61:最悪の朝焼け
――王弟の子・ラグナルは、もはや自分の王道を阻むモノはないと信じていた。
ああ、国王と王子は排除した。自身の父も抹殺済みだ。
黒髪の女を上手く利用し、民衆たちから望まれる形で王位に就いた。
“あとは、『魔王軍』とやらを片付けるのみ……!”
黒髪の少年によって統制された、千匹規模の魔の軍勢。
なるほど確かに驚異的だ。小さな街であれば飲み込まれてしまうかもしれない。
されど、『国家』から見ればまだまだだ。多少は手こずるかもしれないが、負けは絶対にありえない。
むしろ少しは歯ごたえがある分だけ、国民連中に噛ませてやるには丁度いい……そんな認識しかラグナルは抱いていなかった。
“さぁ、明日になったら演説だ。改めて堂々と格好よく、民衆たちに戦力の募集を呼びかけよう……!”
かくして、そのようなことを思いながらラグナルが眠りに就いた――八時間後。
「――大変ですッ、ラグナル様ッ! 西部地方のほとんどの都市が、『魔王軍』によって陥落しましたァァァーーーッ!」
「…………は?」
……使用人の報告が理解できない。
このとき彼は、人生で初めて頭が真っ白になるという感覚を覚えた。
朝起きたら、国力の五分の一ほどが削られていた。
そんな事態は予想できるわけがない……!
「待て……少し待て。いや、うむ、わかった」
思わず取り乱しそうになる気持ちを押さえ、冷静に振る舞おうとするラグナル。
ここで醜態を晒すわけにはいかない。彼が目指すのはただの王ではなく、『歴代最高の王』なのだから……!
ラグナルは即座に起き上がると、燃え滾った表情で舌を回した。
「おのれ『魔王軍』めッ……夜襲を掛けるとは卑怯千万ッ! やはり討つべき国家の悪か!」
拳を握り、怒りで震えているように見せかける。
はたから見たら、まさに義憤に燃える青年だ。
――されど実際は時間稼ぎ。ただただ無心で拳を震わせている間に、優秀な脳内で対策案を練り上げる。
「よしッ……すぐさま部隊を動かそう! 敵は一晩中動き回ったことで疲れているはずだッ!
さらに言えば、支配地を無為に広げたところで管理できるわけがない。おそらく『魔王軍』は今ごろ、三つか四つの都市に部隊を割いて駐留地として抑えているはず。ならば各個撃破は簡単なことだ。
もしも一つの都市に全軍で留まっているとしても、その場合には周囲の都市を奪い返してこちらの駐留地とし、ジワジワと全方位から攻撃を繰り返せば……!」
「あっ、あの、ラグナル様……!」
と、そこで。
ラグナル・フォン・ニダヴェリールの言葉を遮り、使用人がおずおずと手を挙げた。
「むッ……どうした?」
「そ、そのっ、続けて報告がありまして……! 『魔王軍』の、現在の駐留地なのですがぁあぁ……!」
ガタガタと震えながら西側の窓を見る使用人。
それに合わせて、ラグナルも訝しげに目を向ける。
ああ……外の景色は快晴そのものだ。王城の外には城下町が広がり、その向こうには青々とした草原があり、さらに奥にはいくつかの山があり……。
「……む? 山の数が……む……?」
その瞬間、ラグナルは違和感を覚えた。
これまで二十数年ほど見てきた景色が、どうにもおかしい。
西方に見える山が、なぜか一つ増えているように思えるのだ……!
――そうして首を捻るラグナルに、使用人は泣きそうな表情で告げた。
「ま、『魔王軍』の長、エレン・アークスはっ、謎の力を使って奪い取った都市を一つに融合させたそうですッ!」
「は?」
「今や西部地方には、山のごとく盛り上がった巨大城塞都市が完成しており……攻め入るのは困難とのことッ!」
「…………はぁあぁあぁあぁ!?」
……再び真っ白になるラグナルの思考。
この日、彼は初めて外面というものを忘れて、何秒間も口を開けて固まり続けたのだった……!