37:次なる戦いへ――!
――エレンたちが騒がしくも陽気に過ごしていた頃。
銀狼の森の近隣にあるペインター領は、荒れに荒れていた。
「出てこい無能領主ッ! 森の異変はいつ収まるんだーっ!」
「近くに住んでて健康被害はないの!?」
「なんとか言えー!」
領主邸の前で怒号を上げる民衆たち。
それも当然のことだ。近くの森から魂を汚す毒素『瘴気』が大量発生してしまったのに、領主であるポルン・ペインターからは何の説明もないのだから。
――だがしかし、叫びたいのはポルンのほうだった。
「う、ぅうううう……ッ!」
人々の罵声が響く中、執務室にて頭を抱えて呻くポルン。
本当に、どうしてこんなことになってしまったんだろうかと思い悩む。
「くそっ……うるさい民衆たちめ。これ以上、私にどうしろというのだ!」
ストレスによって痛む腹を抑えながら、ポルンは机をダンッと叩いた。
彼とてやれることはやったのだ。
まずは王都まで救援要請を出し、事件の調査を行うために宮廷魔術師の派遣を願った。
その後は民衆たちに落ち着くよう喧伝して回ったし、魔物を操ることのできるテイマーギルドの者たちにも治安維持を要請した。
そうして、しばらくはトラブルもなくどうにか日常を保ってきたのだが……。
「はぁ……流石に一週間ほども異変が続けば、民衆も不安になるか……」
なにせ瘴気は猛毒だ。長時間浴びた者は、魂が腐って悶えながら死に果てるという。
何キロか先でそんな危険な毒素が湧き上がり続けていたら、誰だって不安にもなるだろう。
ああ、人命を考えたら、土地を捨てて民衆を避難させることこそが最適解かもしれないが――しかし。
「……一度でもそんなことをしたら、二度と誰もこの地には住みつかなくなってしまう。そうなれば、私は貴族としておしまいだ……っ!」
――そう。貴族という特権階級に対する執着が、ポルンに避難命令を出す選択を阻ませていた。
要するに完全なる私欲である。
「うぅ……ある日突然、急に瘴気が収まったりしてくれないだろうか……」
人々の怒号が響く中、都合のいい未来を思い描くポルン。
執務室の机にしがみつくように突っ伏する。
と、その時だった。
ノックもなく執務室の扉が開けられ……、
「――やれやれ。下民のコントロールもできんとは、見下げ果てた領主がいたものだ」
侮蔑の声と共に、彼はポルンの前へと現れた。
その青年の姿を見た瞬間、ポルンはビクッッッと背筋を震わせ、全身から冷や汗をブチ撒ける……!
「あっ、あなっ、アナタは、えっ、なぜ!?」
ビクビクと怯えながら問いかけるポルン。
そんな彼に、青年は金色の髪をかき上げながらフンッと鼻で笑った。
「何を言うか。救援要請を出したのは貴殿だろうが? だからこそ来てやったのだよ。
――このニダヴェリール王国の宮廷魔術師にして、第一王子であるスクルドがなッ!」
ペインターの地に響く、貴き者の覇気ある一声。
かくして新たな強敵の魔の手が、魔王エレンへと伸びようとしていた――!




