40:絶望の対峙
「――にしても、王子自ら異変の調査に出向いてくるとかやっぱおかしいよなぁ~」
「まあなぁ……」
銀狼の森を駆けるスクルド一行。
その最後方にて、新参の騎士二人が抑えた声で会話していた。
「あの噂ってマジなのかねぇ? 『スクルド王子は実は正妃の子じゃない』ってヤツ」
「あぁ。王宮はこの噂を否定しているが、本当に嘘ならば無視すればいいだけの話だ。
なのに王子は自ら国中のトラブルに対応し、国民たちからの好感度稼ぎに励んでらっしゃる」
「わかりやすいよなぁ~」
ユニコーンに跨りながら口角を上げる二人。
彼らは好奇の眼差しで、先鋒を征くスクルドの金色の髪をじろりと見る。
「……そういえばこんな噂もあるんだよ。『実は王子の母親は、国王陛下が戯れに飼っていた黒髪女なのかもしれない』ってよ」
「ハァッ、マジかよ……!? 妾腹ってだけならともかく、黒髪の血が混ざったガキに従うなんてイヤだぜ!? キモチワリィ!」
「って声が大きいっての! ……ま、流石にそりゃぁねぇだろうがな。これがマジなら建国一番の醜聞だっつーの!」
「ちげぇねぇ!」
聞こえないことをいいことにケラケラと笑う男たち。
王国騎士たち全てが品行方正な忠義者というわけではない。
中には厄介払いのように家を出された弱小貴族の三男坊や四男坊も混ざっている。彼らはそうしたケースだった。
「ま、血筋はともかく実力はホンモノであらせられるんだ。今回の任務も王子様に任せようや」
「おう。ラクできる点についちゃぁ有能王子様バンザイだな」
かくして――これが男たちにとって、最期の会話となる。
時速80キロで走るユニコーンの馬上。誰もいないはずの彼らの後方より、声が響いた――!
「そうか。エレンのような黒髪の者に従うことを、お前たちはそこまで嫌がるのか」
「「ッ!?」」
「ならばわたしたちは、死んでもわかり合えないな――ッ!」
そして一閃。鋭い爪の一撃が、二人の男の首を斬り裂いた――!
一瞬にして頭部が跳ね飛び、新緑の森に鮮血のシャワーが降り注ぐ。
「な、なんだッ!? 何が起きたっ!?」
「後ろの二人がッ――ぐぁあああッ!?」
血の雨によって背後の異変に気付く騎士たち。
だが対応するにはもう遅い。銀狼の森に、襲撃者の美しき声が響く。
「進化した私の力を見るがいい! 異能発動【音速疾走】ッ!」
ダンッと強く地面を見込み、襲撃者は――銀狼の魔人・シルは一陣の風となる。
影すら置き去りにするような速度で、一閃二閃三閃四閃と次々と騎士たちを狩り殺していき、首なし死体を量産していく。
まさに神速。悲鳴すら上げる暇すら与えず、瞬く間に騎士団は死に絶えていった。
「ッ、何事だ……!?」
ここまで二秒。
血の香りが風上にまで届いたところで、ようやく先鋒のスクルドが後ろを振り向いた。
そして、背後の光景に目を見開く。
「な……これは……!?」
そこには既に、生者は一人もいなかった。
二十人ほど引き連れていた配下たちは、全員が首なし騎士となってユニコーンの背の上で揺られていた。
「――悪いな、王子よ。お供は全員この通りだ」
後ろに立つのは、スクルドの知らぬ銀髪の女ただ一人。
彼女の周囲に散らばった首の山を見て……王子は理解させられる。このわずか二秒の間に、ニダヴェリール王国騎士団の一部隊は、壊滅してしまったということを。
「き、貴様は……!?」
「我が名はシル。この森を守る番犬だ。
――さぁ王子よ、この森の異変を排除しに来たんだろう? ならばこのまま進むがいい。
冥途の土産に見せてやる……わたしの誇らしき仲間たちと、愛するご主人様をな!」
指を前へと向けるシル。
そこで丁度、スクルド王子は森の中心部にある城の前へと飛び出したことに気付き――それと同時に絶句する。
「よぉ王子様。俺たちの王国にようこそだ」
そこには赤い目をした黒髪の男と、巨大な黄金竜を含めたモンスターの大軍勢がいたのだから……!
・王子到着数秒前、魔の紋章によるテレパシーにて
シル『すまんエレン、進化したわたし強すぎて騎士たちみんな倒してしまった』
エレ『ええ……』




