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魔法書は4コマで。〜漫画で魔法マニュアル描いたら厨ニが増えました。ごめんなさい〜

作者: たちばな樹

ブランク二年ほど空いた習作です。書き溜めた長編作品を短編にしました。なので上手く抜粋できているか不安です(-_-;) ガバゆる設定です。魔法はあるけどそんなに魔力容量が無い世界です。


何それー!おかしすぎるー!」


学校の放課後の教室で友達同士集まり、ただ雑談しながら時間を過ごす。

お菓子を食べながらスマホをイジり、ゲラゲラ笑う友達。

新番アニメをちょっとした四コマでふざけて描いたりする。


アニメ漫画小説が趣味のオタクなJK。

それが私、佐藤かなだ。

まあ、どこにでもいる平凡市民。


今日も休み時間に友達と観たアニメの感想と二次創作の話で盛り上がり、落書き描いてみんなで笑って家に帰る。それが当たり前の毎日で疑いようもない日々。心のどこかでドキドキ異世界転移を夢見ながら笑い話にしていた。


「トラック転生は痛そう」

「電車だと遅延は迷惑だし」

「そうそう!電車は特に!」

「損害賠償の請求マズイよねー」

「それ!」

「親に迷惑かける!」

「だよねー」


なんて非現実的な事を笑いながら友達と話して過ごしていたのに。




叶っちゃダメでしょーー!



キタコレ異世界!



なんて、リアルじゃ喜べんわ!








※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※






「いらっしゃいませー!!」


昼時近くなった食事処はもう客が増え始めている。


「お好きな席にお座りくださいませー!」


客は空いた席に座って注文をし、店員は注文を書き込むと厨房へ伝えた。


ザワザワとする店内からは次々と注文の声が聞こえてくる。


「はーい!お伺いいたします!」




ーーここは黒爪亭。


この店は料理を出す食事処で、老舗の料理屋だ。

石造りの街中で珍しく木材で建てられた店は時の経過により黒光りする柱が目を惹く。燻された柱や天井からも年季を感じる趣きだ。



「カナンちゃん!三番料理出来たから運んでくれる?」

「はーい!」

「熱いから気をつけて運んでね」

「はい!女将さん、七番の注文表置いときます」


ここで店員をしている私は『カナン』と呼ばれている。

んー、何故だか異世界に居た。

気がついたらココにいた。この店に。いや、マジで。


普通、異世界転移って森とか平原とか海とか砂漠とか、召喚だったら王宮とか神殿とかじゃない?

まあ、異世界転移自体に普通が通用しないのは分かっているよ。でも、テンプレじゃん?


私はこの店の店長さんの目の前に出現したらしい。

“らしい”のはその時私は意識なかったからね。よく知らない。



気がついたら、知らない天井でした。

このセリフを言うんなんて、思わず笑ったよ。


まあ、なんのトラブルもなく町に居られるのはラッキーだよねー。

ん? 異世界転移自体トラブルじゃん、とか言わない。落ちた場所がラッキーなのは異論ナシだし。

おかげでテンプレのように森を彷徨うことも獣や魔獣に追いかけられることもなく、奴隷商人に襲われることもなく、野盗に殺されかけることもなく、無事に衣食住をゲットしました!


王子様や騎士様に救われるテンプレは憧れたけど、平穏が一番だよね?

うん。残念、じゃないよ?

悔しくも未練もないからねー!! ………ちっ。

異世界人が迫害されてたり、どこかで隔離とか差別とか囲われたりが無くて良かったけどさ。

保護されて、ここの店主がそのまま保護下に置いてくれてるから、普通の生活ができている。それだけでも本当に感謝している。


とは言え。

この世界の色々な事や全てを信用、信頼してる訳でもない。

手厚く保護してもらっていながら申し訳ないが自分として出来る自己防衛はしている。

周りからの気遣いに対して罪悪感が否めないが、見知らぬ土地では目を積むって欲しい。

まだこの世界そのものがよく理解出来てない以上、自分の全てを曝すのは怖いのだ。


だから『カナン』は偽名だ。


一応、本名の真名は名乗ってないのはラノベのテンプレだからね!

だから本名『佐藤かな』を隠して『風鈴花楠』(ふうりんかなん)が今の私の名前。


イラスト投稿するSNSのハンドルネームで使っている風鈴(ふうりん) 花楠(かなん)をこの国に合わせ名前を先にして、『カナン・フーリン』にしているのだ。咄嗟に出てきた偽名ってハンドルネームくらいだったのよね。


今さらだけど、ハンドルネームを人から呼ばれるのがちょっと恥ずかしい!

同人誌とか出すつもりは無いからハンドルネームを人から呼ばれるなんてありえないし、気恥ずかしさがハンパない!

慣れるのに時間がかかったのは内緒だ。

拾ってくれたマスターや女将さんに呼ばれるたび気恥ずかしくなるが誤魔化しながら過ごした。



カランコロロン


「ちわー!」



おっと。

ぼーっとはしていられない!



「いらっしゃいませーー!」



メニューを持って客をテーブルに案内しなきゃ。

今日も今日とて接客仕事です!!






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「マスター。ランチの客が帰りましたよ」

「んっ。なら飯にするか。おーい賄いにするぞ」

「了解です!」


テーブルに賄いを並べていると女将さんがニッコリと微笑みながらお皿を持ってきた。


「お昼のデザートよ。今日は女性客が少なかったからね。カンナちゃん食べて」

ありがとうございます!このプリン大好きなので嬉しいです!」


釜焼プリンは黒爪亭の定番デザートのひとつ。


「まだあるからね」

「んー!食べすぎちゃうのが困るー!」

「カンナちゃん食べて大きくならないと」

「えー!大きくって言うより食べ過ぎたら太っちゃいますよ!」


でも「大好きだから食べすぎちゃうー」と頬が緩んでしまう。



ふっくらとした柔らかい女将さんはお母さんのような包容力で安心感ハンパない。

失敗した時も「大丈夫よ」と励まされいつも応援してくれる。

本当にここに落ちてよかった。

二人と出会えたことが私の最高の幸運だと思う。


見かけは熊みたいな厳ついおやっさんと、包容力の女将さん。

二人に見守ってもらえる毎日に感謝しながらお昼をたべた。





※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・




「ティナいらっしゃい!」

「カナン!ここのストロガノフ食べて受かったって仲間が何人かいたから、験担ぎに来たよ」



験担ぎにこの店にビーフストロガノフならぬ、オークストロガノフを験担ぎしにきた私の友達ティナ。

今回ランク上げの試験を前にして、験担ぎでの来店だ。


試験三度目の挑戦に、ご利益ありそうなことを片っ端から神頼みしているティナに「ご利益参りしてないで練習したら?」と言うと炎を背負い鬼の形相で睨まれた。クワバラクワバラ。


ティナ曰く、緊張して集中できず失敗するから術の練習は意味が無いらしい。必要なのは精神力のようだ。

メンタルトレーニングは難しいからねー。

人の字を手に書いて飲むのは、漢字の国の人限定かなぁ?御呪いは魔法使いにはきかないかしら?


「剣士さんで、オークの香草焼きを験担ぎにしてる人もいたよ」

「この店、少しお高めだからね。気分一新とか験担ぎとか、理由ないと入りにくいわ」


たしかに少しお高めなのだ。

老舗でもあるこの店は、中流家庭や下級貴族、中堅冒険者以上御用達のお店って感じ。あとは依頼達成や臨時収入があったりした時に特別に奮発する初級冒険者のプチリッチ気分の時に利用される感じ。


今日は特別に時間をずらしてランチタイム。

のんびりとティナ達とランチをさせて貰っている。

マスターに感謝です!ありがとう!!





私とティナとの出会いは常連客の一人、ラントが連れて来たのが始まりだ。

ラントは冒険者で、Bランクチーム『ラピリス』のリーダーだ。日に焼けた肌にも厳つい顔にも目立つ傷があり、鍛えられた躯体からは中堅の貫禄が滲み出ている。短めに切り揃えた黒い髪色は日本人にとっては親しみやすい色だ。


そんなラントが同郷の子だと言って連れてきた女の子がティナだ。

桔梗色のストレート髪は腰ほど長くサラサラだ。その髪をひとつに編み込み結いている。空色の澄んだ瞳はハッキリと二重の少し垂れ目で白い肌は人形みたいだ。


まったくもってうらやましい!

この世界の顔面偏差値は高すぎる!

周りの人達もこんな感じで整った顔付きばかりだ!


ラントがティナを連れて来た日から話をするうちに、私と年が近いこともあり意気投合するようになった。

ココに来て初めての友達といえる仲になれて凄く嬉しかった。ティナも気が合う年の近い相手が居るのは嬉しいと言ってちょくちょく会うようになった。

今では休みの日に一緒に買い物したりランチしたりが当たり前なほどだ。



「今回だけだぞ?奢るのは」

「ラン兄ありがとう!今回こそ受かりたいのー」

「こう言う時だけ兄呼びかよ!精神鍛えろ!そうすりゃスグ受かるさ」

「それが一番難しいの!」

「場慣れするように色々な所に連れて行くぞ?」

「遠慮します。命がけは嫌よ!」


ラントは「ウシシシシ」と悪戯な顔でティナを笑い、ティナに睨まれている。


「昇格試験あと少しだねー」

「緊張するー」

「今回は上手くいくといいねえ」

「うーん。緊張して上手く発動しないのよー」


ティナは緊張で詠唱が中々発動力に繋がらず、威力が安定しないらしい。


「詠唱完璧なのに難しいのよねー。他の術師を見ながらイメージに繋げてるんだけど。他の術師なんて見る機会少ないし、上達しにくいのよ」

「術のイメージが続かないのかぁ」



緊張で集中が難しく、イメージが乱れるようだ。

イメージが固定すれば発動しやすくなるのかな?


それなら集中が少し逸れてもイメージとして残っていれば大丈夫かな?と軽く考え、「なら描いてあげる」って、気楽に提案してみた。


このところ仕事にかまけて絵を描いていない。

忙しいし、気持ちが湧かなかったからだ。

でも、話を聞いているうちに描きたい気分になってきたのだ。


私はこの食堂の二階に居候させて貰っているので、すぐに部屋から紙とペンを持ってくるとペンを走らせた。

異世界にきてから久しぶりの気分にペンもスルスルと走り心のままに描いていく。


異世界に振り回される毎日に気が休まる暇もなく、生きるために仕事の毎日。

時間があっても精神的にモチベーションが上がらない日々に描けないことがストレスになって描くことから離れていた。



ーーこんな気分は久しぶり。



ウキウキとティナの似顔絵で描きあげていく嬉しさにペンは走った。

粗めの紙につけペンで描くのはちょっと滲みやすくて大変だけど、気分の向くまま描き込んだ。



カリカリガリガリシュシュッサッサッサッ。


紙の上をペンが踊り、どっかの漫画の解説みたいに、人型を書いて矢印多用で外気や内気を描いた。足元や大地、または大気からエネルギーを吸い上げるイメージをコマ割りで描いた。

気功とかオーラとか、体内の流れやチャクラでエネルギー溜めるとか、オタク知識も描き散らした。



この世界、人体解説とか理解できるか不明だけど、絵で描けばなんとかなるのかなぁ?

識字率低いみたいだから辞書があっても読める人が少ないだろうし。



描きあがりティナに見せてみた。


「何これ!凄い分かりやすい!」


手を前に突き出し、開いた手のひらに魔法陣を浮かべ、術を繰り出すシーンを描いたら感動された。


「私が描いてある!何かの本の主人公みたい!!」


ま、ティナをモデルにしたから、自分を描いて貰ったのが嬉しかったみたいだ。



「ねー、他の火炎術とかない?!」


両肩を手で掴まれグラグラと揺すられた。

止めてー目が回るー。

ガバリと鼻スレスレまで近づき、期待に満ちた顔を向けられちょっと引いたが、ファイアーボールが浮かぶ絵を描いて渡した。

片手で出すのと、両手を上げて巨大火炎球の絵を。

ティナは炎系の術が得意だから炎関係のポーズを描くことにした。

火炎の弓、槍、竜と龍、壁などイメージ出来る限りを絵にした。


龍は身体に巻きつけるイメージや、手に巻き付けたり、どこぞの黒い龍みたく描いたが著作権を異世界まで訴えに来ないだろうと、規制関係なく描いた。有名ゲームを色々思い出しながら描き連ね、金髪のマッチョが波動を出すようなポーズとかも描いた。

金髪マッチョに釣られて、彼女をマッチョに描きそうになり慌てて服の線に誤魔化して描き直したのは内緒だ。

アブナイアブナイ。変なコラ絵になるところだった。


足元に魔法陣を描き、そこから湧き上がる炎から巨大な竜が出現して口から火炎攻撃する絵とか。描いた絵をティナに渡した。



「凄い!魔導書読むより分かりやすい!」

「喜んで貰えて良かった」


ティナな眼を見開いて満面の笑みを私に向けた。


「分かりにくい所ある?補足に何か描いた方がいい?」


まあ漫画で読む歴史とか、漫画で学ぶ科学とか漫画のマニュアルとか色々あったからね。分かりやすいのはお墨付きだろう。

描いた紙をティナに渡して試験合格を応援した。


「最高!分かりやすいし!これならレパートリーが増えそうよ!」

「参考になるといいんだけど」


緊張も吹っ飛ぶティナのご機嫌振りにコッチがビックリだ。ティナは描かれた紙を抱えてキャーキャー言いながら興奮している。これだけ喜んでもらえたなら描いた甲斐があるもんだと私もフフと笑って安堵に肩を落とした。

ティナは試験より描いた絵を実践したくてウズウズしているのが良く判る。


「一緒に練習場に行かない??」

上目遣いでニンマリと微笑む姿は可愛いがあざとい。

あざと可愛いとわかっていながら断れないのは可愛いのせいか!可愛いズルし!

仕方ないと言う顔を向けるとティナの眼はさらにキラキラしている。


「明日ならいいよ。今日は描いた絵をイメージする練習にしたら?イメージトレーニングが大事でしょ?」

「やったー!」と両手挙げて喜ぶティナに、甘いなぁ私。と思いつつ、喜ぶ顔を見て私もやっぱり嬉しくなる。



「そうね!今夜はイメージ頑張るわ!明日お願いね!!」



破顔するティナに釣られ頬が緩み、久しぶりに描いて良かったと思った。




※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・




「私居なくても良くない?一人でもできるでしょー?」

「えー見ててよー、描いた通りに出来てるか見てー」




町外れにあるギルドの練習場所は壁の外側にあり僻地だ。街を巡る辻馬車で門まで来たがあとは徒歩だ。

異世界人は現地人と違って体力無いんだよ。電車バスの現代人は筋力退化してるんだい。ゆとり世代なんだよー。


ここ遠すぎ。来るのだけで疲れた……。



見渡す限りボコボコに穴の空いた大地。

所々隆起したり石柱が生えてたり、ここに来た魔法使い達の練習跡が随所に残り悲惨な情景だ。


ティナを見れば描いた紙を見直しながらブツブツ言っている。



「ちょっと試してみるから離れててねー」

「了解ー!」


早速、術の試し打ちをするようで杖を持ちながら私に声を掛けた。試し打ちがどうなるか解らないが、巻き込まれたら大変。ティナの後方に下がり様子を見ていると、どうやらファイヤーランスを打つようだ。最初の定番はファイヤーボールだろ!との心のツッコミは飲み込んだ。


離れたところの石柱を狙って、ティナは、「えい!」と勢いよく振り下ろした。


ーーシュイン!!


空を切る音の後、石柱に当たり激しい音がした。


ドガアァアッ!!


爆発音と石柱の崩れる落石音が鳴り響いた。


そのあとティナは続けて違う動作に移った。

杖の先で真横に炎で一線を引いたあと、その一線から炎の弾が矢のように射出された。


ーーシュパパパパパパパパッ!


連続音が終わるとすぐにボボボボボボンと前方から爆発音が続いた。



爆風に髪をなびかせて立つティナは漫画のヒロインのように見えた。


無事に描いた絵の通りに術は発動している。

私が描いた絵を再現され、描いた二次が目の前で繰り出される衝撃に顔が緩みまくった。

ウフフフッ。もっと趣味全開イラストでも良かったかも、とか思ったりもしなくもなく……。


魔法使いの少女。

絵になるわねー。


描く欲に駆られ脳内が楽しかったのは内緒だ。






「上手く発動したじゃん。あとは緊張しなきゃ試験は大丈夫じゃない?」

「これ………凄すぎ」

「そう?まあ術はイメージなんでしょ?なら良かったじゃん」


漫画参照による魔法発動実験は終了した。

ティナが使い熟せそうなら描いたかいもあるもんだと、満足して腰に手を当ててウムとひと息ついた。


「ん?どうしたの?」


無事に魔法が出来たし検証も終わったのにティナの目が厳しくなっていく。


「やっぱり、これ門外不出よ。人に見せちゃダメだわ。拐われるわよ」

「えー?なにそれ。拐われるの?」



魔導書は文字説明のみが普通で、知識優先な指導書だ。

見て覚える漫画マニュアルは革命的なのだと力説するティナ。



「術はイメージなのよ。こんな解りやすく説明を絵で描かれたら魔術革命が起きるわ。マジ危険よ」

「えー。ただの四コマなのに?しかも術発動シーンだけだよ?身構えて術の呼び出しポーズとかとか発動の決めポーズとか。漫画にもなってないしー。つまんないしー。起承転結にもなってないしー。ボケもツッコミもないしー」

「ゴタクはいいの!問題は中身よ!」


怒られた。


ぶーたれた私にティナは半眼で残念な子を見る目を向けている。


ああ。冷たい目だわー。

ヘコむからやーめーてー。

異世界慣れしてないのよー。

異世界人の非常識アルアルはいらないわー。




でもね?

コレがこんなことになるなんて思ってなかったわよ!



※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・


ある日の買い物中。 


いつもなら路に沿って人が流れる道が人々が立ち止まって塞がれていた。街中が騒がしくなって人混みが出来ているのだ。

背の低い私がぴょんぴょんとしてみたが、とうぜん向こう側が見える訳もなく。様子を伺うと何処からか大きな怒鳴り声が聞こえた。



「待てー!!!」


ーードオォオオン!



ドスの効いた低い声が響くと爆発音が鳴り響いた。


「相手は魔法使いだ!気を付けろ!」

「回り込め!!」


遠巻きに聞こえた声が近づき、人混みが蜘蛛の子を散らすように散らばった。

私も巻き込まれては大変だと、建物の陰に隠れた。


物陰からチラリと覗くと、どうやら魔法使いが犯罪を犯し捕物劇を繰り広げているようだ。

術を放ちながら逃げる犯人と、それを追う騎士達。

騎士達頑張れ!と心の中で応援しながら見送った。



だが、術で接近できない騎士達を歯痒く思いながら見つめた。




※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※



「受かったよー!」

「おめでとう!良かったねー!」

「カナンのおかげだよ!ありがとう!!」


歓喜にぴょんぴょん飛び跳ねるように私に抱きつくティナを宥めるように背中をポンポンと叩いた。


ティナは私の仕事休憩に合格の報告をしに来てくれた。喜ぶ私達にマスターが「差し入れだ」と言ってデザートを出してくれた。


「合格祝いだ。奥のテーブルでゆっくりしな」


ぶっきらぼうなもの言いのマスターだが無愛想でも照れ屋なのは知っている。耳が赤いのは後ろ姿からでも良くわかる。

二人でフフフと笑いながらデザートを食べた。




「術が珍しいって言われたんだけど、一応誤魔化したよ」

「んーそうなんだ」

「あんまり深刻にしてないけど…」

「何かマズい?」


チラリと上目遣いでティナを見たが、ティナは渋い顔で口元を下げた。


「新しい魔法だから、目をつけられるのよ」

「へー」


魔法の世界は良く判らないが、技は一子相伝だったり秘密の多い世界のようだ。

誰に師事してるのかとか聞かれて困ったと文句言われた。そう言われてもなぁ。





「でもまあカナンのおかげよ。ありがとうね」


これでギルドランクが上がって利率のいいクエストに行けるそうだ。

ティナの満面の笑みを向けられ心がほっこりとした。

自分がここに来て、本当に役に立ったのだと、実感したから。



「こちらこそ。ティナと会えて良かったよ」




笑い合う私達をカウンターの隅からマスターがコッソリと見守っていた。



※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※



いつも通りの毎日が捕物劇で少しスリリングだった数日後、店内で騎士を見かけた。

あの捕物劇に居た騎士達の一人らしく、周りの客と捕物劇の話しをしていた。会話の切れ目を見てことの顛末を聞いてみた。



「騎士様。先日の捕物劇大変でしたね。捕まえられましたか?」

「あー、恥ずかしながら取り逃したのだ。市民の皆を不安にさせて済まないな」


バツの悪そうな顔付きで躊躇いがちに言う騎士様だが、騎士様がわるい訳じゃない。

剣と魔法では相性は最悪だ。対処方法が無きゃ難しいのは当然。


「騎士団の同僚に魔法士様はいるのでしょう?」

「あの時、丁度不在で捕り逃したのが痛かった」


後悔の念が浮かぶ騎士様は肩を落としている。


「魔法に対抗するなら、剣に付与とかはできないんですか?」


遠距離攻撃出来ないと難しい相手に対して付与攻撃しないのが疑問だった。なので出来ないのかを聞いたのだが。


「付与ないとリーチ詰められないですよね?」と言うと微妙に眉を寄せて困惑のような苦虫を噛み潰したような顔付きになった



「……簡単じゃない」

「難しいのですか?」

「付与してもらっても使い熟すのにセンスが必要なんだ」



重々しく口にした言葉にちょっと拍子抜けした。


使いこなせない、とは。


この世界では魔力は皆が持っている。

そして魔法は使える魔力量で呼び名が変わる。

三段階で言うなら下から言うと、魔法使い、魔法士、魔導士となる。

だいたい騎士団所属するなら魔法士くらいからになる。とは言え、地方の魔法士はピンキリだ。識字率が低い地方では学び舎が限られているから。



魔法使いになれる程の量を所持している者の比率は少ない。そのため基本は自分の持ち得る能力を鍛えるしかないのが現実だ。


まあ魔力があったとしても、剣を鍛えて魔法も鍛えてたらどちらかがお粗末になる。両方とも極めるのは至難の業となる。

二兎追うもの一兎も得ず、だ。

魔力が少なく魔法士には成れないから、剣を極め騎士になれたのだ。

仕方ないと言えば仕方ないことなのだろう。


そのため補助に付与魔法があるのだが。

脳筋には付与操作が難しいらしい。

イメージで炎や水や雷が纏う攻撃を魔力回路の操作しながら剣は振れない、とのことだ。

分かりやすく言うと、剣道しながら玉乗りする感じか?うーん。この例え合ってるか?

ともかく、本来の剣術の他に同時に違う所に意識してたら集中出来ないとのことだ。



ならと、付与四コマで説明してみた。

絵ならイメージしやすくなって、発動しやすくなるかなぁと。

ティナと同じく四コマで剣に付与した絵を描いた。


炎を纏ったのは定番で。あとは属性色々。

炎の斬撃飛ばしたり、それぞれ属性で描いて渡したら眼を見開いて見ていた。


「こんな凄い物を貰っていいのか!?」

「街の治安向上に頑張って欲しいですから!」


軽く言ったが。


後日来たよ。同僚の魔法士様と一緒に。



「君が描いたのか!」

「え?はい、そうですが……。何か問題でも………」

「問題だらけだ!」


魔法士様が眼を据えて見つめてきた。


えー、私マズいことしました?

まさか著作権とか無いですよね?

魔導書に描いてあるとか??


魔法士様は溜め息混じりに話を始めた。


「基本、脳筋に魔術などの説明などしても理解せず、付与を使いきれないのだ」


付与が使い熟せる騎士は凄く少ないらしい。

だが使える騎士は王宮や重要ポストに引き抜きされてしまうそうだ。


脳筋に根気よく使用方法を教えても馬耳東風、頭に残らない。覚えの悪い騎士に魔法士も根負けし皆無となった。

使用できる騎士は王宮などに集められているため、習いたくても習えない。そのせいで付与騎士の付与魔法を見る機会も少ないため、さらに身に着く人は増えることはないという悪循環。

それでも指導してくれる引退騎士はいるが、限りなく少なく王宮騎士などの王都の養成所など限られた場所にしか居らず、やはり育成人数に限りがあり、付与騎士の裾野は拡がらないのが現状だ。


ま、分かりやすく言えば、脳筋に難しいことは身に付かない。魔法士も匙投げた、ということだ。そして有能な人材は首都に引き抜き。


それがこの一冊でアッという間に解決!

脳筋も身につく付与術書!


だから、大改革どころではないのだ。

軍事力が格段に向上するのだから、どれだけの影響力か計り知れないと、言われた。


「君に騎士団に所属してほしいんだ!」


ガッチリと肩を捕まえられ身動き出来ない私を横から騎士様が抱えるとそのまま店の外に連れ出された。


「うひゃああ!何すんの!降ろせーー!!マスター助けてーー!!」

「黒姫のことはマスターに伝え済みだ」

「へ!?黒姫って何よ!」

「黒爪亭の黒髪の娘だから」

「なにそれ!!知らないわよーー!!」


黒爪亭の黒姫とか言われているらしい私。

笑うわ。

いや、笑えないけど。

乾いた笑いがワザとらしく、はははと溢れたが、二人の笑いも同じだった。

それはソレで失礼じゃない?

ちょっとムカつくわ!



つーか、だからって拉致るなぁーー!!




※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・



「おおー!黒姫だ!!」

「このちっこいのが?」

「描き手が来たのか!?」


騎士団の頓所に着くと、ザワザワと騒めきながらマッチョマッチョマッチョが押し寄せて来た。

筋肉モデルに最適なマッチョの持ち主達も纏まるとウザい。暑苦しい。圧が酷い。


騎士の肩に担がれた私は彼等を見下ろす位置に居るが、見渡す限りのマッチョムンムンにはさすがに引く。

私が怯えたように見えたのか騎士様と魔法士様がマッチョの皆さんを下がらせ場所を空けると私を降ろした。


「済まない。急で驚いただろ。でもカナン嬢の安全のためなんだ」


不満顔な私の気持ちを先手を打ち会話で抑える辺り魔法士様は話し上手だ。

流石、脳筋補佐。


「安全?何か危険なことしました?私」

「ええ。描いたでしょ?」

「絵、ですか?」


付与術を描いて渡した。

それが原因だとはわかる。

だが、それがどうしてこうなったのか知りたい。


不満と疑問をありありと浮かべた顔付きを向けたら騎士様達も複雑な顔になった。


えー私何したのー???



「カナン嬢。監禁されるのと、ここで監視されるの、どっちがいいですか?」


うわー、しょっぱなから凄い選択きた。


監禁と監視だって。

R小説に載ってそうな文言を聞くなんて笑うわー。


笑い事じゃないと眉間に皺を寄せる騎士様。

魔法士様もしかめ面だ。


ちなみに騎士様のお名前はボルドさん。魔法士様はジールさんだ。


今更名前紹介だとは。

遅いぞ。



   ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「んー。私の描いた四コマが凄すぎて、魔道士に監禁されそうだから保護した。と、言う事ですか?」

「ええ。余りにも威力がありまして。君の名前を秘匿しきれない状況ですよ」


どうやら四コマは革命的だったらしい。


「で、カンナ嬢。君は女神の小石ですね?」

「報告は義務じゃないけれど、身の安全を確保するために護衛つけるか、監視か、監禁だな」

「いやー!普通に暮らしたい!」

「でもねー、コレ漏洩したら魔道士に監禁されて知識絞り出されるまで解放されないし、秘匿のために消されるかもよ?」

「げっ!!」


女神の小石とはいわゆる転移者の総称だ。謂れがあるが、今は置いておこう。

それどころじゃないし。

監禁だって。

消されるかもって。


二人が言う衝撃的な単語に血の気が引いた。


「ここで監視が嫌なら当分騎士を警護に付けますので。不自由かもしれませんがご了承ください」


選択肢は他になく、「うん」としか言いようがない状態に二人から哀れみ半分の目で見つめられた。


それからと言うもの、私の護衛として黒爪亭に騎士が常駐する店になった。おかげで不埒な客は居なくなり、安心安全なお店と評判だ。


ある意味、安全性の高い店として認知されたのはよかったのかな?

おかげで女性客が増えたし。

それを目当ての男性客も増えたし。

まあ、いいこと尽くめ、だよね?


安全性が高いから女性客が増えたのか、騎士が常駐してるから女性客が増えたのか。

どちらにせよ、繁盛だ!と鼻息をフンスと鳴らした。店長は呆れて厨房へと消えたのは見なかったことにしよう。



小石の波紋はどこまで広がるか、神のみぞ知る。



※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・



ーー女神の小石と、私は言われた。



これは保護してくれたマスターからも聞いた話し。

この世界における神話の話し。



この世界では父なる太陽神と、母なる月の女神が世界を作ったとされる。


その神々には娘がおり、両親である神々から愛されて育った。


だが、この世界に他のものは存在しない。

知人も友達すら居らず一人寂しくしていた神子。退屈な幼い神子は石を拾っては狙った石に当てる、という暇つぶしをした。

ある時当たった瞬間、喜びで神力の操作をミスをしてしまった。小石に神力を込めてしまっていたのだ。

当てた小石の周辺は黒い穴が現れた。


そして、その穴から人が現れた。


この世界とは違う世界に穴が空き繋がってしまい、人が落ちてきてしまったのだ。



ーーこの世界の人の歴史はそこから始まった。





それからは異世界人は、『女神の小石』と呼ばれ、暇つぶしに女神が喚んだと言われている。


何故なら、言語習得しているからだ。

女神の加護があると言うこと。


したがって、申し出れば国に保護してもらえる。

しかし色々してもらえるが、色々面倒も増える。

加護を狙い血筋を狙い婚姻を申し出られ付き纏われたり。誘拐や脅しなどもあり、それを恐れて隠れ住む異世界人も少なからずいる。

もちろん、それを利用して悪どいことをするものもいる。異世界人とは言え千差万別。万人が善人ではないのは当然か。

でも比較的に政府に協力的な人物が多いことから、手厚く保証があったり生活保護は助かるが。これを理由に協力を強要される場合もあるから、困ることもある。


それが今だ!!




「騎士達に絵での指導をお願いしたい」


警護してもらってますからね。

致し方ないとは思いますが。

本当は嫌です。

面倒だよー!

マスター!

私ウェイトレスに戻りたいよー!!

呑気にくらしたいよー!!





※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※



元々趣味でイラストは描いてた。SNSに乗せて、仲間内にいいねをちょっともらいながら細々と書くくらい。同人出す程には書き込めない軽いイラストばかり。


それが今では四コマ職人だ。


騎士団に頼まれた四コマ描き。


白い紙にカリカリとペンを走らせた。

下書きは水で物凄く薄めたインクで描く。本番は普通の濃いインクで清書する。

鉛筆も消しゴムもないからね。

薄っすらと下書きみえるけど見なかったことにしてね。


騎士用だから剣を持たせる絵になるんだけど。

やっぱり刀描きやすいねえ。

物を持たせると映えるし、派手にして絵面を誤魔化せるし。


二刀流とか斬馬刀とかもいいねぇー!

鬼を切っちゃう刀とか?猪突猛進は四文字熟語だから著作権ないからね?ツッコまないでね?って、誰も分からないけどねー。

他にもナントカ斬とか、ナントカ切りとか、ナントカ波斬りとか。

武器付与定番、光の剣!エクスカ………ゲフンゲフン何でもありません口から溢れました。

光の剣だけじゃなく、雷、炎、など、属性付与系の槍や弓なども描いた。当然、鞭や暗器など雑誌の垣根を超えて描きまくる。


ネタ探しに懐古系YouTube見たのも役に立った。

元ネタって知らないじゃん?気になって探して観てたんだよね。

だって、とある波の絵で元は浮絵の北斎なのにパクリとかネットで言うんだよ。浮絵なんて教科書にも載ってるのに。無知を突っ込まれたらはずかしいし。知っておいて損はない。

即席知識で微妙に記憶に自信がないが。

新しいのから古いのまで色々描いて描いて、元ネタが思い出せないくらいに描きまくった。





騎士達用に描いたものを渡したら、次は魔法士用の四コマを頼まれた。


魔法を学ぶにも地方では学び舎は少なく、さらには遠くて通えない者も多い。識字率が低いため下級の魔法士には学ぶ機会も読むことも難しいことが多いそうだ。


そこでこの四コマだ。

見れば分かる魔法の書な四コマ。

救いの神として魔法士達に拝まれ頼まれ泣き落とされてしまった私は後悔の真っ只中だ。



白い紙の山が机の上に鎮座している。


ああ。

私はのんびり町娘としてウエイトレスしながらたまに趣味で絵を描く。そんなのんびりライフを求めていたはずなのに!


泣き落としなんかに負けなきゃよかったー!!


くそ〜!定番な周りから元気貰っちゃうのとか、勝手にタンス開けちゃうゲームとか、最後なファンタジーなのとか描いてやる!忍術も描いたる!属性遁術全部描いちゃうもんね!分身してやる!龍も虎も鳳凰も麒麟も描いてやる!和風な式神も描いたるわー!!鬼でも蛇でも何でも出て来いやーー!描いたもの真似できるもんならやってみなーだ!!



結構無理なものもたくさん描いてみたりもした。意趣返しとも取れるが、描くのが面倒臭いあたり逆に自分の首を絞めている。そう気がついたのは粗方描いてからだった。


魔法陣からの術だけじゃなくてもいいのかと色々な魔法系も描いた。発動系の術に飽きたとも言う。


魔法系アニメもYouTubeで観たし!

昔の魔法少女系って変身時よく呪文?唱えたり、ダンス?みたいに動いてるから動きが派手で珍しかったし!

男の子向けの特撮も変身シーンって動くよね。うろ覚えだけど。親戚の子が来た時に一緒に観たくらいだからかなり記憶が曖昧だなぁ、とぼんやりしながらペンを走らせた。


ガリガリと描き連ね、なんとなくで描き続けた私。


その中にふざけて描いた四コマもあるが勢いで描いたものを私は忘れていた。






そのふざけた四コマを私が後悔する日はそう遠くない日となる。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「終わった……」

「あ、終わりました?」


呑気にお茶を飲んでた黒マントの人物は寝癖のついた髪を揺らしながら私に近づいた。


呑気にお茶飲んで。

ムカつく。

コップにペンをいれちゃうぞ!

インクとコップを間違えるテンプレだから。

甘んじて受けろと、ペンを向けてにじり寄ると焦った顔で後退りしている。



「はん。やっとか」


緊迫したやり取りを無視してぶった斬る人物。


「遅せーよ。もっと早く描けねぇのか」


第三者のその御託に「あ"あ"ん!?」と眉間に皺を寄せてメンチぎり半目で見た私は悪くない。

数日間に渡って描いたのだ。

描くって簡単じゃないのよ!?

喧嘩売ってんの??

買うよ?今なら三割り増しでも軽く買うよ?


私のイラっとした気配を察知した寝癖君はまあまあと言いながら間に入り取り持とうと慌てていた。


「大変な事をお願いしてるのですから、失礼の無いように」

「あん?期日あるんだ。いそがせねぇとコッチがドヤされるだろ」

「無理を言ったのはコッチですよ。素晴らしい物を描いてくださっているのですから感謝しなきゃダメですよ!あ、私はネーロと申します。彼はリック。人が入れ替わるから覚えにくいでしょうが、宜しくお願いしますね」


ドスの効いた声が、リックさん。

やんわりとした声が、ネーロさん。

大丈夫。覚えやすいですよ。


「すみません。気を悪くさせてしまって。貴女の協力がどれだけ凄いか。後でもう一度言い聞かせておきます」

「はあ。まあ、時間かかるのは仕方ないと理解してもらえれば助かります」

「素晴らしい作品を描いてくださっているのですから。感謝してもしきれません」


ネーロさんが優しいフォローをしてくれる。

キラキラとした喜びに溢れた顔から星が舞っているような瞳を向けられてしまえば、悪い気はしない。満面の笑みを浮かべるネーロさんは寝癖が無ければそれなりに整った顔。

少し可愛い系のイケメン。

うん。ちょっとヤサグレた気持ちが少し解けた。イケメン効果とも言う。



「あ、追加が来ました」


やんわりと笑みを浮かべてネーロさんが振り向いた。


そのやんわりとしたその声に殺意が湧いた。


イケメン。気持ちが溶けた。

って言ったじゃんって?

手の平返し?

しるか!そんなもん!

眠い疲れた帰りたい私に、手の平クルーで状況変わるなら何度も手の平クルクルしてやるさ!

イケメンよりも私の疲労が優先です!

もー疲れた帰りたい描きたくない!



ーー逃げよう。



追加の連絡で席を外した二人が居なくなった。

この隙に素早く迅速に行動すべし!


理不尽な仕事量に私は脱走した。

窓を開けて周りを見渡し窓に身体を滑り込ませた。ここは二階なので屋根伝いに移動して地面に降りた。


「おい!? 逃げるとはどういうつもりだ?」


ーー見つかった!


窓から逃げ出したことに気がつき窓から身を乗り出し批難を口にするリックさん。

低い声が空から降ってくるのをダッシュして振り払った。


「戻ってこい!」


「いーーやーーだーー!!!」



こんなの私の仕事じゃなーい!!!




私は雄叫びながら雑踏へ逃げ込んだ。


やってられるかぁぁああ!!!




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




ガリガリ、サッ、シュッシュッ。



ペンが走る音が部屋に響く。



ええ。

今部屋で原稿描いてます。

今の私は囚われの姫ならぬ、缶詰作家でござるよ。

どっかの人気作家ですか?

編集者を侍らせて異世界で締め切りに追われるってありえないんですけど??



「………描けた」



上がった原稿を即座にむしり取る編集者。じゃなくて魔法士。

魔導士協会への発表会らしいけどさ。

知らんよ。ノルマなんか。




逃げ出した私は魔法士に追尾術で簡単に探し出され襟首掴まれた猫のように捕獲された。


くそー!チート達め!!

魔法使われたら逃げれないじゃないか!!




な、ん、で、わ、た、し、に、ま、りょ、く、が、な、い、の!!



あったら私のイメージで無双してやるのに!

チート主人公バリに使いまくるのにーー!!



私は心の中でギリギリとハンカチを歯噛みしながら滂沱の涙を流した。









※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・※・



何処もかしこもボッコボコ。

見渡す限りの荒れた大地は隆起したり陥没したり平地が少ないほどボッコボコだ。どうやら皆さん四コマみながら練習したようだ。


「みんな張り切って練習してますよ!」

「カンナさんのおかげで術のレパートリーが増えた人も多いので感謝してます!」


ネーロさんとジールさんが私に防御壁を張りながら周りを説明してくれた。

リックさんは遠くで術を練習してるらしい。

どんな術を練習しているのかちょっと興味が湧く。


「別に私が居ても居なくても良くない?」

「いいえ!素晴らしき知識を齎してくれた本人が居るとなると士気がちがいます!」

「そうです!術の完成度を是非見ていただきたい!」


二人の熱意におされ渋々用意された椅子に座った。


四コマの制作者であり、出来上がりの確認と称して連れてこられた私。四コマ通りにできているかを観て欲しいそうだ。

ティナのようにファイヤーランスを投げたり、足元に魔法陣を光らせる魔法士達。そんな様子をただ眺めた。


えー。コレって仕事のうちに入る?

私描くのが仕事だしー。

出来る出来ないまで責任もてないしー。

術が発動してたらそれで良くない?

ぶっちゃけ面倒くさい。


完成度の確認に連れてこられたけど、見るだけの私は退屈だ。


そう、見るだけ。





退屈だった、はず。






周りでは各々練習している。



皆、本職の魔法使いなわけで。


観ていると色々な作品のシーンを再現している訳だから楽しくないわけが無い!


退屈だと思った見学も、マジ再現のカメ〇〇波とか霊〇とか気〇斬とか魔〇〇殺砲とかにテンションが上がる。


定番だから描いたけど。

皆さん再現度高いわ!





でも、ね。

でも、なのよ。


私の周りで繰り出される術達。



ふわりふわりと舞うように足を運ぶ。

素早く腕を振り回し演武のように身体を動かす。

私の描いた四コマを元にそれぞれが真面目に術を繰り出している。




私、だらだらと四コマを描いたのは覚えている。


だが、ある意味ネタ切れもあった。


だから創作のような、オマージュのような、ごちゃ混ぜで描いたのは覚えている。



眼下に繰り広げられる技は、特撮変身シーンから決めポーズで魔法弾撃ち。

魔法少女の変身シーンを舞いながら術をかける。

その様は、特撮ポーズvs魔法少女!

私のふざけて描いた絵を元に術を繰り出す魔法使い達。




クルクル回ってビシッとポーズしない!

手で顔を隠さない!

厨ニポーズ決めない!

変身っ!しながら術かけない!


ああ、描いたの私だけどさ!


私の描いた黒歴史を体現しないでくれ!


メンタルをガリガリ削っていく魔法士や騎士達の舞を魂が口から抜け出ながら虚ろに眺めた。


騎士の〇〇の呼吸ポーズや卍〇ポーズ、魔法士の仮面〇〇ダーポーズや魔法少女な踊りが繰り広げられている。

衣装が魔法士服なため違和感が仕事しない。

コスプレじゃないファンタジー世界の本職さんだからねー。

ただ私のメンタル削れるけど。


ステップしてターンして振り返る!

くるくる回って決めポーズ!

手を腕を振り脚を蹴り上げ型を決める!

剣を振り回して決めポーズ!


ああああああ!!

厨ニポーズ決めないでーー!!

見てて居た堪れないのよ!

男性の魔法少女変身シーンなんて!!

気恥ずかしいのよ!

痛々しいもの見た気分になるのよ!

本人達は無邪気に喜んでいるから罪悪感が半端なく疼くのよー!



ああああ!!!




ふざけて描いてごめんなさいーー!!







漫画で読む魔導書マニュアル描いたらーー









ーー異世界が厨二病に感染した。









ごめんなさい。

ラントさんとティナはくっ付きません。

ラントさんはピチュアという彼女が居ます。ティナのオムツを替えた相手なので完全に妹枠です。

短編と長編は内容がちょっと違います。

長編は書き溜め出来たら連載する予定です。


番宣すみません。

本日発売『溺愛令嬢は旦那さまから逃げられません…っ♡ アンソロジーコミック』


拙作短編の「婚約破棄のご利用は計画的に」を北村シン先生にコミカライズしていただきました。

ムーンライトさんに原作があります。ご興味ありましたらぜひご一読頂けたら嬉しいです。


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