2:新たな出会い
俺が街を飛び出してから一週間が経った。
去り際に門番に言われたよ。“奴隷の魔物も連れ歩かずに外に出るとか馬鹿かよ?”ってな。
そいつの言う通り、人間だけで街を出るのはかなり危険だ。
自然界には『呪縛の魔法紋』を刻まれていない魔物が多くいる。飢えたそいつらに襲われたら一瞬で終わりだろう。
でも、街を出た頃の俺はそれでいいと考えていた。
もはやギルドを追われた身だ。親友である魔物たちには二度と会えないだろう。
そして人間たちからも虐げられる立場である以上、俺に待っているのは孤独な絶望だけだった。
ならばもういいさ、食いたければどうか食ってくれ。
ゴミと呼ばれた俺が誰かの栄養になれるなら上等な最期じゃないか。
だからわざわざ遠くの森へと向かい、そこを住処にしている魔物『シルバーウルフ』たちにでも食われようと思っていたのだが――、
『エレンッ、エレンッ、お肉を獲ってきたぞ! ほめるがいいっ!』
「お、おーよしよしよし!」
『んぁーっ!』
俺に頭を撫でられてごろごろと転がる群れのリーダー。他の連中も『わたしたちもほめて!』とどたどた駆け寄ってくる。
……陽光の射しこむ豊かな自然の中、俺はモフモフのシルバーウルフたちになぜか囲まれまくっていた。
◆ ◇ ◆
きっかけは些細なことだった。
森に入ったところ、ぐったりとしている銀狼たちを見かけたのだ。
「だ、大丈夫か!?」
急いで駆け寄ってみると、彼らの全身には紫色の斑点が浮かんでいた。
人間である俺のことを見ても唸り声をあげるばかりで、もう襲い掛かる元気もなさそうだ。
この様子ではあとどれだけ持つか分からない。
『うぅ……ちかよるな、ニンゲン……! 奴隷になんて、なりたくない……!』
「安心しろ、俺はお前たちに魔法紋を刻むつもりなんて一切ない」
『っ!? わたしの言葉が、通じた……!?』
驚愕に目を見開く群れの一頭。
他と比べても身体が大きく、しなやかな毛並みをしていることから、この子が群れのリーダーなのかもしれない。
「それにしても紫色の斑点か。……たしか『ブラックハウンド』のハウリンが言っていたな、狼系の魔物特有の感染症に、こういうのがあると」
俺はテイマーギルドで出会った魔物たちから、多くの知識を得ていた。
様々な地域から拉致されてきた魔物の中には、数百年前に『魔王』が研究していたという魔物特有の難病を治す方法などを知っている者もいる。
ハウリンも言葉がわかる俺に対し、古の治療法を教えてくれた。
「たしかアルテミシアの葉とソリダゴの茎とツユクサを3:3:2の割合で刻んで、全身の斑点に塗り込むんだったか。待ってろよ、シルバーウルフたち。絶対に俺が治してやるからな!」
『っ……!』
それから俺は数時間、彼らを死なせないために全力で森を駆け回った。
治療に使う草花はどれもあまり自生していないものばかりだ。それらを何十頭分も急いで探し出そうとしたせいで何度も転んでしまい、全身泥だらけの傷だらけになってしまった。
だがそれでも、俺はやり遂げた。
一頭も衰弱死しない内に、どうにか全員分の治療薬を作り終えたのだった。
――そんな俺に対し、群れのリーダーが口を開く。
『なっ、なぜわたしたちなんかのために必死になるのだ。他のニンゲンたちは、わたしたちを奴隷にするために何度も襲ってきたのに……! それで群れのオスたちも、みんなわたしたちを守るために死んでしまって……』
戸惑い気味に聞いてくるリーダー。身体は大きいが、声色からしてまだ年若い女の子のようだ。
俺はそんな彼女の頭を優しく撫で、小さく微笑んだ。
「わたしたちなんか、なんて言わないでくれ。たとえ魔物だろうが、俺にとっては大切な命だ」
――それに、
「必死になって当然だろう? お前みたいな可愛い女の子を助けるためなら、全力になるのが男ってもんだ」
『ななっ!? わ、わたしが可愛いだとっ!? こんな身体のデカいわたしのことが!?』
「あぁ、毛並みもふわふわですごく可愛いぞ?」
そう言うと、リーダーのシルバーウルフは『ほぁあ……!?』という謎の鳴き声を上げて顔を伏せてしまうのだった。
『そ、そこらのオスよりも大きくて、今までメス扱いなんてされたことがなかったのに……っ!』
「よしよし」
これが、俺とシルバーウルフたちの出会いだ。
それから一週間、俺は元気になった雌狼たちにすっかりなつかれることになったのだった。
◆ ◇ ◆
――シルバーウルフたちにとって、エレンはとても魅力的な存在だった。
最初は“どうしてニンゲンのくせに自分たちに優しくするんだ。何か狙いがあるのか?”と警戒したが、そんな考えはボロボロになりながら森を駆け回る彼の姿を見て吹き飛んだ。
野生の魔物だからこそわかる。エレンが心から必死になって、自分たちを救おうとしていることに。
そうして彼と過ごすことになった日々は楽しかった。
彼はものすごく優しくて、自分たちの知らないことをたくさん知っていた。
火を起こしてくれて、焼けた肉のジューシーな味を教えてくれた。
生肉の旨みをギュッと凝縮したような美味しさで、思わず小躍りしそうになってしまった。
他にも、落とし穴など罠の作り方を教えてくれた。
おかげで獲物が効率的に獲れるようになり、感染症で衰えていた身体はみるみる回復していった。
さらには毒などに効く薬草を教えてくれたり、長くて細い枝の先に昆虫を突き刺して行う『釣り』という狩りを教えてくれた。
野生動物を追い掛け回すことしか知らなかったシルバーウルフたちにとって、釣りはとても新鮮であった。今では森の中にある池を囲ってみんなで釣り大会を行っているほどだ。
最後に釣った獲物を使って、エレンが作ってくれる焼き魚もとても美味しかった。
――あぁ、きっとエレンは人間の中でもリーダーのような存在だったのだろう。
こんなに物知りで優しいオスなのだ。きっとみんなから慕われていたに決まっている。
雌狼たちはそう思っており、そんな存在がどうして森に一人で来たのかと聞いてみたところ――、
「ああ……俺って人間社会じゃ嫌われ者なんだよ。髪が黒いせいでさ、よく殴られたりしてたよ……」
――そう言って寂しく笑うエレンの顔を見た瞬間、雌狼たちは一斉に『……は?』と呟いた。
こんなに素晴らしい存在を、ニンゲンどもは嫌っていただと?
自分たちを全力で助け、様々な知識を与えてくれた彼のことを、毛色一つで差別して暴力を振るっていただと?
ざわざわと、体毛が逆立つ。
大切な『仲間』を傷付けたニンゲンどもに対し、殺意の炎が燃え上がる。
雌狼たちにとって、ニンゲンは恐怖の象徴だった。
度重なる襲撃によって子供以外の雄狼を全て失い、反抗する気力などすっかり奪い取られていた。
感染症を受けていたこともあり、次の襲撃があったら確実に全滅していたことだろう。
……だが、そんなものはもう過去の話だ。
“コロス。わたしたちのエレンを嫌うニンゲン、全員コロス”
“エレンを、我らを苦しめたニンゲン、皆殺しにする……!”
雌狼たちは一斉にエレンに駆け寄り、頭をぐりぐりと突き出した。
彼はそれを『撫でてほしい』と思っているサインだと受けとったようだが、実態は違う。
――見られたくなかったのだ。
心から愛するこのヒトにだけは、眼光を輝かせた獰猛な魔獣としての表情を……!
“次の襲撃が楽しみだ……ッ!”
愛するエレンに撫でられながら、静かに怒れるシルバーウルフたち。
彼女たちは気付いていなかった。エレンへの想いを深めるたびに、その身体に力が沸き上がりつつあることに――!




