62:不穏なる影
――大侵略を終えた早朝。
俺はレイアと共に『魔城グラズヘイム』の屋根に上り、遠方に見える王都を見下ろしていた。
そう。奪い取った都市の数々を、新たな能力【魔王の盤上遊戯】によって無理やり山型に融合させたのだ。
その結果出来上がったのが、魔城を頂点としたこの巨大城塞拠点である。
「いい景色だなぁ。こんな風に上から見渡すことも出来るし、いざ攻め入られても、常に敵の頭上を取ることも出来る。アイディアを出してくれたレイアに感謝だよ」
「うふふっ、生きてた頃は戦争しかしてませんでしたからっ! むふー!」
「それはそれでどうなんだ……?」
……ドヤ顔をするレイアさんに思わずボソリと突っ込んでしまう。
まぁ人生の殺伐具合なら俺もそこまで負けてないか。
ともかく、流石は歴戦の元魔王様だ。当初は彼女自身も知らない【魔王の盤上遊戯】の力に『なにそれッ!? わたくしの時にはそんなチカラなかったのに!?』とビビっていたが、すぐにその有用性を認め、都市構造を考えてくれた。本当に頼れる先輩だよ。
「さぁて。立派な拠点も出来上がったし、この調子でバリバリ侵略しますかぁ! ――って言いたいところだが……イタタタッ……!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
握りこぶしを作ろうとしたところで、全身に痛みが走るのを感じる。
どうやら昨夜の侵略祭りで、俺の身体もボロボロらしい。
「うーん……筋力強化の魔宝具『黒剣グラム』を使いすぎたな……。それと、魔物から能力を借りるチカラも、流石に反動ナシってわけにはいかないんだな……」
「あぁ……あの能力はあくまでも、『魔の紋章』を介した無理やりな異能の再現に過ぎませんからね。慣れれば負荷も減ってきますが、多用のし過ぎは身体に毒ですよ」
「了解っと……」
先輩の言葉に素直に頷く。
トロロの【怪力】やシルたちの【音速疾走】はとても便利だが、使った後は身体が痛くなる。
またドラゴンの【絶対防壁】やサラの【火炎】など、何かを生み出す力を使った後は頭が重くなるのを感じる。
まぁどちらも数回使っただけなら平気だが、昨晩は暴れまくったからなぁ……。
「今のところ、行動に支障をきたさずに異能を使える回数は十回くらいまで。また、同時に使用できるのは二つまでってところだなぁ」
「どーせなら使い放題がよかったんですけどねー。それならわたくしも魔王時代、ラクに人類を滅ぼせたのに……」
「お、おう」
ちょろっと暗黒オーラを出すレイアさんに少し引いてしまう。
先輩、元ヤンの顔が出てるっすよ……!
「さてエレン様っ!」
「なんですかレイアさん」
「ってなんで敬語なんですか……。
とにかく、今日は一日カラダを休めましょう。エレン様はもちろんのこと、シルさんたちも疲れてますからねぇ。あとは無理やり仲間に組み込んだ魔物たちとも、一度はちゃんとコミュニケーションを取る必要もあるでしょうし」
「あぁ、それはたしかにだな」
休息と信頼関係の構築。どちらも欠かしてはいけないよなぁ。
出来れば一気に王都まで墜としたいところだが、無理して全滅なんてこいたら笑えもしない。
「新しく仲間になった魔物たちは、ざっと四千体ってところか。これでこっちは総軍五千。かなりの規模にはなったが、まだまだ油断はできないな」
「えぇ。ですが敵軍も、もうお祭り感覚で滅ぼしに来るようなことはないと思いますよ?
エレン様が行った一晩での大侵略と拠点作成により、敵の上層部はビビり散らしているはずです。民衆たちも頭が冷えて、迂闊に手を貸すこともなくなるかとっ!」
自信満々に語るレイア。
なるほど。たしかにこれだけの脅威を世に知らしめれば、ホイホイと民兵に加わるようなヤツも減るか。
昨晩の大暴走は、謀らずとも敵の兵力ダウンに繋がったらしい。ラグナルの宣伝効果も台無しに出来たようで何よりだよ。
「そりゃあよかった。じゃあレイア、俺は一旦寝させてもらうよ」
「かしこまりました。では、後の見張りは疲れ知らずな幽霊のわたくしが――」
と、そこで。
レイアが優雅に頭を下げた後、王都のほうに目を向けた時だった。
彼女の赤く綺麗な瞳が、ハッと見開かれる。
「あれは、一体……?」
「どうしたレイア? なにが……、っ!?」
彼女に続いて俺も気付いた。
朝霧も消え、つい先ほどまでよりさらに見えやすくなった国の首都。そこに向かって一斉に、多数の民衆が集まってきていることに……!
隣りに立ったレイアの表情が強張る。
「っ……愚かな人たちですね。西部地方がわたくしたちに支配されたことも知らず、覚悟もなしに王都に集結するなんて」
「いや待てレイア……少しおかしくないか?」
レイアの言葉に口をはさむ。
別に、彼女の言ったことは間違ってはいない。
噂がそこまで早く広まるとは思っていないからな。中には俺たち魔王軍の脅威も知らず、今も王都に向かっている連中もいるだろう。
だがしかし、だ。
「見ろよあいつら……もう王都まで近づいてきてるんだぞ? もしかして、夜通し歩いてきたんじゃないか……?」
「ッ、それは……!?」
レイアも違和感に気付いたようだ。
そう。今は太陽が上がったばかりの早朝。たとえ近隣の街から出てきたとしても、夜更けから歩いてきたことになる。
いくらラグナルの言葉に熱狂したとはいえ、それは変だ。
「それに、だ。高いところから見渡しているからわかるが、あいつらの動きって……統制が取れすぎているような……」
ここからは黒い点にしか見えない人々。それらが四方から一斉に、同じような早さで進んでいるように見える。
まるで、角砂糖に群がらんとする黒蟻のように――。
「エレン様、彼らは一体……」
「わからない。ただ、まだまだ油断できないことは確かだな……!」
その異様な光景を前に、俺は覚悟を決めなおしたのだった。




