38:新たなる戦いの始まり
“ねぇお父さん、知らない人から石を投げられたよ。ボクは何か悪いことをしたの?”
『……違うんだ、エレン。お前は何も悪くない。ただ私たちが、黒髪の者だから悪いんだ。かつて人間を滅ぼそうとした魔王が、黒髪の者だったから……』
“ねぇお母さん、魔物さんたちがいじめられてるよ。みんなは何か悪いことをしたの?”
『違うのよ、エレン……。彼らは何も悪くない。ただ彼らのご先祖様が、魔王と共に人間に戦いを挑んで、負けたからああなったの……』
――それは、遠い昔の記憶。
物心ついたばかりの俺は、両親に二つの疑問を投げかけた。
“どうして黒髪の者は差別されるのか”
“どうして魔物たちは虐げられるのか”
そんな俺の問いに、両親は困った表情で『魔王が悪い』『祖先が悪い』と答えるのだった。
ああ……最初は俺もその答えを受け入れたさ。
人々に暴力を振るわれるたび、『魔王が悪い』と思い込んで街の人たちを恨まないようにした。
魔物たちが遊び半分に殺されるのを見るたび、『祖先が悪い』と思い込んで街の人たちを軽蔑しないようにした。
そうやって俺は、目を逸らし続けてきたんだ。
この世に蔓延る『本当の悪』。ソレは、差別意識に満ち溢れた人間たちだということから。
――でも今は違う。
俺自身もまた人間でありながら、他の連中に“お前たちは間違っている”とキッパリと言ってやれる。
それで殴られようが構うものか。逆に殴り倒してやる覚悟はできた。
なぜなら、
『エレン様、アナタのことをお待ちしておりました……!』
……恐ろしい存在だと言われていた魔王が、ただの女の子であることを知ったからだ。
魔物を造り出せる少女・レイア。彼女が人間たちに戦いを挑んだ理由もまた、自身のことを差別する人々に絶望した結果だった。
そして、
『エレンよっ!』『エレン!』『アニキーッ!』
シルバーウルフのシルもサラマンダーのサラも美少女になったゴブリンのゴブゾーもみんなも……魔物たちは最高にいい奴らばかりだった。
そんな者たちが虐げられる世界が正しいのか? 嬉々として差別する連中が正義で、俺たちが盾突いたら悪になるのか?
“――だったら上等だ。望んで俺は『悪の魔王』になってやる”
みんなの笑顔を胸に描きながら、俺は強くそう誓うのだった。
そうして俺たちが、魔王城で平和に過ごしていたある日のこと。
ついに、異変は幕開けた。
「――大変だエレンッ、森に張られた瘴気結界の一部が吹き飛ばされた!」
「なんだって!?」
シルからの突然の報告を聞いた瞬間、俺は驚くのと同時に“とうとう来たか”と覚悟を決める。
元より俺たち魔物軍団は、ニダヴェリール王国の一角にある森を占拠してきたのだ。
いつかは王国の者たちからの干渉があると思っていた。
「どうするエレン? 鎧を纏ったニンゲンたちが、何人も森に踏み込んできてたぞ……!
あぁいう恰好をしたヤツらって、たしか王国騎士団とかいうすごく強い連中なんだろう?」
不安げな表情を浮かべるシル。
今や犬耳の美女となった彼女の頬に、美しい銀髪が冷や汗で張り付く。
「お前の怪我も治ったばかりだし、このままじゃ……」
「大丈夫だシル、俺を信じろ」
俺は力強く頷くと、魔王として彼女に命令を下す。
「シル。お前は自慢の俊足を使い、森の中にいる全ての魔物に指示を出せ。戦えぬ魔物は城内に避難するよう促し、戦える者は俺の下に集えとな」
「わ、わかったッ!」
一瞬にしてシルは風となる。
魔人に進化した彼女の速度は驚異的だ。それにシルバーウルフとしての嗅覚もあるため、数分の内に森中の魔物と連絡が取れるだろう。
「俺のことを信頼してくれている魔物たち……『眷属の刻印』が身体に現れている連中とはテレパシーを送り合えるが、新たに仲間になった地下ゴブリンたちの多くには、まだ刻印がない奴が多いからな……」
そこは仕方がないだろう。ならばこれから実績を持って信頼関係を築くのみだ。
「よし……!」
俺はシルの背中を見送ると、右手の拳をバシッと手のひらに打ちつけた。
「騎士団だろうが関係あるか。モンスターたちの幸せを守るためなら、俺はどんな相手にも負けない……ッ!」
守るべき笑顔を胸に描き、熱く戦意を滾らせる。
かくして俺と人間たちとの、大決戦が幕を開けたのだった――!