69:光翼、天臨
――手足が欠けても動き続ける死人の軍勢。
痛みも感じず、恐怖も覚えず、自壊する勢いで襲いかかってくる最狂の軍隊。
そんな連中を相手に、俺たち魔王軍は優位に立ち振る舞っていた――!
『死にづらいだけの連中がッ、調子に乗るなトロォーッ!』
大鬼族のトロロの拳が複数の死体人形を打ち砕く。
凄まじい威力だ。まるで爆弾で吹き飛ばされたかのように身体がバラバラになり、敵を一撃で沈黙させる。
『ウチの大将にいいトコ見せねぇとなぁーッ!』
剛鬼族のオースケの刀が敵を豪快に引き裂いていく。
力自慢のトロロに負けず、彼もまた強力な魔物だ。相手をミンチに変えることで、二度と動けないようにさせていった。
「サンキュー二人ともッ、大好きだぜ!」
『『ウォオオオオオオオオオジブンたちも大好きだトロッエレン!!!』』
……なぜかめっちゃ叫んでくる男友達コンビ。戦いの最中だけあって興奮しているんだろうか?
まぁともかくだ。彼らはもちろん他の魔物たちも必死で奮闘しており、死体人形どもを次々と討ち取っていった。
――そんな中、後方で慌てふためく者が一人。
「ひッ、ひぃいいいッ!? おいお前らしっかりしろッ! ふ、不死の魔術がかかっているんだろうが!?」
顔を青くするポルン・ペインター。
開戦直後は調子に乗っていたこの男だが、あっという間の蹂躙劇を食らい、再び恐怖に狼狽えていた。
その見るに堪えない様に心から呆れてしまう。
「……二か月前の自分が恥ずかしいよ。お前みたいな男が治める地で、虐げられながら生きていたなんてな」
「ひぁっ!? エ、エレン・アークスッ!?」
再度かち合う俺とポルン。
目が合った瞬間、ヤツは地に膝をついて頭を下げてきた。
そして、
「こっ……降参だッ! どうか私だけでも生かしてくれぇ!」
――口を開いて出た言葉は、あまりにも軽々しい降伏宣言だった。
約三万もの兵士を預けられ、一大国家の先鋒を任された立場だろうに。この男はそんなことはどうでもいいとばかりに、自己の保身を主張してきた。
「ほらっ、王の下への案内役が欲しいと言っていただろう!? だからっ、私のことは!」
「もういい」
俺は一瞬で近づくと、ポルンの心臓部に漆黒の刃を突き立てた。
「ぐはァッ!? なっ、なんで……!?」
「なんでもクソもあるか。お前はあまりにも、不愉快すぎるんだよ……!」
刃を捻り、確実に心臓を潰す。これでコイツはお終いだ。
……最初から信用できない男だとはわかっていたさ。だからこそ確実にラグナルを裏切り、多少なりとも働いてくれるとは思っていた。
だが、この男への不信度は、先ほどの言葉で許容限界を超えてしまった。
「“私だけでも生かしてくれ”だと? ふざけるな」
ポルンは、周囲の兵士たちが死人であることに気付いていなかった。つまりはコイツ、約三万の命を平然と切り捨てようとしやがったのだ。
そんな男に頼ったところでロクな目には合わないだろう。
「あばよ、ポルン。地獄でせいぜい後悔しやがれ」
刃を引き抜き、血を払う。
もはやこんな男に構ってられるか。さっさと死人どもを片付け、王都に向かわないと行けないからな。
そうして、周囲の死体人形たちに斬りかからんとした時――。
『――あらあらあらぁ。このままじゃぁ死んじゃうワネぇ、ポルンちゃん♡』
足元に転がった生首の一つが、不意にポルンへと言葉をかけた。
その下劣な声色は間違いなく、
「っ、お前、ヘラか!?」
『死骸術師ヘラ』。
ラグナル最恐の駒であり、この死人の軍勢を創りあげたクソ野郎に他ならなかった。
生首は一瞬だけ俺に向かってクスリと笑うと、死の直前にあるポルンに続けてこう言う。
『おかしいわねぇおかしいわねぇ!? 他の兵士と違って、どうやらアナタには不死の加護がかかってないみたい! 死ぬわよぉポルンちゃん死んじゃうわよぉ~ッ!?』
「死ッ、死っ……! ぃ、いやだぁああああああああああァアアアアーーーーーーッ!!!」
戦場に響く断末魔。
血を噴く胸部を必死で抑えながら、ポルン・ペインターが最期の力で吼え叫んだ。
「なぜッ、なぜ私だけ死ぬのだッ!? なぜ私だけぇええー-----ッ!?」
『あぁあぁッイイ絶望よォポルンちゃんッ! 悲しいわよねぇ悔やしいわよねぇッ!?』
喚くポルンと煽るヘラ。
どうにも状況がおかしかった。なぜヘラのヤツは、わざわざ生首に宿ってまでポルンを嘲るのか。
というかそもそもだ。死体人形たちは勝手に動いている様子なのに、どうしてポルンという男を軍勢に加えたんだ? 指揮官なんているだけ無駄だろうに。
『ゴロズゥーーーーッ!』
「くっ!?」
嫌な予感を覚え、ポルンとヘラを始末しようとした時だ。何体かの死体人形が一斉に襲いかかってきたことで道を阻まれてしまう。
かくしてそいつらを始末している間に、ヘラが哄笑を張り上げた。
『さぁさぁさぁさぁポルンちゃんッ! アナタを殺そうとしているのは誰ぇ!? そう、それはエレンたちという魔の軍勢よォッ!』
「エレ、ン……『魔』ァ……!」
『そう。魔への怒りと絶望を胸に、アタシが与えた「聖遺物」へと祈りなさい! 人理を超えた力と命をくださいと、女神ユミルに求めるがいいッ!』
そして、次の瞬間――、
「オぉおォオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
咆哮を上げるポルン・ペインター。それと同時に、彼の胸元から輝くナニカが浮かび上がった。
「な、なんだアレは……!?」
それは、朽ちたニンゲンの指だった。
乾いた肉が僅かに張り付いただけの、ほとんど骨しか残っていない人差し指だ。
しかしソレからは眼を焼くような白き光が輝き溢れ、魔物たちは突然の事態に困惑する。
『うぎゃ、眩しいッ!?』
『一体何がーっ!?』
多くの魔物が戸惑う中、俺は間近で垣間見た。
朽ちた指から触手のようなモノが伸び、ポルンに突き刺さっていく異様な光景を。
かくして次瞬、男の身体がブクッ、ブクッ、ブクブクッと、泡沫のごとく膨れ初め……そしてッ、
『魔滅魔殺魔拷魔潰魔壊逆襲逆襲逆襲逆襲ー-----------ッ!』
白き光が散った瞬間、誰もが呆然と絶句することになる。
気付けばポルンは千メートル超の肉塊となり、その身体からは、七枚の巨大な『天使』の翼が生えていたからだ……!
「は……はぁ……!?」
理解不能の事態に固まる俺たち。
戦場に静寂が訪れる中、生首となって転がったヘラが、愛の声の籠った声で囁いた。
『さぁ――千年ぶりに暴れなさい、“バルドル”くん』
――魔物たちを、全員全部殺すがいいわ。
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