53:眠れる魔城の王子
ペインターの街を征服してから三日が経った。
街の様子は極めて平和だ。
奴隷扱いだったテイマーギルドの魔物たちは好きな住居に定住し、重労働により弱った身体を癒している。
黒髪の者たちのほうも、『魔王軍のために働きたい』と率先して願い出てくれる者が現れ始めた。
魔王軍という括りの中で、共に励むようになった魔物の群れと黒髪たち。
まぁ今はどっちも接し方が分からずに戸惑っている様子だが、お互いに差別されてきた共通点もあり、特にトラブルもなく過ごしている。
負け犬同士……といったら例えが悪いが、それでも通じ合えるところがあるのはいいことだ。
みんな仲良くなってくれたら俺は嬉しい。
「――以上が、この街の現状だ。どうにか上手くやれてるよ、みんな俺のことを慕ってくれてるしな」
「嫌味かキサマッ!? 騎士団に陰口叩かれてた私への嫌味かッ!?」
魔王城の地下牢にて。
俺の報告に、スクルド・フォン・ニダヴェリールは元気に声を荒らげた。
そう。征服から三日目のお昼ごろ、ずっと眠りこけていたスクルド王子が目を覚ましたのだ。
一報を受けた俺は、急いで彼の下に駆け付け――るようなことはせず、仲間たちとお昼ご飯を食べた後にのんびりと会いに来たのだった。
「聞いてくれよ。今日はシルがご飯を作ってくれたんだぜ? あの子ってば最近までシルバーウルフだったから、包丁を持ったことすらなかっただろうに。それでも俺のためにこっそり練習してくれてたみたいでさぁ、嬉しいよなぁ~」
「知るかゴミがッ! 貴様のような黒髪のカスが仲間と乳繰り合った話を聞いたところで、私がほっこりすると思ったかッ!」
「あっ、ちなみにシルってのはお前の手下を皆殺しにした女の子な」
「なおさらほっこりせんわッッッ!?」
ギャーギャーと喚く王子様。これだけ騒げるならもう問題なさそうだな。
俺はベッドの上で半身を起こしているスクルドに近づき、彼の額に手を当てた。
「なっ、なっ、なっ……!?」
「よし、熱くないな。……お前は知らなかっただろうが、昨晩は酷い熱を出してたんだぜ?
知識自慢のハウリン曰く、俺にダメージを負わされる前から、ずいぶんと疲労が溜まっていたらしい。今までだいぶ無理してたんじゃないか?」
「ッ、うるさい!」
俺の手を払いのけるスクルド。
やはり病み上がりなこともあってか、その力は少女のように弱々しかった。
「クソッ……舐めるなよッ、エレン・アークス!? 私のことは交渉道具にするために生かしたんだろうが、そうはいくかッ! 父王陛下に迷惑をかけるくらいなら……!」
スクルドは大きく口を開くと、舌を伸ばして全力で顎を閉じようとした――!
舌を噛み切って自害するつもりらしい。だがさせるかよ。
俺は咄嗟に指を突き出し、口の間に挟み込んだ!
「ぬぅ……っ!?」
「イテテ……ッ! 雑用ばっかで手の皮が厚くなっててよかったぜ……」
引き抜いてみると、俺の指にはくっきりとした王子の歯形が。
軽くだが皮膚を突き破られており、少し遅れて血が滲み出る。
「よかったな王子、初めて俺にダメージを与えられたな。……今後はお前に見張りを付ける。もう二度と同じ真似はするなよ?」
「チィッ……自害さえも許してくれんのか……!」
憎々しげにこちらを睨むスクルド。
俺はその攻撃的な視線を真正面から受け止め、彼の側へと腰掛ける。
「なぁスクルド。俺はお前を国との交渉道具にするために生かしたんじゃない。お前に聞きたいことがあったからだ」
「聞きたいこと、だと?」
「ああ」
訝しむ王子に対し、俺は率直に言い放つ。
「教えてくれ。――お前の母親は、黒髪か?」
「ッ……!?」
俺の言葉に、固まるスクルド。
大きく目を見開き、シーツを強く握り締める。
そして…………数秒の時を置き、彼は答えた。
「それは……言えぬ。言うわけには、いかぬ……!」
「……そうかよ」
“言えない”という王子の返答。
それだけでもう――真実は明白だった。
「“違う”とは、言わないんだな……」
「……」
俺の問いかけに、スクルド王子は何も答えず俯くのだった――。




