43:決着の鉄拳
「フッ……ハハハ……私の勝ちだ…………ぐぅッ!?」
膝蹴りを受けた腹部を押さえ、スクルド・フォン・ニダヴェリールはその場に膝をついた。
口の端からツー……ッと血が流れる。
虚勢を張って堪えていたが、おそらくは臓器に傷が付いているほどのダメージだ。
「くっ……認めたくはないが、接戦だったな。だが……」
顔を上げるスクルド王子。
そこには、一角獣の群れによって全方位から身体を刺された、エレンと名乗る男の姿が。
「まったく……惜しい少年だ。これで黒髪の者でなければ、騎士団にも入れるような実力者だったであろうに……」
死体を前に小さく呟く。
実際、騙し討ちのような行為をしなければ負けていたかもしれないほどの相手だった。
「身体強化の魔宝具を使っていると言ったか。アレは本当に扱いが難しい……なにせ運動感覚が大きく違ってしまうのだからな。
それも、風魔術による出力上昇状態の私と打ち合えるほどであるならば、よほど強化倍率の高い魔宝具なのだろう」
つまりはそれだけ、さらに扱いが難しくなるということだ。
強化された肉体を御しきるには、生まれ持っての『戦士の才能』が必要となる。そんなものを黒髪の人間が有してしまっていることに、スクルドは「皮肉なものだ」と溜め息を吐いた。
「エレンとやら。魂がまだそこにあるのなら、最期に貴様の敗因を教えてやろう。
貴様がなぜ負けたか……それは『情』を抱えて戦っていたからだ。よほど魔物が大切なのかは知らんが、ヤツらを滅ぼすと言った瞬間に固まりおって」
土埃を払って立ち上がるスクルド。
口惜しいが、この森に蔓延る魔物たちと戦う余力はない。騎士団も全滅してしまったため、一度撤退する必要がある。
そういう意味ではある意味負けかと、彼は黒髪の者を睨みつけた。
「バケモノなぞに情など持つなよ。人間よりも優秀で知能のある生物など怖すぎるだろうがよ。
……ゆえに魔物どもは散々働かせ、やがて人間の技術力が魔物を必要としなくなったタイミングで、ヤツらを完全に絶滅させる。それが全王族の思い描く未来だ」
まぁ、何百年後になるかは知らんがな――と吐き捨て、スクルド王子は踵を返したのだった。
そして、この場を去る前にぽつりと……。
「…………なにが二代目魔王だ…………せめてあと数十年の間だけは、魔物の地位を上げようなどと思うなよ……。それで暴力の矛先が一つ減れば、さらに黒髪の者が虐げられるではないか……」
そう独り呟いて、森の外へと向かおうとしたのだった。
だが、その瞬間。
「――気になることを言ったな。詳しく聞かせろよ、スクルド」
「ッ!?」
突如として響いた声に後ろを振り向く。
ああ……そこにはとっくに死んでいるはずのエレンが、赤い瞳で真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「なっ、なぜ生きている貴様ッ!? なぜ平気そうなのだッ!? 今だって、全方位からユニコーンに突き刺されて……!」
「刺されてねーよ、よく見てみろ」
その言葉に従い、ジッと目を凝らすスクルド。
そして、彼は気付いた。エレンの身体と一角獣たちの角の間に、半透明な壁が発生していることに……!
「なっ、なんだそれは!?」
「異能発動、【黄金障壁】。頑丈さが自慢の魔物『ゴルディアス・ドラゴン』に付与されている概念防壁さ。悪いが俺は、魔物の力を使うことが出来てな」
「はぁあぁああッ!?」
意味が分からないッ――と叫ぼうとした瞬間には、エレン・アークスはユニコーンの群れから飛び出し、問答無用でこちらに向かって駆けていた。
その足取りは淀みない。結局スクルドは、騙し討ちまでしてまったくエレンにダメージを与えられていなかったことに気付き、絶望しかける。
「くっ……私は『あの人』のためにも、こんなところで死ねないんだァアアアーーッ!」
しかしそれでも心は屈さず、黄金の剣を振り上げるスクルド。
新緑の魔力が爆発的に増大し、剣を中心に天を衝くような大旋風が巻き起こる。
「喰らうがいいッ! 暴風術式最大呪法! バニシング・ストリィイイイーーーームッ!」
そして放たれんとする絶殺の一撃。
まさに竜巻が縦に振り下ろされるような、都市すら破壊する一撃が解放されようとした――その刹那。
「借りるぜ、シル。――異能発動、【音速疾走】ッ!」
かくして、エレン・アークスという男は――二代目魔王は、暴風すら超える神風となる。
音を置き去りにするほどの速度でスクルドの前に現れ、振り下ろされようとしていた剣を一蹴。
さらには拳を握り固め、ニッと笑みを浮かべると……。
「殺しはしないが死ぬほど痛いぜ? 男だったら耐えてくれよな、スクルドォーッ!」
「なぁあッ!?」
鉄拳炸裂。
放たれた拳はスクルド・フォン・ニダヴェリールのみぞおちを鋭く抉り、その意識を一撃で断絶させるのだった……。