかって、どうしてそんな『受け身』な姿勢なのだ?」
「ふぇッ!?」
思いもよらぬ言葉にサラがたじろいだ。そんな彼女の困惑っぷりも知らず、ディアスはぐいっと俺の腕を抱き寄せる。
ちょっ、ディアスさん!?
「我は、本気で、魔王殿に惚れたぞ……っ!
天使を一喝できる男子など、この世にどれほどいるものか。あの絶望的な状況から、臣下たちを奮わせられる王がどれだけいるものかっ!
ゆえに心の底から惚れこみ、奪われる前に奪ってやっただけのことよ! というわけで恋愛勝負とやらは我の勝ちだな」
「ふぁっ……ふぁあぁぁ……ッ!?」
「というかおぬし、何年も何をやってたんだ? なんで唇の一つすら奪ってないのだ?」
「ふぁああぁぁあぁぁぁぁ……ッ!」
や、やめるんだディアスーーーーッ!
もうなんかサラ、顔がわけわかんないことになってるからッ!? もはや涙を通り越して目から溶岩出てるからッ! しかも小刻みに震えまくるもんだから、敵のほうに飛び散りまくって周囲の信徒たちほぼ全滅状態だよ!
「わ……私だって、頑張ったのよ……!? ほら、見てよこの進化後の容姿。周りは巨乳のお姉さんだらけだから、あえてエレンより年下っぽくして、胸も普通と巨乳の中間くらいにしたのよ? ずっと寝る前にこう進化しようって想像してたのよ? アンタみたいに、モリモリに爆乳にした雑なデザインとは違って、よく考えて……オンリーワンな容姿に……!」
「ぬ~? どうしてそこでオンリーワンを目指すんだ? 我みたいに、ナンバーワンなデカ乳になればいいだけではないか。思考が負けてるぞおぬし」
「ぶぇッ!?」
「というか、小柄な背丈にモチモチの乳とか、ゴブゾーとかぶってないか?」
「ゴブゾーッ!?!?!?!!?」
――かくしてここに決着はついた。
龍種の前に屈服する蜥蜴。完全な力関係をわからされた瞬間だった。
突如として参戦してきた恋愛絶対強者によって、彼女の心は木っ端みじんに砕けてしまった……!
「あぁああぁぁぁっ、エレン……エレン~……!」
「サラーッ、しっかりしろー!」
涎を垂らしながら虚ろな瞳で寝転がるサラ。
俺はそんな彼女を抱き起こし、「お前も普通に可愛いから安心しろっ! それに唇も好きなだけあげるから!」と全力で励ました。
すると、彼女の耳から蒸気がプシューと上がり、「えッ、可愛い!? それにチュウし放題ッ!?」と飛び跳ねるように起き上がった。
「お、おぉよかった、元気になったみたいだな」
「うん元気になったッ! えっ、えへへへ……それじゃあエレン行くわよ、ちゅ~っ……♡」
「って後でだ後でっ! それと……っ!」
俺はなんでも収納できる魔宝具『フィアナの魔法袋』を漁り、そこから二着の服を取り出した。
いつ誰が進化してもいいよう、レイアが作ってくれていたものだ。
それを見たディアスとサラが揃って首を傾げた。
「「何これ?」」
「見ての通り、服だよ服。……他のヒト型に進化した仲間たちもそうだけど、その……二人とも、実はさっきから全裸だぞ……!?」
「「あッ!」」
そこでようやく自分たちの状態に気付く二人。
俺から急いで衣服を受け取り、慣れない手付きで纏い始める。
「ぬはははっ、そういえばそうだった! 二足歩行になったら、色々と丸見えになるんだったな!」
「普段全裸だからあんまり意識してなかったわねぇ……。それにトカゲの魔物だから、乳首なんてこれまでなかったし。触ってみても……ひゃんっ!?♡」
少しだけ顔を赤らめながらも、ぬはぬはと笑うディアスとなんかしてるサラ。魔物だけあってそこらへんの恥じらいは薄いようだ。
……というかサラ、お前ちょっぴり脳みそ壊れてないか?
かくして、着替える二人の手伝えでもしようかと考えた時だ。
不意に、『憎憎憎憎ッッッ!』と悶えるような声が響いた。
『貴様貴様貴様等天使前ニ何何何ヲォオオーーーーーッ!?』
咆哮を上げる天使バルドル。
だいたいコイツが何を言っているのかわかってきた。どうやら存在を忘れかけられて怒っているようだ。
『天使尊々絶対支配者何ヨリ優先ソレヲ……』
「すまんな、お前なんて本当はどうだっていいんだよ」
『ッ!?』
あぁそうだ。もはやコイツは眼中にない。
別にいいんだよ、神の使徒サマが俺たちのことを認めてくれなくたって。
ンなもん気にせず勝手に生きて、みんなで幸せになるだけだからな。
それに、
『――エレンッ、おかげでどうにか逃げ切れそうだよ~っ!』
脳裏に少女の声が響く。それは、王都で死兵の軍勢から逃げ回っていたラミィのものだった。
本来は彼女を助け出すために急行しようとしていたのだが、しかし。
「どうだ、激増した強化の心地は?」
『もう最高だよ~っ! カラダが羽根になった感じ!』
ご機嫌なようで何よりだ。
そう。『魔の紋章』の急激な深度上昇により、仲間たちを強化する能力も進化したからな。
おかげでラミィはこの通りだ。もはや焦って天使を排除する必要すらなくなった。
俺は微笑を浮かべると、天使に優しく語りかける。
「さぁ天使様、アンタと戦う理由はなくなった。だから――逃げてもいいぞ?」
『ッッッッ!?』
ヤツの身体が大きく震えた。全身に血管が浮かび上がり、ついには裂けて青い血が噴き出すのが見えた。
目玉なんてどこにもないのに、全力で睨まれているのがわかった。
そして、
『低俗下劣不潔醜悪劣等塵屑悪性卑俗下賤極マル下等種ガッ――天使を挑発するかァアアアーーーーーーーッ!?』
最大級の大きさの怒号が、こちらに向かって放たれた。
それと同時に天使の身体に異常が起こる。
あちこちがブクブクと膨らむや、内部から巨大な腕が何本も生えてきたのだ。
『シネェエエエエエエーーーーーーーッ!』
大量の腕を足代わりに、天使バルドルは突撃してきた。
あまりの質量に大地が揺れる。
「おう、ようやくわかる言葉で喋ってくれたな天使様。そんなに頭に来たのかよ?」
『ダマレェエエエエエエエエエエエエッ!』
文字通り、巨大な山が向かってくるような光景だった。
しかし恐怖なんて一切ない。新たに紡いだ強き絆が、俺の心を支えてくれているからな。
「さぁ、決着を付けようぜ天使バルドルッ! 異能発動、【音速疾走】【超怪力】【超剛体】!」
大地を蹴ったその瞬間、衝撃によって地割れが起こった。
そして撃ち出される俺の肉体。シルの脚力強化に加え、進化したトロールとオーガの筋力強化系能力を借りたことで、俺は音速の弓矢となった。
『ヌゥウウッ!?』
一気に迫るバルドルの巨体。
その刹那、俺はさらなる力を求める――!
「まだだァッ! 異能発動、【大火炎】【黄金障壁・改】!」
輝きと炎が全身を覆う。
愛してくれた仲間たちの力が、俺の身体に迸る!
「これでッ、終わりだーーーーーッ!」
『ヌガァアアアアーーーッ!?』
かくして迎えた激突の時。
手にした黒き刃を鏃に、俺は神話の天使を貫いたのだった――!
ここまでで少しでも面白いと思って頂けましたら『ブクマ』、そして下の☆☆☆☆☆での評価をして頂けますと非常にありがたいです
既にブクマも評価しているよと言う方は、本当にありがとうございます!




