30:蠢く闇
――エレンとシルが想いを告げ合っている夜。
荒れ果てた『ゴブリンの里』は、再び地獄と化していた……!
『ッギャァアアアアアアアアアアアアアアアアやめろゴブゥウウウウウウーーーーーーッ!?』
『どうしてこんなことをッ!?』
『正気に戻れゴブゥーーーッ!』
絶叫を上げながら逃げ惑うゴブリンたち。
そんな彼らの視線の先には、泣き喚きながら『宝剣』を振るう一匹の少女ゴブリンがいた。
『お、お願いだから、みんな私から逃げてゴブゥーーーーーッ!』
多くの仲間を斬り殺しながら、彼女は必死に吠え叫ぶ。
――そう。決してこの虐殺劇は、少女が望んで起こしていることではない。
全ては三日前、ゴブリンの里を半壊させた最悪の男『紫電のサングリース』の剣を拾い上げた時に始まった。
最初は“憎い男の死体から剣を奪ってやったゴブ!”と喜んだものだ。
サングリースを倒した張本人・エレンという人間はしばらく剣を探していたようだが、誰が渡してやるものか。
さっさと諦めてどっかに行けと、少女ゴブリンは嘲笑った。
だがしかし、その日の夜から異常事態は巻き起こる。
彼女は酷い高熱を出して寝込み、幻聴すらもが聞こえるようになっていったのだ。
頭の中で誰かが叫ぶ。
“――テメェふざけんな!”
“――この臆病者の卑怯者がッ!”
“――オレ様に勝った男を馬鹿にしやがったな!?”
脳内を搔き乱す激しい怒号。
ソレが響くたびに頭痛が走り、まるで頭の中で電気が弾けているような感覚に陥っていく。
もしや拾った剣が原因なのではと思うも、身体がなぜか言うことを聞かず、少女はやむなく刃を抱きながらうなされ続けた。
かくして、剣を拾ってから三日後の夜。
少女ゴブリンの身体は勝手に動き出し、そして――、
『みん、なッ、逃げっ、ニゲ……逃げ、逃げッ、逃げ逃げにげニゲ――逃げんじゃねぇぞオラァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!』
ついに彼女の身体は、『憎き男』により乗っ取られる――!
そう、脳内に電気が走るような感覚は決して間違いではなかったのだ。
それは少女ゴブリンが拾ってしまった剣『洗練剣ミステルテイン』より放たれる電流が、彼女の脳神経を焼き焦がして改変させていく感覚だった。
『死ねぇええええええええッッッ! ゴミゴブリンどもォオオオッ! このサングリース様が粛清してやらァアアアアーーーーーーーッ!』
少女は……否、復活を遂げた『紫電のサングリース』は、魔力を練り上げ剣を振るう。
切っ先から放たれる絶殺の雷。それは逃げ惑うゴブリンたちを焼き払い、ゴブリンの里を再び雷火に沈めていく。
『オ、オラたちの里がまたぁ……!?』
『どうだ見たかッ、オレ様はツエーだろ!? メスゴブリンの身体になってもヤベェだろッ!? そんなっ……そんな最強なオレ様のことを、エレンは頑張ってぶっ殺したんだよッ! それなのに何なんだよオメーらは!?』
涙さえ流しながら吠え叫ぶサングリース。
そう。彼は『洗練剣ミステルテイン』に意識を宿らせ、里に残ったゴブリンたちの薄汚い様を見ていたのだ。
かの宝剣の能力は『魔術の精密操作性を極限まで高める』というものである。
それによって死の間際、自身の脳の電気信号――すなわち人格データを刃に刻み、復活の時を待っていたのだ。
『剣になりながらオレ様は見てたぜッ、エレンの真っ直ぐな男らしい姿をッ!
命懸けで守ったオメェらから石を投げられても、アイツは逃げずに受け止め続けた!
その姿はゴブリンのリーダーだったゴベルグの魂に火をつけ、多くの仲間と共に「真なる楽園」の創造を夢見て立ち上がることを選ばせたんだッ!』
グッと拳を強く握り、『男同士の友情、最高だぜッ!』とサングリースは頬を紅潮させる。
そして――里に残ることを選んだゴブリンたちをジロリと睨み、ゴミを見る目で言葉を続ける。
『あぁッ、それに比べて何なんだよオメェらはッ!? 土の下で現状維持とか舐めてんのかボケがッ!
エレンに感化されたゴベルグも、オメェらに訴えてたじゃねえか。“この楽園はいつか壊れるまやかしだ”“そもそもヒトに見つかれば狩られる時点で、自分たちの立場はおかしいだろうが”ってなぁ。
――それなのにオメェらときたら、エレンと一緒に人間と戦っていく道を選ばず、まーた虫みてぇに土の下で繁殖生活かぁ? 馬鹿じゃねぇのッ!』
『ゴ、ゴブゥッ……!』
怯えすくむゴブリンたちの胸に、男の言葉が突き刺さる。
……悔しいが、反論できる余地などない。ここに残ったゴブリンたちは全て、戦うことを選べなかった敗残者たちだからだ。
そんな者たちを、『紫電のサングリース』は許さない。
里を荒らした自分からは必死で逃げておきながら、全力で戦ったエレン・アークスに怒りも責任もすべて投げつけようとした最弱のゴミ共を、決して許すわけがない――!
『よくもオレ様の勝利者を……オレ様のエレンを傷付けたなぁッ! アイツをボコッていいのは、リベンジャーのオレ様だけなんだよォオオオオオオーーーーーーッ!』
ああ、かくしてその怒りが頂点に達した瞬間、最低最悪のバグが巻き起こる……!
『ッッッッ、これは……!?』
鋭い痛みがサングリースの下腹部に走る。
ゴブリンの女と化した自身の腹を見れば、そこには赤き光を放つ紋様が刻まれていたのである……!
そう。
魔物となってしまった身体と、魔王に対する信仰と強い想い。
これによって条件は満たされてしまった。
サングリースという最悪の男は、『魔の紋章』の効力を受け、エレンの配下の魔物という判定を下されてしまったのである。
『ふはっ、なんか知らねーけど力が湧いてくるじゃねぇか……!』
下腹部に刻まれた『配下の刻印』は見事に効果を発揮し、彼に【眷属強化】の恩恵を与えてしまう。
ああ――さらにバグは止まらない。
サングリースは歴戦の猛者だ。そして戦いに対して強い欲求も持っている。
これによって『魔の紋章』は、彼のことを『心からの渇望と、多くの経験値を持った魔物』と判定し……、
“――二代目魔王エレンの眷属、ゴブリン:サングリース。アナタは進化が可能になりました。どうか自身の願う姿をイメージしてください”
『はぇ?』
頭に響く声に、サングリースは首をかしげる。
そう、全ての条件を満たしたことで彼は進化すら可能な身になってしまったのだ……!
かくして戸惑うこと数瞬。サングリースはニヤリと笑い、『ふぅん、なるほどねぇ……!』と呟くのだった。
『ああ、そういえばオレ様がテキトーにぶっ倒したシルバーウルフやサラマンダーにも、こんな刻印が刻まれてたなぁ。
となると、こりゃーアレか。エレンが使ってた不思議パワーが、オレ様にも流れ込んできたってことでいいのかぁ?』
これは面白いことになったと笑うサングリース。
そんな彼を前に、里のゴブリンたちが『今の内に逃げるゴブッ!』と駆け出す中、最悪の男は手を合わせて祈る。
『ハハハハハッ! なるほどなるほどッ、今やオレ様はアイツの眷属なのか! そんで望んだ姿にしてくれるってぇ!?
となるとぉぉぉぉぉ――キシシシシシシシシッシシシッ!』
奇怪な笑い声を出しながら、サングリースは強く強く進化後の姿をイメージする。
その瞬間に放たれる光。メスゴブリンと化した身体が、白き輝きの中でシルエットを変えていく。
手足はすらりと伸びていき、髪もまた腰まで届く長さとなり、さらに平坦な矮躯は蠱惑的な女性のものとなっていき――、
『なぁエレンサマよォッ、どうせ侍らせるんならムチムチねーちゃんのほうがいいよなぁァアアアアアアアアアッ!?』
そして光が散った瞬間、彼……あるいは彼女の姿は、褐色の肌に灰色の長髪を持った絶世の美女と化していた。
その頭部には二本の角が伸び、紫色の瞳を輝かせた様は、まさに魔的だ。
“――おめでとうございます。アナタは魔人『ゴブリン・ダーク・エル・デルフ』に進化しました”
サングリースの脳内に響く祝福の言葉。
それを聞きながら、彼はニィイイッと裂けるように笑うのだった。
「ハッ、種族名なげーよ。略して『ダークエルフ』あたりでいいだろ。
……いやぁ、それにしても魔人の身体はすげーなぁ。男だったころより力が湧いてくるじゃねえか……!」
豊満な乳を揉み上げ、『満足満足っ!』とサングリースは笑い続ける。
そして……、
「つーわけでぇ、今日はオレ様の復活記念だッ! ぶっ殺させろや負け犬どもォオオオオオオーーーーーーッ!」
『ゴブゥウウウウウウウウーーーーーーーーッ!?』
そして炸裂する、強化された紫電の爆雷。
剣から迸る超絶の雷撃を受け、里のゴブリンたちは全滅するのだった……!
エレン←サングリース:オレ様を倒した最高の男っ♡
ゴベルグ←サングリース:根性見せたじゃねえかオメェ!
ゴブゾー←サングリース:誰だよ
ゴブゾー「……」
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