58:邪悪なる王
「――ワハハハハハハハハッ! あぁまったく、実に愉快だったなぁオイッ!」
王の居室に男の声が響き渡る。
今、王弟の子・ラグナル改め、『新王ラグナル』は、幸福と達成感の絶頂にいた。
つい先刻まで前王が座っていた椅子に腰かけ、豪快に笑いながらワインを呷る。
「ングッ……プハァッ! ふははははっ、勝利の後の酒は美味いなぁ! 特に……政敵に毒酒を飲ませた後の酒は格別だ……ッ!」
邪悪な笑みを浮かべるラグナル。
そう。前王の死は、彼によって謀られたものだった。
全ては最高のタイミングで、国民たちにもっとも祝福される形で玉座に着くために……かねてよりラグナルは、王の暗殺を計画していたのだ。
彼はグラスを机に置くと、傍らに立つ『協力者』に感謝の視線を向けた。
「――助かったぞ、ヘラよ。キミが美人メイドに扮していてくれたおかげで、前王も疑うことなく毒杯を呷ってくれたものだ」
「イエイエ~☆ どーせ死にかけの爺さんだったし、ラクな仕事だったわよンっ♡」
そう言って身体をくねらせたのは、とても珍しい紫色の髪をしたメイドだった。
瞳の色は赤と青のオッドアイ。その容貌はとても幼げで、しかし身体付きはどんな男も欲情するほど成熟しているという、まるで誰かの妄想を抜き出したかのような少女だ。
彼女は小悪魔的な笑み――というには下劣すぎる微笑を浮かべると、新王ラグナルにしなだれかかった。
「ウフフフフッ、第一王子のスクルドくんってば本当にいいタイミングで消えてくれたわね~? 抹殺する手間が省けたじゃないのっ☆」
「あぁ、まったくだ。おかげで子飼いの暗殺者連中は、少々不服そうだったがね」
頬づえを付きながら、ラグナルはつい先日の夜を思い出した。
彼はその日、『瘴気の発生したペインター領を調査する』という名目で旅立ったスクルドを追いかけていた。
可愛い弟分の支援をするためと偽り……実際には、スクルドを暗殺するために。
「怖いわねぇぇぇえ~~っ! 王様になるために、親戚までぶっ殺そうとするなんてッ!
オトコの出世欲ってヤツぅ~!? ヘラちゃんそういうのわかんなーいっ!☆」
「フッ、よく言う……。まぁともかく、あそこでポルン・ペインターという男に出会えたのは幸福だったよ。
彼のおかげで、スクルドが『魔王軍』なる連中に討たれたことがわかった」
――そう知ってからのラグナルの動きは速かった。
すかさず王都に駆け戻るや、国王陛下の暗殺を決行。
それからすぐに王が匿っていた黒髪の女を引きずり出し、国民の前で公開処刑。
そして最後に、その『魔王軍』とやらを全国民の敵に仕立て上げることで全員の心を一致させ、見事にラグナルは国王として君臨したわけである。
「フハハ……王になるべく、正妃を寝取って味方にした時には驚いたものだ。
まさかスクルドが彼女の子ではなく、しかも黒髪の血筋であると知らされるとは。ベッドの上で飛び跳ねかけたよ」
「最高のスキャンダルってヤツね~☆ んで、あとはどのタイミングでその情報を使うかが問題だったわけネ?」
「あぁそうとも。これが意外と難しかった。王とスクルドは全力で否定しようとしてきただろうし、そうしてチマチマと論争している間に、当時はどこに匿われているかわからなかった黒髪の母親が顔を潰して自害したらアウトだからな」
肩をすくめるラグナル。大事な『証拠』を潰されるわけにはいかないと語る。
元より彼は、王にも正妃にも似ないスクルドの顔付きと青い瞳を不審に思っていた。
そこで正妃より齎された真の母親の情報により、かの第一王子の容貌はその女性より引き継いだのだろうと悟った。
「ゆえに、重要なのはタイミングと速さだった。
王とスクルドをほぼ同時に黙らせ、黒髪の女を速攻で捕らえて国民の前に晒し上げる。それが理想の形だ」
「ウフフッ、それで結果は?☆」
「ハッ――理想以上だともッ! ポルン・ペインター曰く、『魔王軍』を率いているのは黒髪の男らしい。おかげで国民を燃え上がらせるための、次なる敵まで用意できたッ!」
運命に感謝と、ラグナルは笑う。
彼の心に罪悪感など微塵もなかった。つい先ほどには女を直接殺したというのに、その笑顔は快活そのもの。
出世のためならあらゆる手段を尽くすエゴイスト……それがラグナル・フォン・ニダヴェリールの本性だった。
「やぁね~、本当に怖い王様だわン! ……あぁところで、黒髪の女の死体って残ってる? 脚の骨格がスラっとして綺麗だったから、ヘラちゃんに植え付けちゃおうかな~って☆」
「はぁ、相変わらず趣味が悪いなぁ、『死骸術師のヘラ』よ。まぁ好きにするがいいさ。
――さて、オレも『魔王軍』を討つべく準備をしないとなぁ……!」
腰を上げるラグナル。
国王しか着用の許されないマントを纏い、彼は玉座へと向かっていく。
「さぁ、勝負だエレン・アークスとやら。国家の全てをぶつけてやる。せいぜいオレの踏み台となるべく、必死であがき苦しむがいい……!」