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毀れものを直す人(S-06)  作者: 橙ノ縁
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毀れものを直す人


 人と違う事を一つ上げるとすれば、ランテルナが僕に灯を与えてくれなかったことだ。

 この世に生まれた赤子は平等に、ランタンに入った煌々と輝く光を授かるという。

 近所の子ども達は皆、自分だけの光をランタンに入れて持ち歩いていた。数十年光り続けるというその光は、守り灯とも呼ばれ、魔を除けて持ち主の人生を導き照らすといわれている。

 僕はランテルナから祝福を頂けず、人生を照らしてくれる強力な味方は存在しなかった。

 人とランタンの関係は兄弟や親以上に親密で、まるで己の分身のようだなと僕には見えていた。

 孤独だったかと聞かれれば、そうではなかったと答えるだろうが、胸のどこかに隙間があるように感じていたことは間違いないと思う。

エアルの手記より。







.1

 最近、よく思い出す人がいる。あの人は、どんなに邪険にあしらわれようとも必死に訴えていた。

「お願いだから話を聞いてくれないか」

 そのこちらの胸を奥底まで突き刺すような声が耳から消えない。

 あれは変わり者だから関わるなと誰かが冷たく吐き捨てた。その言葉を背中に感じながらあの人は来た道を帰って行く。そのなんとも苦し気な後ろ姿が繰り返し思い出されるのだ。

 あの時、俺は何をしていたのだろう。あの人の背中をどこから眺めていただろう。

 この胸の奥に澱のように残り続けるこの感情はなんだろうか。その答えを探りながら、俺は一人旅を続けていく。




「ああ、もう嫌だ。歩きたくない。寒いし、足は棒のようだし、腹も減った。その上眠たい」

 商人たちが良く通る街道を一人、とぼとぼと歩いてはや一か月。世の中はすっかり新年を迎えていて、どこの宿場町もそしてここアルス国もお祭り気分だった。

 貧乏旅をする人間にとっては新年の祝いなんてものとは無縁で、いつも通り安い宿に泊まり、安い料理をちょっとだけ食す毎日。なんとなくだが、両手が骨ばってきたように思えるし、腹も骨が浮き出てきているように感じる。しかし毎日歩き詰めているので、両足にはしっかり筋肉がついているようだ。

 グッタ国の北西にあるそこそこ高い山にあるウルラという集落から、北にあるアルスという国を目指す旅。

 山を下って今はもう焼け野原となったカペルという亡国を通り過ぎ、商人街道に出て北へと向かう。やっとの思いでアルス国に辿り着いたというのに、目的地はさらに西の山奥だというのだから、やってられない。

 山を登る元気がない。

 銀の耳飾りが冬の風に冷やされて、俺の右耳を凍らせようとする。

 深いため息を吐いて、石で作られた簡易な椅子に腰かけた。どうやらここは野外劇場のようで、小さな舞台を取り囲むように石の椅子が並べられている。

 流石、音楽の都と謳われるだけの事はあり、入国してからという物、あらゆる場所で音楽が奏でられているのを見てきた。

 路上で石畳の上に座り込んで楽器を奏でる人や、公園で数人集まって歌っている人たちもいた。買い物袋を抱えた女性や、仕事帰りの男達まで陽気に歌っている。店の客引き声にも旋律が付けられ、配達の仕事人はそれぞれに楽器を吹いて回っていて、楽器の音で何屋なのか知らせているようだった。

 良く言えば賑やか、悪く言えば騒々しい。静かな森の中で育った人間には、どうしても騒音が多いと感じてしまう。静かになれる場所は無いかと探して行きついたのが、この寂れた野外劇場だった。

「まだ聴こえる」

 さっきからずっと同じ楽器が同じ旋律を繰り返し奏で続けていて、俺は耳がおかしくなって幻聴なのではないかと疑い始めるくらいだ。

「今日はどこに泊まろうか」

 アルス国のもう一つの厄介ごとは、物価が高いという事だ。

 腐りかけの蜜柑一つが、グッタ国の新鮮な蜜柑二つ分の値段がするし、宿屋などおそらく三倍ほど値が高い。これでは、路銀も尽き果ててしまうというもの。

「今日も野宿だろうな」

 真冬の野宿は辛い。山の上の森育ちだろうが、寒さには勝てないし、空腹にも勝てない。その上、旅の疲れもたまっているので余計に寒さと空腹は身も心も弱らせる。

 頭を抱えて二度目のため息を吐いた時、舞台の方から女性の歌声が響き渡った。

 黒い髪をお団子にして、首に毛織物の襟巻をした女性だ。六弦琴を抱えながら、悲し気な曲を歌い始める。

 彼女の歌声は芯と張りがあり、金属の輝きのような声で、音楽に疎い俺でもその声は唯一無二の美しさだと分かった。

「ルシオラとは違うんだな」

 乱れを知らない整えられたような歌を歌うルシオラ人とは違い、抑揚や響かせ方に個性を思わせる、とても親しみを感じる歌い方だ。

「やっぱり上手ですよ!」

 彼女の歌が止まると、舞台のすぐ近くの椅子で子ども二人が手を叩いて喜んでいるのが見えた。どうやら俺意外にも観客がいたらしい。

「そんなに褒めてくれると嬉しいけど……」

 子ども達の誉め言葉を素直に受け取れないなにか事情があるように見えるが、これ以上は関わらない方がいい。

 盗み聞きなど、失礼だからと思いその場から離れようと立ち上がった時、舞台に向かって走ってくる人とぶつかりそうになった。咄嗟に避けようと後ろに歩を戻したのだが、そこには石の椅子があり、俺は足首をあらぬ方向へ捻りながら後方へ転倒したのだった。

「ごめんなさい。大丈夫ですか!」

 ぶつかりそうになったのは女性だったようで、ひっくり返った俺の顔を覗き込んでくる。その顔に見覚えがあった。

「もしかして……」

「もしかして、フォンさん?あ、やっぱりフォンさんですね!」

「やあ、カナスタ。奇遇だな」

 同じ集落出身の女性だった。

「カナさん、どうしたんですか?」

 舞台を見ていた子ども二人がこちらに駆け寄ってくる。この二人はカナスタの知り合いらしい。

「私とぶつかりそうになって、フォンさんが後ろにこけたんだ」

 体を起こそうとすると、くじいた足がずきんと疼き、椅子に体をぶつけまいと身をよじさせたせいで、背中と肩の筋が痛み始めているし、なぜか右手の小指もガンガン痛い。

「おじさん、起き上がれる?」

 痩身の男の子が俺に手を貸してくれて、ゆっくり起こしてくれるが、そこら中が痛くて、うめき声をあげた。

「私、医者を連れてきます!」

 とても良く通る声が耳に届いた。それはさっきまで歌っていた舞台上の女性で、彼女は俺のうめき声を聞いて舞台からそう叫んで、走って劇場から飛び出していく。

「俺は大丈夫だから構わなくていい」

 強がって立ち上がろうとするが、激痛で再びひっくり返ってしまった。すると、目の前に髪の多い少女が立ちふさがって、尻餅をついている俺を見下げながら真剣な顔でこう言った。

「怪我人はじっとしないとダメですよ」

 いい歳して若者に怒られるとは、情けないばかりだ。

「カナさん、このおじさんとはどういう知り合い?」

 少女とカナスタが俺を椅子に座らせようと手を貸している横で、少年が首を傾げた。

「フォンさんはウルラの人なんだ」

「ああ、あのカナさんの故郷ですね」

 少女が両手を叩いて楽し気に頷いている。

「グッタ国とカペル国の間にあった、あの山の事だね」

 少年も何かを思い出したようで掌の上で拳を弾ませた。

「フォンさんはどうしてアルス国にいるんですか?」

「カナスタには関係のないことだ。理由など聞くな」

 俺がこんな風に冷たくあしらうので、目の前の三人は気まずそうな顔をしてお互いに目線を交わす。

「カナスタこそ、こんな所で子守りなんて、グッタの士官はやめて傭兵業にでも転職したのか?」

「これには事情が……。それに傭兵業も今日までです。私は明日、グッタに帰りますから」

 彼女とはただ面識があるだけで、こうして会話したのははじめてだった。

 カナスタは、ウルラの集落で初めて女性僧兵になったことで有名だったし、彼女は人に好かれる性格だったので人伝によく彼女の話を聞かされた。俺が勝手に知っているだけで、彼女が何故俺を知っているのかは不明だ。

「帰るなら急いだほうがいい。グッタは近々国境を封鎖する可能性があるからな」

「それ、どういうことですか!」

 カナスタが眉に力を入れて、迫ってくるので、俺は痛む首を曲げて彼女のつばがかからないように避ける。

「有事だということだ。どの商人たちもそう噂していたから、ほぼ確実だろうな」

 新年の祝いが済んだ辺りで、グッタは国境を封鎖し出入国を規制するらしいという話をそこここで聞いた。商人たちはどこの国と戦うのだろうと不思議がっていた。

「カナさん、急いだほうがいいんじゃないかな?」

 少年が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいるが、カナスタは焦っている風ではなかった。

「街道を封鎖されても、ウルラ経由で入国は出来るから、大丈夫、大丈夫」

「今頃、ウルラはグッタの僧兵に占拠されているだろうな」

「占拠ってどういうことですか?」

 少女が青い顔をして眉尻を下げている。

「きっと奴らは俺を必死に探しているに違いない。兄貴が上手く立ち回ってくれていることを祈るよ。だから、国に戻りたいならばすぐにでもここを発った方がいい」

 カナスタは数秒黙って考えた後、子どもたち二人に言い聞かせるように別れを告げ始めた。

「一日早まったけど、私の役目はここまで。二人の旅に神様の加護があることを祈っているから、どうか無事で」

「この人の言うことは信用できるの?」

 少年の言う通り、俺はたった今出会ったばかりのただの男だ。信用してもらえるようなものは何も持っていない。

「ええ、信じられるよ。フォンさんはウルラのゼノ達を束ねる首長だからね。それに、私はずっとフォンさんの作ったこの首飾りをお守りにしてきました。私は貴方を信じています」

 彼女の服の下から見えたそれは懐かしい首飾りだった。

「カナさん、何度も助けてくれてありがとうございました。また、どこかで逢いましょう」

 少女がカナスタの手を握って、目に涙を浮かべながら別れの挨拶をする。

「ソラヤ、キュフと仲良くね」

「カナさん、道中気をつけて」

「キュフ、体を大切にして、サラによろしく伝えておいて」

 まるで姉弟のような優しさにあふれた姿だった。もしかしたらここでの別れは今生の別れかもしれないと、三人は分かっているのかもしれない。

「それではフォンさん、二人の事を任せました」

「……え?」

「ソラヤ、キュフ、フォンさんの怪我の手当をよろしくね」

「ちょっと待て、カナスタ」

 聞き間違いだろうか。俺はこの子ども二人の面倒を見るなんて一言も言っていないし、了承もしていない。

「貴重な情報を提供して下さり、感謝します。それでは神のご加護を、では失礼します」

「おい、待ってくれ。子どもを押し付けるな。カナスタ!」

 足が痛む俺は立ち上がって彼女を呼び止めることが出来ず、涙の別れをする三人の背中に呼び掛けることしかできなかった。

 俺の声は絶対に聞こえているはずなのだが、三人は美しい別れの場面に酔っているのか、それともわざとなのか、聞こえないふりを続けていた。

「聞け、俺の声が聞こえているだろう。ちょっと待て!」

 颯爽と走り去る女に、大きく手を振る少女と少年。どこからか聞こえてくる楽器の音楽が悲し気に鳴り響いていて、演劇の一場面を見ているような気分になった。


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