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アイリス

 

いつもの感じのやつ二品目

味付けとトッピングは変えてますがこちらもお馴染みのうちのラーメン屋自慢のスープを使ってますよ


「本当にバカだったよ、あんな女に騙されるなんて……僕を見捨てずにいてくれてありがとう、アイリス。君の真実の愛で目が覚めたよ」

「いいえ……いいのよ。私だって、今回のことがきっかけでハルフォード様をどれだけ愛していたのか分かったんだもの」

「アイリス……」


 感動したように、瞳を潤ませたハルフォード様が握った私の手に力を込める。至近距離で私を見つめるその目は愛おしげに柔らかく弧を描いていた。

 長椅子の隣同士に、婚約者同士にしか許されない近さで腰を下ろしていた私達の距離はゼロになった。指で髪をゆるくとかされながら、優しく優しく唇をついばまれる。まだ婚約中の身だが、お母様も王妃様もこの程度は見逃してくださるでしょう。もちろん私だって、ここが王宮の王族居住区でなかったら口付けなんて許さなかったけど。

 少し前までは学園内で、彼女と同じ距離でこうしてはしたない真似をしていた。見せつけるかのように行われていたその逢瀬は、婚約者である私どころかまともな貴族子女達全員から眉をひそめられていて。それでも王太子殿下のなさること、きっと彼女を寵姫にされるつもりだろうと表立っては誰も非難できなかった。

 その光景に、彼女を「ネーロ」と親しげに呼ぶ声に、彼女の嘘を信じたハルフォード様が私を叱責する時の冷たい瞳に何度も何度も心臓を切り裂かれて。嘘吐き、嘘吐き。絶対に裏切らないと言ったのに、やっぱりあなたは私じゃなくてその子と「運命の恋」に落ちるのか、と感情的に泣き叫びながら掴みかかりそうになった回数なんて覚えていない。


 だから好きになりたくなかったのに、だから婚約なんてしたくなかったのに、あなたが望んだくせに、裏切り者。

 私は知っていた。裏切られて捨てられる未来を知っていたからハルフォード様と婚約するのは嫌だって、そう言ったのに。

 貴族子女の通う学園で、彼女……ネロイが現れたらハルフォード様は彼女に夢中になって、「アイリス」は婚約破棄をされる。ネロイが誰を攻略してもその未来は変わらない。アイリスはイベントのたびにネロイの魅力の引き立て役にされて、さんざん比べられてプレイヤー達の溜飲を下げる道具として使われ続けた挙げ句に……どのルートでも主人公に惚れるハルフォードから「君のような女性を王妃にする事は出来ない」と婚約を破棄されるのだ。

 自分が転生したと自覚した時よりも、転生したこの体が決して幸せになれない事が決まっている「悪役令嬢アイリス」だと気付いたときの方が衝撃は大きかった。

 決められた未来、決められた筋書き、だけど私だって回避しようと努力した。ゲームの中のアイリスみたいな高慢で歪んだ性格の人間にならないように、勉強や教育もがんばって、ゲームの中にはなかった発明もして次期王妃としてだけではなくハルフォード様の隣に立って恥ずかしくない人になろうって、そう思っていた。

 「絶対にそんな事しない」「本物の僕は君が見た夢みたいな不誠実な真似はしない」って約束したのに、嘘吐き。嘘吐き。


 ネロイが現れて一年、不安は的中した。ハルフォード様どころか、側近の方達……ゲームの中での他の攻略対象も全員ネロイを囲んで愛をささやき始めたのだ。数日前まで紳士的な距離を保って接していたのに、どうしてと思う反面。ああこれがゲームの強制力ってものなのだろうかと絶望した。

 彼女も転生者である事は確定したが、だからってあれ以上何が出来ただろう。

 人払いをしてネロイを呼び出したのが悪かった? 大人を介入させれば良かった? でも王太子の婚約者として人間関係のトラブルの采配の腕も望まれている身で安易に外部を頼る事なんて出来なくて。家を交えたら、急に不実な態度を取るようになった殿下との婚約をお父様に取り消されるんじゃないかと怖かった。

 どうにかして今までのハルフォード様に戻そうとしたけれど方法すらも皆目見当がつかずに、見ている間に早送りのように全員との恋愛イベントが進んでいく。


「殿方を侍らせるなんて不純な真似はしないで、ここはゲームじゃなくて現実なんです。お願いだから誰か一人と誠実な愛を育んでください」


 あれ以上になんて言えば良かったの?


「え、嫉妬ってやつ? アハハ~羨ましいって素直に言えばいいのに。ウザ」


 歪んだ笑顔でそう吐き捨てた、主人公の皮をかぶった「何か」

 どう伝えればネロイの中にいる転生者に改心してもらえたのか、私は今でも分からない。

 せめて、せめて一人だけと向かい合って真剣な恋愛をしていたのなら。せめて私と同じかそれ以上にハルフォード様を愛していたのなら諦めることも出来たかもしれない。でもあんな人に、大好きだったハルフォード様が狂わされて、周りの評判も落ちて、それが悔しくてたまらなかった。

 あんな人はハルフォード様に相応しくないと、少しでも改心させようとかけた言葉を全てネロイは悪意のある脚色を加えて大げさに嘆いて見せた。私はアイリス様に嫌われてる、酷いことを言われた、と。

 信じた人も信じなかった人も、それを利用しようとした人たちも居たが。ハルフォード様と殿下の側近……私の弟と幼なじみも毎回全員ネロイの肩を持つのが本当につらかった。

 そのうち、「教科書を破かれた」「昼食を制服にわざとこぼされた」「階段から突き落とされそうになった」「街でさらわれそうになった」と、私はやっていない、ストーリー上発生するイベントの犯人扱いされるようになって……

 アリバイがあっても「人に命令したんだろう」なんて聞く耳も持ってもらえず、大好きだったハルフォード様に怖い声で言い募られて……あの日は耐えきれずに彼が立ち去った後に泣いてしまった。恐ろしかったのと、優しく公正だったハルフォード様の変容が悲しくて。ああこの人は私が愛したハルフォード様じゃなくて、ゲームの中にいた「ヒロインのためのハルフォード」になってしまったんだ、そう思って。


 こちらから、ハルフォード様に責があるとして婚約破棄するには十分だっただろう。でも出来なかった。だって、まだ私はハルフォード様を、愛していたから……


 だからパーティーで吊し上げのように、無実の罪で断罪されて婚約破棄を告げられた時も無気力に受け入れてしまった。

 年度末の学園関係者の集まりで、ゲームでは卒業を祝う正式な夜会だったが、一応まだ婚約者だった私を放ってネロイの取り巻きをしているのはストーリーの通りだった。彼女をエスコートしていると言うことは、ハルフォード様をメインとした逆ハーエンドを達成したのだろう。


 悲しみを浮かべた瞳で、婚約破棄を受け入れて会場を後にする私に彼女は勝ち誇った笑みを向けていて。

 悪役令嬢を断罪して、敵を舞台から追い出した後はヒロインは自分を愛する男達と幸せに暮らしました、そう締め括られて舞台の幕は降りるのだと思っていた。



「アイリス! ごめん……やっと目が覚めたよ……っ。まず君をたくさん傷付けた事を謝罪させて欲しい。謝って済む事ではないけど、ごめんねアイリス……」

「ハルフォード、殿下……?」


 そのパーティーの翌日、王都の公爵邸である我が家に先触れとほぼ同時に駆け込んできたハルフォード殿下は涙ながらに語ったのだ。


「僕が誰よりも愛していたアイリスに、なんであんな態度をとっていたのか全くわからない……霧がかかっていたような、勝手に体と口が動くような……いや、こんなの言い訳にしかならないな……本当にごめんねアイリス、たくさん悲しい思いをさせてしまった」


 ぽろぽろ泣きながら私の瞳を覗き込むハルフォード殿下。ネロイの横にいた時の冷たい目では無く、私の知っているハルフォード様が、そこにはいた。


「殿下……」

「やだ、名前を呼んで……お願いアイリス」

「ハルフォード様、……ネロイさんの事は、いいんですか?」

「あんな女! ……なんであんな女の言う事を真に受けてしまったのか、何故かあの女が現れてぼんやりしたまま生きていた最中、君への愛が見えなくなっていて……今はこうして取り戻しているけど、自分の事ながらあの時の事を許せそうにないよ……」


 震えた声でぐっと拳を握り込んだハルフォード様の手は震えていて、ポタポタと血が滴り落ちた。


「いけません! 傷が……」

「こんなもの……! 君が負った心の傷の方が百倍深かった!」


 悔しそうに涙を流すハルフォード様に、私は一つの心当たりに行き着いた。

 エンディング……そうだ、あのゲームはハッピーエンドではそのルートの攻略者と、卒業式のパーティーでダンスを踊ってみんなから祝福されて終わっていた。

 エピローグやアフターエピソードは語られていない。きっと、ゲームの強制力が昨日の夜で切れたんだ。


 正気に戻ったハルフォード様が陣頭指揮を取って捜査がおこなわれた。私の弟を含めた側近全員も、以前のような理性を取り戻しこの事件の調査に乗り出している。結果、ネロイの私物から現在は法律で禁則魔法に指定されている魅了の魔術を発動させるアクセサリーが発見された。

 地元の男爵領の祭りの出店で買った品で、妖精の加護があるって設定だったけど、加護ってそう言う……?

 たしかにそんな都合の良いアイテムでも無いと、ゲームでやってたみたいに同時進行で仲を深めたり挨拶するだけで好感度が上がったりなんてしないだろう。

 ヒロインをヒロインたらしめる「からくり」を知ってしまい残念な気持ちになりつつも、あのネロイの中の人は禁則魔法を使って王太子やその側近を陥れようとしたのは事実である。

 ゲームの中のヒロインは善良だったから、アクセサリーにかけられた魔法に誰も気付かなかったのか、それとも心が悪に染まった者が使ったからああなってしまったのか。偶然で禁則魔法に触れてしまっただけなら国が回収して終わり、そこまで問題とならなかったが。彼女は効果を分かった上で悪意をもってそれを利用していたことが立証されてしまっている。

 他にも、嫌がらせの自作自演や私への名誉毀損で立件された。

 ネロイの罪が暴かれた事により、ハルフォード様を含めて取り巻きになっていた方達の名誉は挽回され、私との婚約も破棄を取り消されることとなった。ああもうややこしいわね。

 私はハルフォード様と、これからも結婚を前提とした婚約を続けることに了承したって事。

 ハルフォード様にも隙があったと、あやしげな道具を使われたと言えあんな振る舞いは処分があってしかるべきとの声は当然上がった。王妃様も、この婚約を破棄していいと言ってもくれて。

 確かにハルフォード様はバカだった。ゲームの強制力があったかもしれないけどあんなにコロッと態度を変えて……でも、私もとんでもないバカだったみたい。あんなに傷付けられても、ハルフォード様の事を嫌いになれなかったんだもの。


 今日は婚約継続の意思を確認するために、あの騒動の日から初めて、改めて婚約者として顔を合わせる日。

 ゲームが終わって良かった。この人への愛を失わないで良かった……きっと「こんな事があって元鞘に戻るなんてバカだ」って言う人は多いだろう。けどこれは強制された物語じゃない、私は自分でハルフォード様を選んだから。


「アイリス……愛している。二度とこの想いを違えないと誓うよ」

「今度は……間違えないでくださいね、ハルフォード様」


 一時はやっぱり、悪役令嬢に転生した私は幸せになれないんだって悲観したけど。ゲームで決められたストーリーじゃなくて……私が主人公の話はここから始まる、そう思うとこの世界全てが一層鮮やかに感じた。

 ハッピーエンドじゃない、ここから始まるの!

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