6:絆の勝利
「きっ、貴様、エレンッ! 生きておったのか!?」
「ああ、久しぶりだなギルドマスター」
周囲の木々が赤く燃え、銀狼たちが唸る中――俺はかつての上司と対峙する。
炎の魔術師ケイズ。俺の所属していたテイマーギルドの長であり、横暴だが決して馬鹿ではない男だ。
俺が指示を出していたのだと悟ったのか、殴られた鼻をさすりながら睨みつけてくる。
「ぐぅ……そういうことか。貴様がシルバーウルフどもを操っていたのだな。ろくに戦闘力のない貴様が、どうやって狂暴な魔物たちに『呪縛の魔法紋』を刻み込んだ!?」
「勘違いするな。彼女たちは自由意思で俺に従ってくれているんだ。この一週間、コミュニケーションを取り続けたからな」
「なっ、嘘を吐くなゴミがッ! まだ魔物と会話できるなどとホラを吹いておるのか!?」
ぎゃあぎゃあと喚くケイズ。
どうやら最期まで俺の言うことを信じてくれないらしい。
……この人とは、もう十年の付き合いになるのにな。
「――なぁケイズ。アンタは両親を亡くしたばかりの俺を拾ってくれた相手だ。そのことについてはすごく感謝している」
黒髪の人間は嫌われ者だ。『黒き髪を持つ者は呪われた存在』とも呼ばれ、宗教からも弾圧を受けている。
ゆえに孤児院に入れてもらうことも出来ず、幼かった俺は危うく野垂れ死ぬところだった。
そこで手を差し伸べてくれたのがこの男だ。
ギルドの雑用係としてだが、彼が拾ってくれたおかげでどうにか今までやってこれた。
「アンタは、俺の養父とも言える相手だ。できることなら殺したくはない」
「ふ、ふん、そうか。ならば周囲の狼どもを引かせて……」
「待てよ、その前に一つ確認がとりたい」
そう言って俺は、懐から一枚の紙を取り出した。
「な、なんだそれは?」
「アンタが使い終えた業務日誌の1ページだよ。たしか、十年ほど前のものになるかな」
十年前。その単語を出した瞬間、ケイズの顔がサーッと真っ青になった。
「……子供だった時の俺は、よく殴ってくるアンタにどうにか好かれたいと思っていてな。いけないことだと分かっていたんだが、アンタの机から古い業務日誌を引っ張り出したんだ。アンタの趣味とか好きなものを知ろうとしてな」
そう思ってページをめくっていったのだが、『今日は晴れていた。業務はまぁ順調だった』という感じで適当に書かれた文章ばかりだった。もう少し何か書いてくれよって溜め息を吐いたっけなぁ。
……だがしかし、1ページだけやたらと上機嫌に書かれたところがあった。
ちょうど俺の家が誰かに燃やされた日だ。そこにはこう記されていた。
「『今日はゴミムシの住処を焼いた! 黒い害虫どもがさらに黒く焼けて面白かった!』――その文章を読んだ瞬間、俺は全力で真実から目を背けたさ。あぁ、ギルドマスターはきっとゴキブリの巣でも焼いたんだなって、文章通りに捉えることにした」
だって、受け止められるわけがないだろう。
自分を拾ってくれた養父が、自分の両親を焼き殺した相手かもしれないなんてな。
「当時の俺は子供だった。そんな現実を理解してしまったら、きっと憎しみと悲しみで心が壊れていただろう。
――だけど、いい加減に向き合うことにするよ。なぁケイズ、俺の両親を殺したのはおまえなのか?」
「っ、それは……!」
わずかに言い淀むケイズ。
即座に否定しなかった時点で、もはや答えは明白だった。
「ああ、そうかよ」
――轟々と木々が燃え盛る中、俺は『仇』へと拳を向ける!
「これで遠慮なく戦えるッ! こいよケイズ、おまえを殺すッ!」
「ぬぅううう……ッ! 死にぞこないの害虫風情がッ、調子に乗るなァアアアアアーーーーーッ!」
かくして炎の魔術師との決戦が始まった!
両手から無数の炎弾を放つケイズ。対して俺は右に左にとそれらをどうにか避けながら、ヤツに向かって突き進んでいく!
『エレンッ、加勢するぞ!』
シルを始めとしたシルバーウルフたちが吼える。
だがケイズが「やれぇ手下どもッ!」と叫ぶと、『呪縛の魔法紋』を刻まれたゴブリンたちが銀狼の群れに立ちふさがった……!
『チッ、もう落とし穴から這い出ていたか……』
『うぅ、すまんゴブゥ……!』
詫びながらもシルたちに襲い掛かる魔物たち。
魔法紋の呪縛は絶対的だ。どんなに彼らが嫌がろうとも、主君であるケイズには逆らえない。
「さぁどうしたゴミムシッ! ワシを殺すんじゃなかったのかぁ!? 貴様も両親と同じように焼き払ってくれるわ!」
炎弾の連射は激しさを増していく。
一発でもまともに当たれば黒焦げだ。時には地面を転がりながらやり過ごすも、想像以上にこれはキツい。
だが、やられっぱなしで終わって堪るか。シルたちを守るためにも、コイツにだけは絶対に勝つッ!
「これでも食らえ!」
俺はポケットからとある木の実を投げつけた。
それを見てつまらなそうな顔をするケイズ。両腕に炎を纏わせ、「悪あがきのつもりか」と木の実を弾き落とそうとする。
――ああ、その瞬間を待っていた!
投げた木の実が炎に当たった瞬間、パァァァアンッ! という音を立てて破裂した――!
「なにぃっ!?」
驚愕の声を上げるケイズ。弾けた殻が彼の身体に突き刺さり、わずかばかりだが手傷を負わせる。
そう、俺が投擲したのは『栗』だ。この森の産物であり、殻が付いたまま焼けば爆ぜる性質を持つ。
もちろん人を殺すほどの威力はないのだが、これで大きな隙が出来た!
俺は一気に接近しッ、
「どうだお養父さんッ、ガキのイタズラを食らった気分はーーーッ!」
その顔面をもう一度ブン殴った!
捻るようにして叩き込んだ拳はヤツの鼻を完全に粉砕し、ケイズは「ぐぎぃいいいいーーーーッ!?」という悲鳴を上げて転がっていく!
「うぐっ、ぐぅうう……貴様ぁああぁあああ……!」
二度に渡る全力の拳を受け、ケイズは満身創痍の有り様だった。
魔物ばかりに無茶させていた男だからなぁ、俺と違って殴られ慣れていないのだろう。
すでに膝がガクガクと震え、立ち上がることすら難しいようだ。
「殺すッ、絶対に殺すぅ……ッ!」
しかし命には別状はないらしい。まぁそれも当然か、ただのパンチを食らっただけだからな。
だが、
「悪いなケイズ。おまえはもはや、おしまいだ」
「なっ、馬鹿を言うなよゴミクズがぁッ!? 選ばれし魔術の才を持つこのワシが、貴様のようなガキに負けるわけがっ――」
ヤツの言葉は最後まで続かない。
なぜならケイズの背後より、火炎放射が浴びせられたからだ……!
「うっぎゃぁあああああーーーーーーッ!? なぁっ、なにがぁああああッ!?」
全身を燃やしながら吼え叫ぶケイズ。
眼球さえも蒸発する中、ヤツは背後を振り向いた。
そこには、
『話は聞かせてもらったわ。これは、アンタに焼き殺されたエレンのご両親の分よ』
『みんなでコイツを殺しちゃお~っ!』
『グゴォオオオッ! ゴロズゥウウッ!』
――サラマンダーのサラを始めとして、スライムのラミィやトロールのトロロなど、俺がギルドで絆を紡いできた仲間たちがいたのである……!
「久しぶりだな、みんな!」
『えぇ、何匹かは脱走するときにコイツに殺されちゃったけどね。……にしても驚いたわ、いきなり身体に変な紋章が現れたと思ったら、エレンの声が聞こえてきたんだから』
そう、突如として俺の手に現れた『魔の紋章』。その加護を受けたのは、シルバーウルフたちだけではなかった。
俺を探すために街の外に飛び出したというサラやラミィたちにまで加護が届いたのだ。
それによって彼女たちとも念話することが可能になり、この場に呼び寄せ続けていた。
「どうやら紋章の加護を与えることが出来るのは、『目の前の魔物』じゃなくて『絆を結んだ魔物』って条件らしいな。無理やりにでも刻むことが出来る『呪縛の魔法紋』とはずいぶん違うようだ。嬉しい限りだよ、本当に」
「ぐぁあああああああッ!? な、何を言っておるのだぁああッ!?」
もはやケイズには話を聞く余裕もないようだ。
焼ける痛みにもだえ苦しみ、「助けてくれーッ!」と絶叫を上げる。
だが、俺にはもはやコイツに対する情などなかった。
――他の連中は特に、な。
「よく聞けケイズ。どうして俺がおまえのことを素手で殴っていたと思う? 鋭い枝や石でも装備していれば、おまえを殺すことだって出来たのに」
「は、はぁ!? そ、そんなの……ッ!?」
「わからないよなぁ、察せないよなぁ!? 魔物を道具扱いするおまえには、一生かかってもわからないだろうさ。――だからみんな、教えてやろうぜ」
そう言い放った瞬間、無数の石礫がケイズに炸裂した!
焼け焦げた血肉が弾け飛び、ケイズは豚のような悲鳴を上げて地面を転がる――!
「ぎゃあぁああああああーーーッ!? なっ、貴様らは、貴様らはぁあああッ!?」
傲慢な態度から一転、ガクガクと震えながら周囲を見上げるケイズ。
――いつの間にか彼の周囲には、つい先ほどまで奴隷としていたゴブリンたちが立っていた……!
『ゴブブゥッ、よくもコキ使ってくれたなぁ……ッ!』
『殺してやるゴブゥ……グチャグチャに踏み潰してぶっ殺してやる……ッ!』
小石や鋭い枝を手に、瞳をぎらつかせるゴブリンたち。
もはや彼らに『呪縛の魔法紋』は存在しない。
そんなもの、頼れるシルバーウルフたちがとっくに爪で引き裂いてしまったからだ。
それによって皮膚から血が流れているが、怒り狂っているゴブリンたちには関係ない。
殺意と憎悪を滾らせながら、ケイズを鋭く睨み付ける――!
「こういうことだ。おまえを殺したいヤツは大勢いるからな、そいつらに役目を譲ってやったってわけだ」
「ひっ、そんなッ、お、おいエレンッ、ワシを助けろぉおおッ!?」
「知るかよゴミが。頼むんだったら、周囲の魔物たちにしろよ」
「うぐぅ……っ!?」
俺の言葉を受け、ここでようやくケイズは魔物たちと瞳を合わせる。
彼は屈辱を噛み締めながらも跪くと、必死で舌を回し始めた。
「はっ、はは、話し合おうッ! 暴力なんて野蛮なことだっ、今までのことは謝るからどうか鎮まってくれ!」
泣き震えながら魔物たちに語り掛けるケイズ。
――だがしかし、意思の疎通を図るにはもう遅い。
すでに魔物たちは、目の前の男を殺すと決意していた。
仲間を殺されたサラたちやシルバーウルフたちも混ざり、ゆっくりとケイズに近づいていく。
「やっ、やめてくれッ! 悪かった、ワシが全部悪かった! 話せばわかるから、なッ!?」
『死ねぇええええええーーーーーーーーッ!』
「ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーッ!?」
森に轟く断末魔。
かくしてケイズは日が沈むまで、魔物たちによって嬲り尽くされていったのだった――!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・条件達成、『敵対者の殺害』を確認。
【魔の紋章】の深度上昇と共に、能力を追加します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
すこしでも
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
今後とも面白い物語を提供したいと思っていますので、ぜひブックマークして追いかけてくださいますと幸いです。
あなたのそのポイントが、すごく、すごく励みになるんです(ノシ ;ω;)ノシ バンバン
何卒、お願いします……!