52:歩み出す者たち
「――ギャハハハハハハッ! お前ら全員メスになってるとかウケるゴブゥ~! チンコ集団失踪事件ゴブーッ!」
「「「うるせぇメスガキリーダーッ! ブチ犯すゴブよッ!?」」」
「わーッ、メスガキ子分どもが襲ってきたゴブッ!? エレンのアニキ助けてーっ!」
……散策を終えた後のこと。
何も産まれない生殖活動を行うゴブリン軍団を横目に、俺は城の会議場にて悩んでいた(※ちなみにチンコ集団失踪事件を起こしたゴブリンたちは、全員ゴブゾーの配下たちだった。ゴベルグ率いる地下ゴブリンたちは普通に進化していた。これがリーダーの差ってやつか)。
「うーん、どうしたものかなぁ……」
俺の目の前には、先日保護した黒髪の者たちが。
その全員が、震えながら跪いていた。
「なッ、なんでも言うことを聞きますッ! その魔王軍とやらにも協力しますッ! ですから、殺さないで……っ!」
怯えながら頭を下げる黒髪の人々。その中には俺と顔見知りの者も少しはいるというのに、今や目も合わせてくれない。
……これはアレだな。俺が危惧していたパターンの一つか。
「俺が見せた力への恐れ、か……」
オースケたち街の魔物は『怖いからじゃなく、お前がダチだから従う』と言ってくれたが、黒髪の者たちは流石にダメみたいだ。
まぁ仕方ないよなぁ……。同胞ともいえる俺と彼らだけど、仲良くなることは出来なかった。
黒髪の者たちが家族以外と交流を持つのは、法律でほぼ禁止されているからだ。
「あー……その、あれだ。アナタたちが俺を恐れるのもしょうがないよ。
俺たち黒髪の者が交流していいのは13日の金曜日だけだし、大概その日も、街の連中から雑用を押し付けられているしなぁ。そんな中で理解し合うのは難しいよ……」
集団革命をさせづらくするための策なのだろう。
綿密な作戦会議を防ぎつつ、出会いの機会を制限することで出生率を最低ラインに抑えるわけだ。
スクルド王子から『黒髪の者は国に必要な差別層だ。生かさず殺さず飼っている』という話を聞いた後では、本当に反吐が出る思いだよ。
俺たちのことを人間だと思っていないのかよ……!
「エレンのアニキーッ、美少女になった手下たちに犯されてるゴブーッ! 嬉しいけど嬉しくないゴブ~ッ!」
「……ゴブゾー、頼むから今は静かにしてくれ」
狂乱する美少女たちに「続きはベッドでやれ」と命じる。
そうして泣きながら運ばれていく美少女を見送ると、俺は黒髪の者たちに向き直った。
「……なぁみんな。俺たちを差別する国が――世界が、嫌になったりはしないか? 社会のゴミと呼ばれて悔しくはないのか?
俺は『魔王』として、魔物だけじゃなく黒髪の者も差別されない居場所を作るつもりだ。そのためにも、恐怖からじゃなく本心から協力できたりはしないか……?」
『っ……』
伏して押し黙る同胞たち。
否定はしない……が、賛同することも出来ないという心境のようだ。
「わかるよ。たくさんの国々と戦いになるかもしれないことが怖いんだろう?
……別に責めたりなんてしないさ。ていうかそれが当然の反応だ。俺だって、急に変なチカラに目覚めなかったら、こんな大胆な行動は起こさなかったさ」
シルバーウルフのシルたちと出会った後……。
もしも『魔の紋章』が右手に発現しなかったら、俺はどうしていただろう?
もしかしたらケイズとの戦いで死んでいたかもしれない。たとえそれを乗り越えられても、新しい国を作るなんて発想はしなかったはずだ。
きっと銀狼たちと静かにひっそり、生を終えていたかもしれない。
――だけど、俺には力が宿った。世界を変えれるかもしれないほどの、力が。
「……みんなと違って、俺は理不尽に抗う力を得た。そして力を得たからには、果たさなきゃいけない義務があると思う」
右手を強く握り締める。
そこに刻まれた漆黒の紋章が、仄かに輝く。
「だからみんな。俺は戦っていくつもりだよ。たとえ黒髪のみんなが協力できなくても、俺は黒髪のみんなのために戦って見せる。
俺が怖ければ従わなくていい。街で平和に暮らしてくれ。
世界が怖ければ逃げてもいい。資金は渡すから、どこかで平和に過ごしてくれ。そのどちらを選んでも俺は責めない」
『…………』
語り聞かせる俺の言葉に、黒髪の者たちは表情を曇らせる。
だが、それは先ほどまでの怯えた者の顔付きではない。
――“何もできない自分”を悔しく思う……そんな表情に俺は見えた。
ああ、そんな顔が出来るなら十分だよ。
悔しいと思える気持ちが残っているなら、いつかはきっと駆け出せるさ。
「ちなみに魔王軍では、料理人や技能職も募集中だ。
魔物のみんなは基本的に不器用だからなぁ。もしも“雑用を任されまくったおかげで職人よりも技術を熟知してます”ってヤツがいたら、どうか俺に声をかけてくれよなー?」
そう言うと、人々の中から小さく笑い声がこぼれた気がした。
まるで、“そんなの、ここにいる全員じゃないか”と返答するように……。
「フッ……そういえばそうだったな……」
――未だに恐怖や蟠りがあり、互いの理解も浅い中。
それでも俺たち社会のゴミは、声もなく笑い合ったのだった。