56:最悪の宴
『――民衆たちよ、聞き給まえッ!』
魔城の外より響く一声。
覇気に溢れた男の叫びが、俺たちの耳朶を震わせる。
「ッ、何事だ!?」
スクルド姫との歓談から一転。異常事態を察知した俺は、声の聞こえてきた方角――王都のある東の窓に駆け寄った。
かくして次瞬。東方の空を睨んだ俺は、信じられない光景に瞠目する。
「な、なんだ……アレは……っ!?」
そこには、雲を突き抜けるほどに巨大な男の姿があった。
「巨人って、やつか……!?」
「――いや違う。あれは王家の秘蔵魔宝具『フギニムの光鏡』によって作り出された幻影だ。かの魔宝具は、映り込んだ対象の姿と声を国中に届けられるのだ」
戸惑う俺にスクルドが近寄る。
彼女もまた窓辺に立つと、困惑の表情で男を見つめた。
「そして……彼こそは先ほど語ろうとしていた私の従兄、ラグナル・フォン・ニダヴェリールに他ならない」
「あいつが……!?」
再び男の虚像を眺める。
……たしかに、国王の近親者に相応しき上品な顔付きをしている。
華美な礼装に、切り揃えられた金色の髪。そして輝く陽光色の瞳は、どれを取っても気高く美しい。
スクルドよりも背丈があって精悍な分、むしろあちらのほうが王子らしいかもしれない。
「なるほど、巨人じゃなくて虚像か……魔物たちが騒がないように念話で教えておくか。
で、その従兄さんが一体どうしたっていうんだよ? そんな秘蔵の魔宝具とやらまで使って……」
「わからない。そもそも『フギニムの光鏡』は、当代の国王が重大な宣言をするときにのみ使用が許されるものだ。ソレを、なぜ王弟の子にしか過ぎないラグナル兄様が……?」
彼女もまったく理解できないという様子だ。
そうして戸惑う俺たちに、ラグナルは次なる言葉を放つ。
『率直に言おう。国王陛下が、急死した』
「「ッ!?」」
突然の知らせに俺とスクルドは目を見開いた。
とりわけ、スクルドの動揺は大きい。「父王陛下が……父様が?」と呟き、固まってしまう。
「スクルド、大丈夫か……?」
「ぁ……あぁ、問題ない……。元より、父のことはあまり好きではなかった。戯れに母を抱き、生まれた私を無理やりに王子にしたような男だ……! 歳もそれなりに取っていたし、別にいつ死んでもっ――」
「無理すんな」
俺はスクルドの言葉を遮り、その肩を抱き寄せた。
彼女の肩は、目に見えて震えていた。
「っ……すまない……」
「いいよ。……親父さんのこと、好きでもなかったけど嫌いでもなかったんだろう?」
「……」
無言で頷くスクルド。その瞳はわずかに濡れていた。
……父親からは散々苦労を掛けられたと語る彼女だが、決して暴力を振るわれたなど、そうした話は出なかったからなぁ。
親子の間に愛はなくとも、憎しみもまたなかったのなら、それなりに心に堪えるはずだ。
『――あぁ諸君、悲しいだろう!? 悔しいだろうッ!?』
「ッ……!」
と、そこで。
大仰な手ぶりで続けられるラグナルの演説。
それが一瞬――まるで悲しむスクルドを煽っているように聞こえてしまった。
『あぁわかるとも。オレもまた、偉大なる国王の死に酷く心を傷めているッ!
ぁあ、ああっ……だがしかしだッ! だがしかし、オレは王族としてあえて言おうッ! 国王は、死んで当然のゴミだったとッ!』
「ラっ、ラグナル兄様……!?」
――突然の言葉に、俯いていたスクルドがばっと顔を上げた……!
俺も同じく面食らう。
今、このラグナル・フォン・ニダヴェリールという男は、死者を罵る言葉を吐いたのだ……!
しかも相手は国王陛下。不敬罪どころの話ではない。
「あいつ、何のつもりで……!?」
まるで意図が分からない……。
そんな俺たちの疑念に答えるように――ラグナルは、拳を握って言い放つ。
『国王はッ、あの男はオレたちのことを裏切っていたのだ……ッ! なぁ諸君、こんな噂を聞いたことがあるかッ!? “王は、黒髪の女と子を成した”という話を!』
「「ッ――!?」」
まさか、と。
俺とスクルドは同時に呟いてしまう。
まさか……ラグナルの狙いは……これからやろうとしていることは……!
『嗚呼ぁあぁぁッ、そうッッッ! オレも最初は不敬極まるウワサだと思っていたともッ! 「偉大なる国王が黒髪の売女と交わるなどありえないッ!」とッ、噂を流したダレかに対して激怒していたともッ!』
だがしかしッ――と、ラグナルは涙を流しながら言葉を切り……そして、
『オレはッ、偶然にも知ってしまった……ッ! 王の遺品を整理しようとッ、偶然にも居室を見て回っていた際ッ、偶然にも見つけてしまい……そして、開けてしまったのだッ! 王国最大の恥辱に繋がる、禁忌の扉をー--ッ!』
そして……ラグナルは足元に転がった女性を掴み上げた。
『さぁ人々よ、見るがいいッ! この女こそ、国王の犯した罪の象徴! 彼の隠し部屋でのうのうと暮らしていた国家の汚物ッ! またの言い方を――!』
黒き長髪を力づくで引っ張り、ラグナルはその人を国中に晒し上げる。
隣に立つスクルドが、「あぁッ!?」と悲鳴じみた声を上げた。
『またの言い方を――第一王子スクルドの母親だ……ッ!』
かくして、衆目に晒される黒髪の女性。
泣き震えた彼女の顔付きは――スクルド・フォン・ニダヴェリールと、どうしようもなく似通っていた……!




