60:魔王蹂躙
西部地方のとある領主にとって、その強襲は突然だった。
ラグナルの扇動に浮かされて燃え上がった心を、酒と女で沈めた夜のことだ。彼は夜更けに使用人によって叩き起こされた。
当然ながら目覚めは最悪。起こしてきた者に対し、「何事だ!?」と不機嫌そうに問いただし――されど次の瞬間、顔を青ざめさせることになる。
「領主様ッ、お聞きくださいっ! 例の『魔王軍』が街を襲い、たった数分で全ての魔物を解放しましたぁあああぁぁあ……ッ!」
「はッ、はぁぁあッ!?」
素っ頓狂な叫びが屋敷に響く。
慌てて彼がカーテンを開き、街の様子を見た時には……、
『グガァアアアアアァアアアアーーーーーッッッ!!!(全員ブッコロシテヤルッ!)』
そこには、地獄が広がっていた。
解放された奴隷の魔物たちが好き勝手に暴れ狂い、飼い主たちを抹殺していた。
彼らを縛り付けていた『呪縛の魔法紋』はすでにあらず。
鋭い爪撃に斬り裂かれ、もはや何の意味もない傷跡と成り果てていた。
「なっ、ななっ、なんだこれはッ!?」
前代未聞の出来事に震え上がる領主。
そして、彼がどうにか気分を落ち着けようと、寝台の下に転がっていた酒瓶を呷ろうとした……その時。
「ここが領主の屋敷か、邪魔するぞ」
かくして次瞬、豪邸の壁が粉々に殴り壊される――!
部屋に舞い散る大量の粉塵。ソレをおもわず吸い込んでしまい、領主はむせて転げまわった。
「ゴホォッ、グホッ!? なっ……こ、今度は一体なんなんだぁッ!?」
もはや訳がわからなかった。
悪夢だというのなら覚めてほしい。
「なぜ、街の魔物たちが暴れているんだ……? どうして私の屋敷が壊されるんだ! 私はっ、私は何も悪いことなんてしてないのにィーーーーッ!」
そう叫んだ、彼の顔面を。
「――寝ぼけてんじゃねぇぞオラァーーーーーッ!!!」
粉塵の中より現れた『黒髪の男』が、全力でその顔を殴り抜いた――ッ!
「ゲボォオォォォォォオオッ!?」
壁を何枚も突き破りながら吹き飛んでいく領主。
激しい痛みと衝撃によって意識が一気に消えていく中、彼は自分を殴った下手人の姿に、“あぁまさか……!”と最後に悟る。
「お前がッ、『魔王軍』のォォォォォオー-----ッ!?」
「あぁそうだ、俺の名はエレン・アークス。――お前たち王国民が、酒盛りしながらブッ殺そうとしていた敵軍の大将だよ……ッ!」
堂々と名乗る黒髪の男と、その背後に侍りし千の魔物たち。
その悪夢的な光景に「ひぃッ!?」と喉を鳴らしながら、領主は屋敷の外まで吹き飛んでいったのだった……。
「……運が良ければ生きてるかもな。まっ、そっちのほうが不幸だろうがな……」
『魔王エレン』は静かに呟く。
領主の吹き飛ばされたほうから、『イたッ! この街のボスダッ!』『喰イ殺セッ!』と、虐げられていた街の魔物たちの声が響いた。
全ては因果応報だ。もはや、男の末路は語るまでもないだろう。
「――さぁ、敵将の排除完了だ。兵士も全て片付けた。これより解放した魔物たちを吸収し、次の街を潰しに向かうぞッ!」
『ウォオオオオオーーーーーーッ!』
血潮と戦火と闇夜を背景に、咆哮を上げる魔の軍勢。
――こうして『魔王軍』による、逆襲の百鬼夜行が始まった。
戦術は極めて単純だ。
音を置き去りとする銀狼部隊を先行させ、街の魔物たちを瞬く間に解放。
そして彼らが暴れ狂い、人々が混乱している間に一気に襲撃。
兵士たちを薙ぎ払いながら堂々と広間に躍り出て、高らかな声でこう叫ぶのだ。
「『魔王』の首がここにあるぞッ! 死にたいヤツだけかかってこいッ!」
……かくして『魔王軍』は、向かってくる者たちを全て血祭りに上げ、最後は領主は片づけることで完全勝利を果たしていく。
『まだだ、まだだ、まだだまだだまだだ……!』
「そう、まだだ。この程度の侵略じゃ、頭の腐ったニダヴェリール民は気付かない。
黒髪の者や魔物たちだって、本気で怒らせれば牙を剥くことを……!」
魔の進撃は止まらない。
人外特有の体力と速力により戦い続ける魔王軍。
勝利するたびに配下の魔物は増え、まさに蝗の大軍がごとく複数の都市が墜ちていく。
「わからせてやる……死の瞬間に『恐怖』と『痛み』を刻みこんでやる……ッ! さぁラグナル、どうかベッドで待ってろよ。王たるお前に見合うよう、朝になる頃には大軍勢を創り上げてやるからよォ……!」
王都に向かってエレンは唸る。
人の身でありながら魔物以上の力を発揮し、何百もの戦士たちを斬って殴って燃やし尽くす。
ああ、その姿はまさに魔王……!
――こうして『魔王軍』は朝日が昇るまでの間に、十を超える都市を陥落させたのだった……!
・ラグナルくんわからせRTA




