45:凱旋
「ふぁぁ……騎士団が来てくれてよかったよかったぁ……」
執務室の椅子にどっかりと座り、ペインター領が領主・ポルンは安堵の息を吐いた。
「スクルド王子に『自治領の問題も解決できんのか』って怒られた時は怖かったけど、これでなんとかなりそうなりそうじゃわ。ようやく胃痛から解放されるぞぉ……!」
でっぷりとした腹をヨシヨシとさする。
思えば最近は苦労ばかりだった。街一番の実力者であるケイズが突然いなくなった上、近隣の森から瘴気の毒素が噴出。
民衆たちは『説明しろポルン!』と無茶なことを言いながら詰めかけてくるしで、ポルン・ペインターの胃袋はもう張り裂ける寸前だった。
「……だが、もうストレスまみれの日々からはおさらばよ! 例の疑惑まみれの王子がなんとかしてくれたからのぉ!
いやぁ、民衆たちに避難命令を出さずに本当によかった。そうしていたら今ごろ、避難先の領地に莫大な金を払うことになっていただろうからのぉ~」
ナイス判断だ自分――と、自らの金ぎたない選択を称賛するポルン。
もしかしたら多くの命が失われていたかもしれない判断だが、そんなことは知ったことではない。
結果的に資産を失わずに済んだことで、彼の気分は上々だった。
「ぐふふ……苛立っていた民衆たちのほうも、そのストレスを黒髪の者や魔物にぶつけていたようだしのぉ。
おかげで怒号をぶつけられることはあっても、私に向かって石を投げられることはなしッ! こういう時に差別階級は使えるわ!」
ぬっはっはっと高笑いを上げるポルン。
自己保身に塗れたこの男には、下の者の不満を受け止める『指導者』としての責任感が一切なかった。
――とある少年は、悲憤するゴブリンたちを鎮めるために、自ら石を受けにいったというのに。
「さてさて。そろそろ王子たちが異変解決から戻ってくるころか。
色々と歓待しなければいけないが、まぁ必要経費として割り切ってやるかのぉ~」
かくして、ポルンが楽観的に構えていた……その時。
バンッと挨拶もなくドアが開かれ、老執事が飛び込んできた。
「ぬ、何事だ!?」
「たっ、たたたっ、大変ですポルン様ッ! 大量の魔物が、街の入り口にぃーーーーッ!」
「なにぃいい?」
慌てて窓の外を見るポルン。
突然のことに困惑しながら入口のほうに目を向ける。
――すると、そこには……。
「な……なんだアレはぁああああーーーッ!?」
ああ……そこには大量の魔物が……異様極まる『魔の軍勢』があった……!
魔狼族が、火蜥蜴族が、粘体族が、小鬼族が、大鬼族が、一角馬族が。
多種多様な魔物たちが、騎士団のごとく毅然と立ち並び、街の前へと詰めかけていた。
「ななっ、何なのだヤツらはぁあぁ!?」
腰を抜かして尻餅をつくポルン。
落ち着きを取り戻していた胃袋が、再びズキズキと痛み始めるのを感じる。
「ポルン様ッ、しっかりしてください! どう対処すればよいか判断をっ!」
「は、判断といったって、あんなのどうすれば……っ!?」
あぁ、一体ヤツらはなんなのか。王国騎士団はどこへ行ってしまったのか。どうしてこんなことになってしまったのか……。
全くもって意味が分からず、混乱するばかりのポルン・ペインター。
だがしかし、事態は彼を置き去りに加速する。
街の者たちも「なんだアイツらは!?」と驚愕の声を上げる中、上空に巨大な影が差し掛かった……!
「あ、あれは……っ!」
『グガァアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!』
最強種のモンスター『魔竜』。
まるで太陽が墜ちるがごとく、黄金の鱗を煌めかせた巨大な魔物が、空の彼方より君臨したのである……!
――そして。
「全ての者よ、聞くがいいッ!」
声が、響き渡った。
最強であるはずの魔竜の頭上より、人間の声が街へと木霊した……!
「あ――あれは……!」
「あれって……!?」
「アイツって、まさか!?」
混迷の極みへと叩き落される人々。
誰もが呆然と固まりながら、“どうしてアイツが”と心の声を一致させる。
そう……人々は、魔竜の上に立つ男を知っていた。
その赤い目を、その顔立ちを、その『殴り心地』を知っていた……!
ああ、彼の名は……あの蔑むべき黒髪の者の名は……!
「――俺の名は、エレン・アークス。この『魔の軍勢』を率いる者だッ!」
次の瞬間、エレンの言葉に呼応して全ての魔物が咆哮を上げる――!
領主ポルンを始めとした人間たちの耳朶を、黒髪の者と魔物たちの声が震わせる……!
「さぁて。色々話は考えてきたが……ぶっちゃけ俺はテメェらが嫌いだ。ゆえに端的に言ってやる」
そして、黒髪の者は命令を下す。
もはやかつての死んだ表情はそこにあらず。怒りと殺意を赤い瞳に燃やしながら、立ち尽くす人間たちに言い放つ。
「魔物と黒髪の人間だけを置いて、5分以内に俺の前からいなくなれ。俺の言葉に逆らうヤツは、敵と見做して排除する……ッ!」




