51:小悪と■■が交わる夜
~前回のあらすじ~
エレン「オースケ助けて! 女の子たちの愛が重いッ!」
※なおその頃のオースケ♂
オースケ「あぁエレンエレンエレンエレンエレンエレンエレンッッッ!」
「――うぅうぅぅぅうッ、おのれエレン・アークスッ! 貴様のせいでこんな目にィイ……ッ!」
夜も更ける中、ポルン・ペインターは野道を歩き続けていた。
従者もなければ馬もなし。さらには全身傷だらけの有り様で、木の枝を杖にして足を進める。
「くそっ……領民どもも領民どもだ。貴族である私に、なんてことを……」
殴られた頬をさすりながら、ポルンは昨日の出来事を思い出す。
――エレン・アークスによって街を追い出された後のこと。
隣の領地まで避難してきた領民たちは、ポルンのことをこう責め立てたのだ。
“どうしてお前ッ、領主のくせに一番に逃げてるんだよッ!”――と。
……そう。
彼は、エレン率いる魔王軍の圧倒的な力を見るや、即座に逃げ出していた。
“こりゃアカン”と判断してからのポルンはまさに神速だった。
でっぷりとした体形からは想像できないほどの速さで金品をまとめ、馬に飛び乗って即座にダッシュ。
戦っている者たちへの指示も、領民たちへの避難誘導も一切行わず、爆速で街から脱出していたのである。
……そんなポルンを領民たちが許すわけがない。
結果、彼は人々にタコ殴りにされ、さらには金品までも奪われて追い出されてしまったのだった。
そうして一日中歩き詰め、現在に至るわけである。
「ぐぅ……なにも殴ることはないではないか。こんなの八つ当たりだ。殴られるのは黒髪のゴミや魔物どもの仕事なのに、どうして私がこんな目に……っ」
己が不幸を悲しむポルン。
彼の心に反省の情などなかった。自分が一番に逃げたことも、“将が倒れてはそれこそ終わり。ゆえにこれは戦略的撤退なのだ”と理論武装して全く恥じていなかった。
「くそッ、私はこんなところでは終わらんぞォ……!
こうなれば王都に向かい、国王陛下にエレン・アークスの討伐を直訴してやるッ! そして領地と権力を取り戻したら、私をリンチしたゴミ領民ども一斉処刑だぁッ!」
理想の未来を脳裏に描き、ポルン・ペインターはひたすら東へ歩き続ける。
諦めない……諦めない。必ずやもう一度這い上がってやる。
そんな不屈の心だけは一人前なポルンだった。
――かくしてこの夜、彼の執念が一つの運命を呼び寄せる。
月さえ陰る丑三つ時。道なき道を行くポルンの前に、一頭立ての馬車が走りかかったのだ。
「ぬ……こんな時間で、こんな野道に、馬車だと……?」
ちょうど王都のある方角から現れた馬車を前に、流石のポルンも訝しむ。
ああ、まさか夜盗の類が乗っているのか……!?
そう警戒するポルンだったが、しかし。
「――やぁ旅の人! ずいぶんとボロボロだが、何かあったのかな!?」
馬車の中から響いてきたのは、とても明るい声だった。
その声の主の意を汲んでか、無言で手綱を引く御者。ポルンの前で馬が止まる。
「ふむ。アナタがやってきた方角は、ちょうど異変が起きているというペインター領のほうか。従弟のスクルドが向かった場所だね」
「あ、あぁ、たしかに私はペインター領の者だが……って、はッ!? 従弟のスクルド!?」
意味の分からない言葉に驚くポルン。
説明するまでもなく、スクルドはこのニダヴェリール王国の第一王子だ。
ソレと従弟ということになれば、声の主は……つまり……。
「おッ、おっ、王族ぅッ!?」
「ハハッ、いかにも。――オレこそは国王陛下の弟の子、名をラグナルという」
そう名乗りながら馬車から降り立ったのは、切り揃えられた金髪の美青年だった。
そのスクルド王子と似たところもある美貌を前に、ポルンは即座に膝をついた。
確信する。この顔立ちと溢れる気品は、間違いなく王族のモノだと。
そして同時に、己が幸運に口元がニヤつきそうになった……!
「わ、私の名はポルンッ! そのペインター領の、領主を仰せつかっているものですッ!」
「むっ、そなたが領主とな!? ……それがどうして、傷だらけでこんなところに?」
「ハ……ッ! 実はですなぁぁ……っ――」
哀愁たっぷりの表情を浮かべるポルン。
彼がラグナルに伝えた内容はこうだった。
『ある日突然、近隣の森より瘴気の壁が発生。自己解決できない恥よりも確実な国土の浄化を優先し、王城に助けを求めた』
『そして駆けつけたスクルド王子だが、森に突入してから帰還せず、逆に森から魔王軍と名乗る者たちが攻めてきた!』
『領地を守るために戦士たちと共に戦う自分! 傷はそのとき敵から受けたッ!』
『……しかし魔王軍には力及ばず敗走。このことを国に即座に伝えるために、一人王都へ向かっていた』――と。
「――うぅううう……ッ! 傷付いた領民たちをお供にするわけにもいかず、かくして私は王都を目指していたわけです……ッ!」
「そうかっ、そうかぁッ! よく頑張ったなぁポルン殿!」
涙を流すポルンと、そんな彼を強く抱きしめて労うラグナル。
感動的な貴族と王族の一場面がそこにはあった。――むろん、全て嘘であるが。
「(ククククッ、上手く騙せたわ)……それでラグナル様こそ、どうしてこんなところに」
「あぁ、実はスクルドの支援をしにきたのだがなぁ。追加で騎士を送り込みに来たのだが……ふむ。その話からして、おそらく魔王軍とやらに捕まってしまったとみるべきか……」
心配そうな表情を浮かべるラグナル。
従弟の安否を憂う姿に、ポルンは“お人よしなんだなぁ~”とのんきに思う。
だが……。
「騎士、ですかぁ……」
不意にポルンは、馬車に張られた天幕の隙間に目を向けた。
そこから見えた『騎士』たちは、華々しき銀の全身鎧ではなく、黒く動きやすい軽鎧を纏っていて――。
「(まるで、暗殺者のような……)」
そんな印象を、ポルン・ペインターは抱くのだった……。