ヒロインになった者の独白
湯船に浸かりながら考えて湯冷めしながら書きました。
「昔々あるところに——」
村の集会所でお伽話を聞いている時、突然ふっと僕の頭の中はその思考で埋め尽くされた。
「彼には村に仲の良い親友と、それから同じくらい仲の良い異性の幼馴染がいました」
田舎の村から勇者が生まれ、世界を救う話。普通の男児ならば、我こそが勇者だと一度は夢見るような話。
けれど僕は違った。
僕には親友も、それから幼馴染もいた。
僕の親友は、それはもう勇敢な男だった。常に正しい道を、自分の手で切り開き、自分の足で歩み進める、そんな男だ。
僕の幼馴染は、それはもう天女が如き乙女だった。常に優しく、常に献身的、そんな出来た女だ。
それに比べ僕は違った。何もない。優れた容姿も、力も、技術や知識でさえもない。ただのつまらない人間だった。
「親友は彼に言いました」
そんな僕だから、初めから物語の主人公になれるとは思わなかった。そしてこのお伽話を聞いた時、ようやく納得がいった。僕の意味、生まれてきた理由、存在意義——
「『僕の分まで生きておくれ。生きて皆を救っておくれ』と。そうして勇者は、魔王軍によって壊滅した村からの旅立ちを決意しました。世を苦しめる魔王を放っては置けなかったからです」
——僕は、『勇者の旅立ちを後押しする、親友の役割だ』って。
「というわけなのさ。だから僕はこれで良いんだ、満足してる。君たちと一緒に過ごせた日々はとても楽しかったんだもの」
僕は言葉を紡ぐ。
彼が立ち止まってしまわないように。
彼女の涙が止まるように。
ああでも……できることなら……
「勝って凱旋する姿を、僕も見たかったよ」
いけない。これはお伽話にはないこと、僕の本音だ。でもそれも無理だ。もう無理なんだよ。
だから……
「治癒魔法をやめてくれないかい? 何度も言うが僕はもう満足なんだ。君の魔力はこれからの旅で有用なんだから」
彼女は、癒しの聖女は、首を勢いよく横に振る。いっそう魔力が杖にこもり、僕の無くなった下半身へと流れ込んでくる。
でも治癒の魔法は、万能ではない。腕一本ならまだしも、体の半分もなければ治癒は不可能だ。
「ああ、そうだ。僕はここに捨て置いて、旅立ってくれ。せめて僕に、旅立つ勇者の背中くらいは見せてくれ」
抱き抱えあげられていた僕の体が、ゆっくりと地面に横たえられる。
涙を堪え、唇を噛み締めている。やはり君は、勇者になるべき男だ。
涙を拭い、それでも溢れ出るものを必死に堪えている。やはり君は、聖女に相応しい女だ。
「どうか君たちの行先に、幸多からんことを」
僕はここで眠る。いずれ君たちが勝利し、帰ってくるであろうこの村で。
=*=*=*=*=
「そうは問屋が卸さないんダ」
「へっ?」
僕は謎の声に起き上がる。
起き上がる? 下半身が吹き飛んだやつが起き上がることなんてできるだろうか?
「そんなもの、悩むだけ無駄ダネ」
「……もしかして神様?」
「当たらずといえども遠からずってところダヨ」
目の前の超常的存在は、大きな鏡を取り出してみせた。そこには、平凡な村人である僕が、呆然と立ち尽くしている姿が映り込んでいた。
「どうして僕を」
「そんなの当たり前サ」
神様は肘をついた手に頬を乗せ、ふふんと笑って見せた。
「自己犠牲の精神、大いに結構! でも世界は君みたいな善人をそうやすやすと手放すほど、余裕があるわけじゃないんダ」
「じゃあ僕は生き返れるの?」
「残念ながらァそれは理に反するんダ」
「じゃあ何を……」
神様はうむむと唸りながら悩んでそれからポンっと手を叩いて何かに閃いた。
「今後勇者の仲間になる運命の子に転生させてあげるヨ! ソレッ!」
「へっ?」
気がついたらそこは、何もない謎の白い空間ではなく、森の中だった。
「ミィ! 早くしないと置いていくよ!」
「はいっお母さん!」
……ミィ? お母さん、わからないのにわかる。
私は猫人族のミィ。この森の護り手の一族として生を受け、今はお母さんの手伝いをしていて——
——でも僕は僕。勇者を送り出した僕は、ありきたりな名前な人間。
他人じゃない。僕も私も、自分だ。
「なにグズグズしてんだい! 晩飯抜きにするよ!」
「それは嫌だー!」
私は木の実が詰まった籠を手にして、先を行くお母さんの尻尾を追いかけた。
これは、困惑しながらも今を生きる元僕現私と、そんなことは知る由もない勇者と聖女の、魔王討伐の物語になったかもしれないもの。




