27:戦いのあとで・上
「――ふぅ、ようやく起き上がれるようになってきたな……」
ゴブリンの里より帰還してから三日。
俺は『魔城グラズヘイム』内に設けられた自室にて、静養に努めていた。
まぁ仕方ないか。ゴブリンたちの怒りを受け止めたのはもちろん、サングリースとの戦いでは人間離れした動きをかましまくったからなぁ。
魔宝具『黒曜剣グラム』は筋力だけでなく耐久力も上げてくれる優れものだが、決して身体への負荷がゼロになるわけじゃない。
無茶な戦いで筋肉はズタズタになっており、今朝まで寝たきりだったくらいだ。
「早く動けるようにならないとなぁ。たくさんのゴブリンたちも仲間になったことだし……」
呟きながら窓の外を見る。
そこには、日差しの下でのんびりと身体を休めるたくさんのゴブリンたちが。
そう。あれからのことだが、ゴベルグに続いて人間たちの支配に抗いたいという者が三百匹ほど現れたのだ。
まぁ里全体からしたら十分の一ほどの割合だが、本当にありがたい限りだよ。
ちなみにそれ以外のほとんどの者は、地下集落でこれまで通りに暮らしていくことを決めたらしいが……、
「う~ん……やっぱり『洗練剣ミステルテイン』って、里に残ったゴブリンたちが持って行ったのかなぁ……」
実は一つ懸念があった。
騒動の後にサングリースが使っていた魔宝具を回収しようと思ったのだが、どこにも見当たらなかったのだ。
となると可能性は一つだ。サングリースの死体は普通に残っている以上、里のゴブリンたちが持ち去ったってことだろう。
「よこせ、とは強く言えないよなぁ。これからは里のゴブリンたちにも、いざという時に身を守れる力が必要になるわけだし。剣の一本もそりゃ欲しいよなぁ……」
それにサングリース曰く、洗練剣の効果は『魔術の精密性が上がる』ってものだそうだからな。
俺は魔術が使えないから、ゴブリンたちと争うことになってまで手に入れる必要はないだろう。
――と、そんなことを考えていた時だ。「失礼しますよ~」という声と共に、幽霊メイドのレイアが部屋に入ってきた。
「お身体を拭きに……って、あーっエレン様! まだ傷が治りきってないのにベッドから起き上がっちゃダメですよー!」
「わ、悪い悪い。でもだいぶ良くなってきたし、身体を拭くくらいなら一人でできるぞ?」
「ダメです、安静にしててくださいっ! 完全に体調がよくなるまで、身の回りのお世話は全部わたくしがするんですからっ!」
豊かな胸をドンッと叩きながら「わたくしに任せてくださいッ!」と言うレイア。
……この子もずいぶんと元気になったものだ。
魔王時代の側近であるゴブリーフを失ったときは意気消沈としていたが、俺が怪我と疲労で動けなくなってからは、こうして全力で看病してくれていた。
「う~んいいのかなぁ。元魔王様にお世話なんてさせて……」
「元魔王、だからこそいいんですよ。いってみればわたくしは『先輩』みたいなものなんですから、どうか遠慮せずに頼ってくださいっ!」
「ははっ、なるほど先輩かぁ。そういうことならお願いしますよ、レイア先輩」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑むのだった。本当に可愛らしい先輩だ。
――というわけで服を脱いで身体をあちこち拭われながら、レイア先輩に一つ相談する。
「なぁレイア。実は『魔の紋章』がレベル『Ⅱ』から『Ⅲ』になったとき、魔物の異能が使えるようになったこと以外にも能力が追加されたんだが」
「あぁ……たしかその段階では、『魔物たちの進化権』も行使できるようにしてましたね」
「そうそう。ただこの発動条件が、他とは違ってちょっとわかりづらいんだよなぁ。
たしか“魔王が望めば進化するというわけではなく、経験を積んだ魔物自身が強い渇望を抱いた時、進化することが可能になる”って感じだったか」
ゴブリーフも語っていた通り、俺の魂にもそのような概要が刻まれていた。
……だけど細かい定義がわからないんだよなぁ。
「渇望はまぁわかるとして、経験を積んだ魔物っていうのは具体的にどういうことなんだ? ただ年齢を重ねただけじゃダメなのか?」
「ええ。何歳から進化できるというわけではなく、どれほど数多くの苦難を乗り越え、心身が鍛え上げられてきたかによります。
それゆえ竜種のような元から強い魔物よりも、ゴブリンのように弱くて苦難の多い者ほど進化が速かったりしますよ? ゴブリーフなんて配下の中でも一番に進化しちゃいましたし」
「あぁ……アイツはそりゃあなぁ……」
そりゃ魔王レイアのことが大好きだった男だからな。
愛する少女の側で『この人の隣で永遠に美しい自分でいたい』なんてめちゃくちゃ重い渇望を抱えてれば、そりゃ速攻で進化するわ。
「……でも正直言うと、わたくし自身も正確には能力を把握してないんですよねぇ。なにせどうして自分が『魔物という存在を生み出し、強化などが出来る能力』なんてものを身に着けて生まれたのかわかってないんですから。
……おかげでたくさんの人に疎まれて、キレて大戦争かましちゃいましたよ……!」
「キレて大戦争かましちゃいましたって……まぁそりゃそうか。レイアは望んで魔王になったわけじゃなくて、たまたま『魔王になれる能力』を持って生まれただけなんだもんな。この力を正確に知るには、それこそ『創造神ユミル』にでも尋ねてみるしかないよなぁ」
「ええ。もしも神様なんて実在するなら、文句の一つでも言いたいところですね」
レイアと共に苦笑する。
俺もこのまま引き継いだ能力のレベルを上げていったら、魔物を自在に生み出せるようになるのだろう。
そうなりゃ俺を潰すために全人類が全力で戦いを挑んでくるんだろうなぁ。
本当に争いしか生まない力だ。
もしも世界や人類を作り出したという『創造神ユミル』が実在したなら、いったい何を考えてそんな力をお与えになったんだか。
「まぁ、今ではそこまで怒ってないんですけどね。ゴブリーフのようなたくさんの素敵な家族たちを生み出せたわけですから」
「ああ、それについては同感だ。俺もシルやサラたちに出会えたからな。
まぁ話は逸れちまったけど、とにかくいっぱい鍛えて強い思いを抱いた魔物から勝手に進化していけるってわけだな?」
「ええ、魔王自身が目の前にいる必要もありません。いずれ時が来た、配下となった魔物の脳内に『進化が可能になりました』という声が響き、あとは魔物本人が願いさえすれば進化完了ですよ。
ゴブリーフなんかは自慢したかったのか、わたくしの前で謎のイケメン姿に進化しましたけどね?」
「ア、アイツは本当に……」
めちゃくちゃレイアにアピールしてるじゃないかアイツ。
だが悲しいかな、この天然系魔王幽霊メイド先輩には一切想いが伝わってなかったらしい。
というかさっきも魔物のことを『家族』って言い切ってたあたり、恋愛対象じゃなかったみたいだしな……。
――そうしてレイアに身体を拭われながら、雑談をしていたときだ。
俺はふと、ドアの隙間からシルバーウルフのシルが覗いてきていることに気付いた。
『じ〜……!』
「んんっ? どうしたんだ、シル?」
『はっ!? い、いやそのっ……や、やっぱりなんでもないッッッ!』
声をかけるや、なぜかシルはそっぽを向いてどこかに駆けて行ってしまう。
って本当にどうしたんだアイツ? アイツもかなりの怪我を負っていたはずなのに、わざわざ俺のところに来て。
「お見舞いに来てくれたのかな……?」
かくして俺は首をひねりながら、去っていくシルの背中を見つめるのだった。
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