26:新たな仲間
最後の瞬間まで、俺は容赦をしなかった。
血だまりの中でぐったりと倒れるサングリース。
心臓を貫いたのだから死んでいて当然だが、相手は世界最強クラスの宮廷魔術師だ。常識が通じるとは限らない。
ゆえに俺は彼が手にしている剣を蹴り飛ばし、駄目押しとばかりに首元を突き刺した。
――そこまでして、俺はようやく力を抜き……、
「俺の勝ちだ、サングリース……ッ!」
憎き男の亡骸へと、勝利を宣言するのだった――!
◆ ◇ ◆
――それから幾ばくかの時が経った頃。
怯えすくんでいるゴブゾーたちゴブリン軍団に、全身に包帯を巻いたサラマンダーのサラとシルバーウルフのシル、そして目元に涙の跡を残したレイアやドラゴンを背後に庇いながら、俺はまっすぐに前を見た。
そこには、殺意に染まった瞳でこちらを見ているゴブリンの群れが。
そう――サングリースによって家を焼かれ、多くの仲間を失った里のゴブリンたちである。
彼らにとって、あの男を招き寄せてしまった俺たちもまた『敵』だったのだ。
『……ひとまず、礼を言っておくゴブッペ。里を滅茶苦茶にし、ゴブリーフ村長を殺したあの男を始末してくれたことだけは、本当に感謝してるゴブッペ』
そう言って小さく頭を下げたのは、俺たちをゴブリーフに引き合わせてくれた案内役のゴブリンだった。
名をゴベルグと言って、老衰したゴブリーフの代わりに里の催事を執り行うリーダー的な存在らしい。
それゆえか他のゴブリンたちよりは落ち着いた雰囲気ながらも、彼もまた複雑そうな表情をしていた。
『まぁ……そうは言っても、あのサングリースという男はアンタたちを追ってここに来たんだゴブッペなぁ……?』
「ああ、そうだよゴベルグ。たとえ虐殺の実行犯はアイツだろうが、全ては俺たちの……いや、この俺の責任だ」
そう言った瞬間、里のゴブリンたちがにわかに殺気立つ。
傷だらけの身体を引きずり、『死んだ家族を返せゴブっ!』『平和な里を返せゴブ!』と怒号を上げた。
あぁいいさ。俺がこの地に行く判断をしなければ、ゴブリンの里が崩壊しなかったのは事実だ。
彼らには俺を責める権利がある。どうか気が済むまで罵ってくれ。
――だが、
『クソッ、よく考えたらリーダーのゴベルグッ! そいつらを連れてきたアンタも同罪ゴブッ! 死んで償えーッ!』
一匹のゴブリンがゴベルグに向かって石を投げる――!
『ひぃっ!?』
「っ、すまないがそれだけはやめてくれ!」
俺は咄嗟にゴベルグを庇うと、投げられた石を頭で受けた。
鈍い衝撃と共に皮膚が裂け、鮮血が顔を滴り落ちる。
「ッぅ……怪我はないか、ゴベルグ……?」
『なっ、アンタ……ッ!?』
驚愕に目を見開くゴベルグ。俺はそんな彼を背に隠し、里のゴブリンたちへと訴える。
「もう一度言うッ! 全部悪いのはこの俺だッ! だからどうか、仲間割れなんてやめてくれっ! 責めるならこの俺だけにしてくれ!」
そう言い放った瞬間、ゴブリンたちは『だったらその通りにしてやるゴブッ!』と吠え、地に転がった小石や瓦礫を感情のままに投げつけてきた!
それらに全身を滅多打ちにされるが、俺は身体を大にして受け止め続ける。
震えるゴベルグや、背後で悲鳴を上げる仲間たちには、決して当たらないように……!
――それから数分間、俺の全身が血だらけになった頃……、
『はぁ、はぁ……! な、なんだコイツ、ゴブ……っ!』
『なんで抵抗の一つもしないゴブ!?』
『コイツ、本当にオラたちに殺される気ゴブか……!?』
怒り狂っていたゴブリンたちに変化が起きる。
されるがままの俺に対し、徐々に戸惑う者が現れ始めたのだ。
『……虫みたいに殺されまくったオラたちとは違って、あの男を殺せるくらい強いのに……!』
誰かがポツリと漏らした呟き。
それに対し、俺は倒れそうになりながら答える。
「……違うだろう。強さなんて関係ないだろう……! たとえどんな強者だとしても、罰から逃れていいわけがないだろうが……!」
『っ!?』
ゆえに抵抗などするか。
お前たちの怒りは全て受け止めてやる。
「力や立場にかまけて責任すら負わないヤツは、俺が一番大嫌いな人種だ。
……俺はこれまで、そんな者たちを多く見てきた。普通の髪色に生まれただけで、俺のような黒髪の者を罵ってもいいと思い込んでたり……人間に生まれたというだけで、お前たち魔物を傷つけてもいいと思ってるクソ野郎どもをな……!」
特に俺の養父であるケイズは『運命に選ばれし魔術師サマ』だったからな。
生まれ持った魔術の才を誇示し、『自分は強いから何をしてもいい』と思っている人種の典型例だった。
「あのサングリースという男も、一切の罪悪感すら感じることなくお前たちを殺していただろう。
――ふざけるなよ。なんなんだ、それは……! たまたま優位な立場に生まれただけで、たまたま強い力を持って生まれただけで、横暴にふるまっても許されると? 他者を傷つけても謝る必要すらないと!? そんな話があってたまるかッ!」
醜悪な連中への怒りを胸に、俺は拳を握り締める……!
「だからこそ俺はここに来たッ! 友である魔物たちが二度と人間に虐げられることのないよう、平和な楽園を作るために! その戦力を求めてこの里にやってきたんだッ!」
そう言い放った瞬間、ゴブリンたちは一瞬ビクリと動きを止めるも、やがて『ふ、ふざけるなゴブッ!』と再び怒号を上げた。
『なにが平和な楽園ゴブかっ!? オ、オラたちはずっと平和に暮らしてきたゴブッ! それなのにお前たちが来たせいで――』
その時だった。ゴブリンたちに対し、『嘘を吐くなゴブッペッ!』と鋭い叫びが向けられたのだ。
声の主は、俺の背にいたゴベルグだった。
怒気をにじませながら前に出る彼に、ゴブリンたちは困惑する。
『いい加減に、現実を見ろゴブッペ! たしかにオラたちの里は平和だったが、この場所はどこだ!? 土の下だッ! こんな日も当たらないところで虫みたいにコソコソと繁殖している状況が、本当に平和なんだゴブッペかッ!?』
『っっっ!?』
ゴベルグの指摘に押し黙るゴブリンたち。
そんな彼らにゴベルグは続ける。
『そもそもの話。エレンの旦那たちを里に招くことを選んだのは、この場所を作り上げたゴブリーフ村長だゴブッペ。
なぁオイ、なんでだと思うゴブッペ? どうして村長は、他の人間に見つかるかもしんねぇリスクを冒してまで、エレンの旦那みたいなお人を求めたんだゴブッペ?
――んなもん決まってる。このままじゃぁ遅かれ早かれ、この地は終わってたからだゴブッペッ!』
「……なに?」
ゴベルグの言葉に一瞬戸惑い、そこでハッと気付いた。
――ゴブリーフ曰く、ゴブリンたちの異能は【精力旺盛】。
魔王レイアによって『子沢山』であることをコンセプトに作られた存在なのだと。
ゆえに彼らは極めて強い繁殖性を持ち、どんな酷い環境だろうが数を増やせてしまうのだ。
……たとえ、この広さの限られた地下空間だろうが。自分たちですら制御できない魂の設計図に従って。
『……考えなしに地下を広げ続けたら、いずれ地盤が崩れるゴブッペ。そうなりゃオラたちゃ全滅だ。
かといって広さを制限し、里から溢れたゴブリンを追い出していくのもダメだ。里に住む権利を求めて殺し合いが起きちまう。
――そして何より、そうやってオラたちが土の下で悩んでる間にも、人間はどんどん魔物を手下にして勢力を広げてんだ。いずれ誰かが、この地に気付くに決まってたゴブッペ……!』
まさに八方塞がりだと呟くゴベルグ。
彼は俯いている里の者たちへと言い放つ。
『だからオラたちは、いずれどこかで賭けに出なきゃいけなかったんだ! 今日がその日だということだゴブッペ!
さぁ、解散の時だ。他の場所にも地下集落を作ろうと思うヤツはそうすればいい。地盤の固さを調べる方法もなければ、大工事ゆえに人間に見つかるリスクも高いけど、新しい楽園が手に入るかもしれないゴブッペ。
この地に残りたいヤツもそうすればいい。サングリースの野郎を探してさらに別のヤツがやってくるかもしれないが、しばらくは平和に暮らせるゴブッペ!』
突き放すようなことを言う彼に、ゴブリンたちは不安に戸惑う。
やがてその中の一人が、ゴベルグへと尋ねた。
『リ、リーダー……! それじゃあアンタは、どうする気ゴブか……?』
そんな問いに、ゴベルグはフンッと鼻を鳴らすと――、
『――オラは、エレンの旦那についていくゴブッペッ! もう仮初の平和なんて求めねぇ。太陽の下で本当の楽園を手にするために、人間どもと戦ってやるゴブッペーーーーッ!』
廃墟となった地下集落に轟く宣誓。
彼の言葉に、少なくはない数のゴブリンたちが目を見開く。
かくしてゴベルグはニッと男臭く笑うと、俺に右手を差し出してきた。
『というわけで旦那、お世話になるゴブッペ!』
「はっ……はは! ゴブリーフのヤツ、最高の部下を残していきやがって……!
あぁ、わかったよゴベルグ。このエレン・アークスが、『二代目魔王』としてお前の理想を叶えてやるッ!」
男の誓いにこちらもまた宣誓で返し、俺たちは熱い握手を交わすのだった――!
※新しい仲間、ゴベルグとゴブゾーの性能差比較。
ゴベルグ:数千人規模の里のリーダー。戦闘力10 知恵50 エレンからの評価:友の遺した最高の部下
ゴブゾー:数十匹の規模の集団のリーダー。戦闘力1 知恵10 エレンからの評価:ビビリのマスコット
ゴブゾー「……」
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