63:屍姫
「――休憩にしよう。会議は一旦中断とする」
『……』
会議室を後にするラグナル。
沈黙する臣下たちを背に、豪奢なる王城の廊下を歩む。
「……クソがァっ……!」
口の中で小さく毒づく。
どうしてこんなことになってしまったのかと、新王は独り理不尽に怒った。
「本当ならば今ごろは、臣下たちに囃し立てられながら今後の国造りを議論していたはずなんだ……ッ! 大規模な王座就任パレードも企画し、民衆たちに山ほどの称賛を送られて……っ」
もはや、彼の表情に余裕などあらず。
早足でつかつかと歩みながら勝手な夢想を呟く姿は、まるで薬物中毒者のようだ。
そして、ラグナルは自室へとたどり着いた瞬間。
「ッ、クソがぁああああぁああァアアアッ! おのれッ、エレン・アークスめぇー---ッ!」
声を一気に荒らげると、手近な花瓶を殴り割った……!
それだけに留まらず、目につく調度品を乱暴に薙ぎ払っていく。
「おのれエレン……おのれ魔王軍……! お前たちのせいで、オレの計画は滅茶苦茶だ……ッ! 本来ならば片手間に葬るはずだった踏み台ごときが、好き勝手に暴れやがってぇッ!」
激情のままに乱れるラグナル。
好青年を気取る彼の仮面は、今や完全に剥がれ落ちていた。
――彼の心を搔き乱しているのは、予想の億倍以上に暴れたエレンたちの存在に他ならない。
つい先まで行っていた会議も、一晩にして西部を墜とした魔王軍にどう対処するか決めるためのものだった。
……無論、解決策など出るわけがない。いくら臣下たちが縋るような目で見てこようが、ラグナルが王になったのは昨日の話なのだ。仕事の引き継ぎすら出来ていない状態で、いきなり意味不明な怪物軍団を相手にしろなど無理がある。
「クソぉ……チクショウォッ……!」
ひとしきり暴れ終えた後、ラグナルは子供のようにベッドに顔を埋めてしまった。
今の彼は雁字搦めだ。エレンのブチ切れた行動によって、謀らずともラグナルの『負債』が大爆発を起こしていた。
……まず彼は、罪人を始末することで王になるという、『英雄』じみたパフォーマンスを行ってしまった。
ゆえに臣下たちも、彼を成り上がりの若者ではなく頼れる漢として扱ってしまう。
その結果が、先ほどの会議での消沈した部屋の雰囲気だ。
頼れると思っていた英雄が何も解決策を出せなかったことで、臣下たちは完全に失望してしまっていた。
さらに言えば、ラグナルは暗殺によって成り上がった身である。
信頼できて腕も立つ殺し屋を、誰にも悟られることなく探し出すのは苦労がいる。
しかもラグナルは慎重をきたし、使い終えた暗殺者を殺す暗殺者まで準備していた。
……これにより、コツコツと政権交代の準備をしていたスクルド王子と決定的な差が出てしまう。
大量の時間と労力を暗殺のために割いてしまったことで、彼は未熟なままで王座に就いてしまったのだ。
どんな部下がどんな能力を持っていて、どんな時にどんな命令系統を使ってどんな風に指示すればいいかわからない……!
それが『英雄』じみたデビューを果たした件と合わさり、臣下たちにたちまち無能を見抜かれてしまったのである。
「どうして……こんなことにぃいい……ッ!」
王の居室に、やがて嗚咽が響き始めた。
ラグナル・フォン・ニダヴェリールは優秀な男である。王になるための勉強を完全にしていなかったわけではないし、簡単な問題であれば未熟さを見せることなく解決できただろう。
そうやって王になった後、ゆっくりと実地で仕事を学んでいけば、彼は普通に有能な指導者になれたはずだ。
――だがしかし、エレンをブチキレさせた一件が彼の全てを破壊した。
民衆を盛り上がらせるために行った、スクルドの母親の公開処刑。
それが民衆たちだけではなく、『魔王』の怒りの導火線にまで火を付けてしまった。
エレン・アークスは、決して好戦的な人物ではない。
もしもラグナルが玉座に就かなければ、ある程度の武力行使を行いながらも、国に交渉を呼びかけながら行動していたことだろう。
次期国王であるスクルドとも友好関係を築いたことで、もしかしたら平和的に活動を終えていたかもしれない。
「うぅぅうぅ……オレは、最高の王になりたかっただけなのに……ッ!」
――されど、ラグナルという最低の男が起爆剤となってしまった。
エレンは好戦的ではない。しかし同時に人格者でもないのだ。
キレる時は、当たり前にキレる。しかも仲間を傷付けられたら、あの少年はもう容赦しない。
「オ、オレは……どんなヤツを、相手にしてしまったんだ……ッ!?」
ゆえに、ラグナルの滅びは必定である。
彼はスクルドの母を殺し、それによってスクルドは錯乱して自殺しかけた。
ゆえに終わりだ。もうお終いだ。
目の前で仲間の少女を狂死させられかけて、キレない男がどこにいる?
――ゆえに、もはや、『魔王』はラグナルを許さない。
“全能力を使って男をこの世から消す”と、心に強く決めてしまった。
そして、実際に一晩で国の西側を完全制圧してみせた。
その行動力から伝わる『殺意』に、ラグナルはベッドで震え続けた。
「オレ、は……どうしたら……」
かくして絶望する新王。
今の彼は、シーツを涙で濡らすことしか出来ない無能だ。
傲慢なる男はこの日はじめて、赤子になって全ての問題を誰かに任せてしまいたいと思った。
「うぅぅぅぅ……!」
無論、そんな願いが叶うわけもないとわかっている。
それゆえに苦悩し、懊悩し、ひたすらグズグズと泣いていた――その時。
「……あらあらあらぁ~♡ 王様ってば、ずいぶんとカワイイことになってまちゅねぇ~?」
――優しき母の声色で、邪悪なる少女が姿を現した。
「ぁっ……ヘラ……?」
顔を上げるラグナル。
泣き腫らした彼の目に、『死骸術師ヘラ』の陽気な笑顔が映り込む。
「はいはい、ヘラちゃんですよ~☆ 王様ってばおめめが真っ赤でちゅよぉ~? 大丈夫でちゅか~っ?♡」
この非常時にも関わらず、オンナは極めていつも通りだった。
紫色のツインテールと膨らませすぎた胸を揺らしながら、赤と青のオッドアイをニマニマと悪意に輝かせている。
そんな、『王国最狂の大犯罪者』を前に、ラグナルの怒りが爆発する。
「ぉ、お前ッ、こんな時に何を笑っているッ!? もしもこの国が潰されたら、貴様に払う予定だった大金も全てナシになるんだぞッ!」
声を荒らげオンナを睨む。
今のラグナルに精神的な余裕はない。自身のことを赤子扱いされたこともあり、本気で腰の剣を抜きかけた。
だが、
「――大丈夫大丈夫。アナタのことは、ママが守ってあげますからねぇ?」
ヘラは全く彼を恐れず、豊満な胸に男の顔を抱き寄せた。
「むぐッ……!?」
突然のことに戸惑うラグナル。
即座に突き飛ばさんとしたが、媚薬のごとき甘い香りが抗うチカラを抜けさせる……!
「ウフフ、落ち着いたかしら? ――このオッパイね、未成年の妊婦からチギり取って植え付けたの☆
だから母乳がたぁ~っぷり詰まってて、すごくエッチな匂いがするでしょ?」
「ッ……!?」
その瞬間、ラグナルは勢いよく顔を離した。
必死で顔を拭いながら、思わず『死体』に欲情しかけた事実を恥じる。
「くそっ、惑わすなヘラ! この気狂いの変質者がっ!」
「やぁ~んっこわーい☆」
……身体をくねらせるオンナを前に、ラグナルは彼女の正体を思い返した。
国家最大の犯罪者、『死骸術師ヘラ』。
その二つ名の通り、人間の死体を操るという特異な術式を持った人物である。
「まぁまぁそんなに怒らないでよ。何ならアタシをレイプする? 最近処女膜取り付けたから、きっと楽しくアソべるわよぉ~♡」
「下衆が……!」
思わず吐き気を覚えるラグナル。
彼女の人格は極めて邪悪。性と死に酔う冒涜者の極み。
死体の一部を自身のモノにすることもでき、現在の容姿もソレによって作り上げたものだった。
まさに最低最悪の塵屑である。
「うひひひッ☆ 遠慮せずにスッキリしちゃいなさいよぉ~? オトコってのはイッパツ犯れば大概気分がよくなるものよ。アタシもそうだったから、間違いないわっ♡」
「チッ、お前ごときと一緒にするな……! 快楽のためなら何でもするお前と違い、オレは出世のために何でもする男だッ!
ゆえに、お前のような吐瀉物のカスとも組んで、王になったというのにィイ……っ!」
悔し涙が床へと落ちる。
自身の追い詰められた状況を思い出し、ラグナルは再び苦悩に呻いた。
――そんな彼の下がった顎を、ヘラは指先で持ち上げた。
「ッ、ヘラ……!?」
「ハイハイ、しょげるのは終わりよ王様。……さっきアナタが言った通り、ヘラちゃんも報酬が貰えなくなるのはイヤだからねぇ~。だからちょっぴりガンバってあげたわンっ☆」
そう言って彼女は、二色の眼を窓の外へと向けた。
ラグナルもまたその視線を追うと、そこには――。
『ラぐナル、サマァ……! 救援に、駆けツケまシタァぁああぁあ……!』
「ッッッ!?」
そこには……王都を取り囲むような、何万人もの人々がいた。
一斉にラグナルに向かって手を振るい、笑顔で声援を送っている。
まさに、新王ラグナルが夢想していた光景である。
もはや魔王軍の跳梁跋扈により、集まらないと思っていた民兵たち。
ソレらが、今、ラグナルの目の前に存在していた。
「ヘ……ヘラ、彼らは……もしかしなくても……?」
「ええっ! アイツらぜ~んぶッ、『死体』よんッ!☆」
――その一言に、ラグナルは喜べばいいのか泣けばいいのかわからなくなる。
やはり、現実は残酷である。
あれほど大量の民兵が都合よく来てくれるわけがない。全ては隣にいる大犯罪者により用意されたものだった。
「ヘラちゃんってば有能なのよネぇ~♡ 術式を構築する時間さえあれば、どこにある死体にだって意識を転移できるわけヨ。
それで昨晩、“魔王軍ってなんじゃらホイ”と西部地方のテキトーな死体に憑依してみたら……もうビビッたわぁ。黒髪のイケメンくんが魔物のチカラやら使って、都市を堕としまくっててさぁ~」
――アレは本当に『魔王』だわぁ、とヘラはわざとらしく身体を震わせる。
しかし、その目は笑っていなかった。
エレン・アークスという男の異常な能力と危険性を見抜き、恐るべき存在であると評価していた。
「なにっ、魔物の力を……?」
「そうよラグナル。アンタは想像以上にヤバい相手をキレさせちゃったってワケ。
だからこのままじゃぁ国が滅びると思ってね。王都の周辺都市に毒ガスを撒いてみんな殺して、ゾンビに変えておきました~☆」
「なっ……!?」
独断でおぞましい行動をしていたヘラ。
だが、ラグナルはもう怒らない。民衆たちへの哀れみなど今はどうでもいい。
むしろ彼女の有能な働きぶりに、心の底から感謝する。
「ぁ……ありがとう、ヘラッ……! ゾンビならば恐れず敵に突撃できるッ! どんな命令も聞いてくれるっ!」
「えぇその通りよ。彼らには『ラグナルに従い、常に応援し続けろ』とインプットしてあるわ。脳が腐り果てるまでは、忠実に行動してくれるでしょう」
「そうか、そうかぁ……!」
ヘラの独断に感謝が止まらない。
人間という生き物は極めて乗せられやすいものだ。
あれだけ大量の『ラグナル信者』が現れたなら、他の民衆も勢いに浮かされ、恐るべき魔王軍に立ち向かってくれるだろう。
実際に、静まり返っていた会議室のほうからも『おぉッ、あれだけの救援が!?』『ラグナル様っ、なんという人徳!』と盛り上がる声が響いてきた。
「さぁラグナル、戦いはこれからよ。他にも隠し玉だって用意してきたわ。王たる力を見せてやりましょう?」
「あぁ……ああッ! もちろんだっ!」
ラグナルの瞳に輝きが戻る。
彼は西方の巨大魔王城を見据えると、演技ではなく心のままに言い放った。
「待っているがいい、魔王エレンよッ! 強大なる貴様を打ち倒し、我が伝説の礎に変えてくれるわ!」
堂々と響く新王の宣言。
そうして彼は笑いながら、意気揚々と会議室に戻っていくのだった。
「……うふふ、ヘラちゃんママは応援してまちゅよ~♡」
かくして――舞い込んできた希望の光に、男は瞳を眩ませてしまう。
甘い声色で彼を見送るメイド服の少女。
彼女が救いの聖母ではなく……邪悪極まる屍姫であることを、ラグナルはこの瞬間に忘れてしまったのである。
・【悲報】ラグナルくん、赤ちゃんになる。
『面白い』『更新早くしろ』『止まるんじゃねぇぞ』『死んでもエタるな』『こんな展開が見たい!!!』『これなんやねん!』『こんなキャラ出せ!』
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