20:男の約束
「ゴホンッ! まぁイメージによって姿が変わると言いましても、変化には限界があるでしょう!
脳内に焼き付いた『自分の姿』を完全に捨てきれる者などいませぬ。ゴブリンであるワシも耳のとんがりはそのままですしなぁ」
わざとらしく咳払いをするゴブリーフ。
まぁ機嫌を損ねられたら嫌だし、彼がレイアのことをどう思っているのかはひとまず置いておこう。
「なるほど。ゴブリンの体色と同じく、ゴブリーフの髪は緑色だしな。それで、その進化ってやつはどうしたら起こるんだ?」
「条件は三つありますな。まず、エレン殿が『魔の紋章』の力をもう少し引き出すことですじゃ。さすれば進化の権能が解放されましょう。
そして二つ目は、進化する魔物自身が肉体的にも精神的にもある程度成長していることです。幼子がいきなり上位の種族になったとて、異能に振り回されるだけですからな」
「そりゃたしかにな。それで、三つめは?」
「ええ……最後はずばり、『渇望』ですな。進化を望む魔物には、種族の枠を超越するほどの欲求が必要となる」
――渇望、か。
俺はゴブリーフの放ったその単語を心の中で復唱した。
「たとえばワシは、『永遠に美しい自分』を狂おしいほど求めた。
多産である代わりに短命で、醜いゴブリンの肉体などもういらない。華のような美貌を持ち、あるヒトの側に永遠に立ち続けたいと願った結果、『エルフ』という未知なる種族へと進化したのですじゃ……!」
自身の額にそっと手を当てるゴブリーフ。
彼の緑色の瞳の奥には、どこか狂気的な光が垣間見えた。
「永遠、か。つまりゴブリーフはこの先何千年も生き続けるってわけか?」
「ホッホッホ……たしかに、肉体的にはまだまだ元気いっぱいですじゃ。しかしですのぉ、心がいよいよ限界を迎えてしまいましてなぁ……」
もはやほとんど動けんのですよと、若き老人は横になったまま苦笑するのだった。
なるほどな、そりゃ不老不死なんて簡単にはたどり着けないか。
いくら肉体が異能によって支えられてても、精神が擦り切れてしまえばこうなってしまうわけか。
弱々しく微笑むゴブリーフに、レイアが悲痛な表情を浮かべる。
「そんなっ! せっかくまた会うことが出来たのに……!」
「申し訳ありませんなぁ、魔王殿。再びアナタにお仕えしたい気持ちでいっぱいなのですが……あぁ、しかし。もうどうしようもなく疲れてしまいましてな……。
何百年もの時に飽いた魂が、求めるのですよ。『死』という味わったことのない未知を……!」
そう言ってゴブリーフは、震えながらレイアへと手を伸ばした。
「だが最後に、最期にアナタに会うことが出来て……っ!」
熱に浮いた声色で、「魔王殿、レイア殿……!」と呟き続けるゴブリーフ。
彼はその指先で、レイアの唇に触れようとして――、
「……いや、これはやめておきましょうか」
しかし動きをぴたりと止めると、彼女の肩にそっと手を置くのだった。
「えっ、えと、ゴブリーフ、何を……?」
「あぁレイア殿、アナタは何も知らなくていいのです。アナタはどこか天然で、すっとぼけているところが魅力なのですからな」
「って、なんで死に際まで煽ってくるんですかーッ!?」
プリプリと怒るレイアの姿に、ゴブリーフは穏やかな微笑みを浮かべる。
……俺は色々と気付いているが、横からとやかく言うつもりはないさ。
最期まで『従者』であることを選んだゴブリーフの選択を尊重し、俺は黙って二人を見守った。
「さてエレン殿。重ねてお願い申し上げますが、レイア殿のことを頼みましたぞ?」
「わかっているさ。魔王として、男としてこの子のことを守っていくよ」
「ええ、男と男の約束ですな」
言葉と共に伸ばされたゴブリーフの拳に、俺もまた拳を伸ばしてコツンと当てる。
そうしてレイアが「えっ、えっ、皮肉屋のゴブリーフがエレン様にだけすごいフレンドリー!? どゆこと!?」と訳もわからず戸惑っている中、俺たちはニッと微笑み合うのだった。
「あぁ、本当に充実した人生だ。心が擦り切れてしまう前に、『男友達』というやつが作れた」
「そう書いてライバルと読むんだろ? 何なら、可愛いあの子を射止めるためにもう少し気合いで生きてみるか?」
「フハハッ、残念ながらワシは慎み深い性格でしてな。あとのことは、若い者に全てお任せしますよ。
というわけでエレン殿、アナタの望みはずばり戦力の確保ですな? このおいぼれは発言力だけはありますからなぁ、里のゴブリンたちでよければどうかアナタのお力に――」
かくして心を通わせたゴブリーフが、俺にありがたい申し出をしようとしてくれた……その時、
「へーッ、こんな場所があるんだなぁッ! とりあえず、死ねやゴブリンどもォオオオオオオオーーーーーーーーーッ!」
男の叫びと共に、雷鳴音が平和な里へと響き渡った――ッ!
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